
「宅急便の会社」と見られがちだが、実は……
「どういう状況下にあっても、お客様は誰なのかを、はっきりさせなければいけない。ヤマトグループは、非常に企業規模が大きくなってきているだけに、そのことを常に頭に入れておくことが大事だと思います」
宅配便市場で国内シェア47.2%を占め、BtoB、つまり対法人の物流事業も拡大しているヤマトホールディングスの会長・長尾裕氏はこう語る。
〝クロネコヤマトの宅急便〟で知られる同社の宅配便。正確には同社傘下のヤマト運輸が手掛けている宅配便のブランドが『宅急便』である。
1976年(昭和51年)1月、関東一円を配送エリアにして、『宅急便』はスタートした。当時は、物資や荷物の輸送業務は旧運輸省(現国土交通省)の認可を受けた物流企業が請け負い、小荷物は郵便局の窓口などで引き受けていたが、「もっと簡単に取り扱えないか」という声が高まっていた。高度成長期を経て、個人間の小さな荷物のやり取り、つまりCtoC(Consumer to Consumer)の需要が増加していたのである。
こうした時代の変化、顧客ニーズの高まりを敏感に察知し、宅急便開発に動いたのが、当時、大和運輸(現ヤマトホールディングス)創業家出身の2代目社長・小倉昌男氏(1924―2005)であった。
宅配便は、個人対個人、個人対法人、法人対法人といったように、その取引形態は多様化し、今や国民生活や産業活動に無くてはならないものになった。
ヤマト運輸の宅配便取扱い個数は、年間約24億個にものぼる。今年は宅急便発売から50年目という節目の年だ。
50周年を迎えて、持ち株会社のヤマトホールディングス会長・長尾氏は、「宅急便発売から50周年ですが、当社の創業は1919年(大正8年)11月29日なので、相当長い歴史を持った会社です」と、次のような感想を述べる。
「当社の創業記念日が来ると、創業107周年になります。ただ、今の姿というのは、宅急便が始まって以降の姿です。1976年に宅急便を始めて、それから全国に進出し、ネットワークを構築してきました。創業期からしばらくはBtoB荷物の路線便等をやっていた関東一円のネットワークの会社でした。また、海外進出も比較的早く始めており、宅急便が始まる1950年代から通運事業や国際航空輸送を始めています。海外事業は早くから始めているのですが、ただ、それがものすごく大きな事業になっているかというと、まだそうでもないという認識です。それで、どうしても、われわれは宅急便の会社と言われますね」
同社が広く知られるきっかけとなった宅急便の発売(1976)から50周年ということだが、創業は古く、1919年(大正8年)11月で、今年11月29日を迎えると、その歴史は108年目になる。
創業者・小倉康臣氏(1889―1979)は開拓者魂の旺盛な人物であった。東京・銀座に生まれ、東京外語学校の夜学に通い、工場などで働いた後、野菜や果物の移動販売を始めた。その後、1919年に国を挙げての交通整理が行われ、物資の運搬手段として車が走るのを見て、東京・京橋(現在の銀座3丁目)に運送会社の大和運輸を創立、運輸業に乗り出した。
第2代社長・小倉昌男氏
関東を拠点にしながらも、目は広く内外に向け、『万国自動車運輸会議』に出席(1927)するなど、時代の流れをいち早く察知する経営者であった小倉氏は、日本生産性本部の道路輸送専門視察団長として欧州視察や、国際会議に出席するなど、日本の運輸業発展にも尽力した。
そして、同社をさらに飛躍、発展させ、宅配便(同社のブランドは宅急便)市場を全国規模で急速に拡大させたのは、先述の通り、2代目社長の小倉昌男氏である。
今、同社の宅急便の取扱個数は年間約24億個に上るが、個人から受託して輸送・配送する荷物は、このうちの約1割しかない。今は、「個人のお客様だけではなく、法人のお客様や生産者、商店の方々ともお付き合いをしています。そこから発送される荷物もお預かりしています」(長尾氏)と顧客は多岐にわたる。
顧客に付加価値を付ける事業の開拓を!
同社の2026年3月期の決算を見ると、売上高は1兆8656億円強(前年同期比5.8%増)、営業利益283億円強(同99.2%増)、経常利益262億円強(同34.1%増)と増収増益。
ちなみに親会社株主に帰属する当期純利益は136億円強で、前年同期比64.0%減となった。営業・経常利益段階での増収増益は小口法人・個人顧客からの宅急便取扱数の拡大、さらに大口法人顧客に対してのプライシング適正化、法人向けビジネスの拡大などがその要因として挙げられる。
一方、当期純利益が減少したのは、前々期に東京・銀座の本社ビルなどのセール・アンド・リースバックに伴う特別利益を計上したことの反動が大きな要因。
そうした事情を踏まえ、長尾氏が宅急便事業を含めた現状とこれからのビジョンを語る。
「宅急便中心の事業から、宅急便の顧客基盤を活用した高付加価値ソリューションを提供する事業へと変革を図っています。具体的には倉庫を使って、お客様の在庫を預かりながら付加価値を付けるコントラクト・ロジスティクスやセクションビジネスです。これらの事業も力強く成長しています」。
コントラクト・ロジスティクス─。物流業界で一般的に使われる3PL(サード・パーティ・ロジスティクス)のことを、同社ではこう呼ぶ。コントラクト(Contract)、つまり顧客との契約を重視して、顧客から請け負う物流業務を担う。
3PLとは、Third=3rd Party Logisticsの略。物流の専門的知識とノウハウを持つ事業者が、荷主企業(第一者)と顧客(第二者)の間に入る第三者(Third)として物流業務を担うこと。倉庫での商品の保管、在庫管理、入出作業、配送計画を立案するなど、物流業務を一元管理するものとして、今後も成長が見込まれる分野だ。
例えば、ヤマトグループが羽田空港の近くに建設した日本最大級の物流ターミナル『羽田クロノゲート』は3PLの有力拠点として注目される。
最新の物流システムとセキュリティーシステムを完備し、〝24時間365日稼働〟が売り物で港や高速道路にも近い羽田空港の立地を活かしたスピード輸送が事業の付加価値を高める。

羽田空港の近くに建設した「羽田クロノゲート」は3PLの有力拠点で、顧客から預かった荷物の付加価値を高める加工機能をもつ
グループ企業も増えて「ワンヤマト化」を決断
ワンヤマト化─。ヤマトグループは、3PLのナカノ商会をM&A(合併・買収)するなどして事業規模を拡大してきた。今や、グループ企業数は45社、その他にヤマト福祉財団などの公益財団法人も加わる。各事業会社が〝タコ壷〟に入らないように、傘下のグループ会社7社をヤマト運輸に統合し、ワンヤマト体制を開始(2021)。顧客への付加価値を最大限にする全体最適化を進めてきた。
全体最適化、つまりワンヤマト化は生産性を上げ、事業の付加価値を高めるために不可欠という経営判断の下、長尾氏はワンヤマト化を推し進めてきた。
コントラクト・ロジスティクスの一大拠点である羽田クロノゲートは、法人顧客から預かった荷物の付加価値を高めるための加工機能を持つと同時に、宅急便の輸送ネットワークの拠点ともなっている。
「ええ、当社の羽田クロノゲートは最も大規模な施設となります。ただ、この施設は単に倉庫として独立しているわけではありません。我々の全国につながっている宅急便の輸送ネットワークの一部になります。全ての施設が完全に線上でつながっていますから、逆に言えば、そういうネットワーク上にわれわれは倉庫を構えているということです」。
付加価値を上げるための工夫
宅配便を個人宅に届ける、つまりラストマイルのための拠点は全国に約2700カ所。法人向けの物流拠点は約400カ所ある。
こうしたネットワーク網を活かして、昨今は〝JITBOXチャーター便〟が好調。JITとは、Just In Time(ジャスト・イン・タイム)の略で、販売本数はすでに111万本を超えている(2025年度実績)。
「われわれには宅急便の輸送に使っているロールボックスパレット(かご車)があります。ラストワンマイルで集めた荷物を幹線輸送や拠点まで輸送する時、トラックに荷物をそのままバラ積みしてはいません。われわれはロールボックスパレットに荷物を全部詰め合わせていく。そのパレットは大型車(10トン以上)で大体16本載せられます」
本来、積載効果だけを考えると、バラ積みのほうが効果的だ。大手物流会社ではバラ積みしている所が多いが、それぞれにメリット・デメリットがある。
バラ積み方式だと、「荷物をトラックに積み込むのに2時間以上かかります。降ろすのにも2時間以上かかる」と氏は語る。
「ロールボックスパレットを使うと、輸送の積載効果は落ちますけど、積み降ろしは早いんですよ。このロールボックスパレットは大型車に16本しか積んでませんから作業は早くなる。数分の作業でできます」
数分で積み降ろしの作業が済むということは、車がすぐに空になり、それだけ多くの車を回転させることができる。
また、今は全産業で人手不足が問題となっている。特に物流業界でのドライバー不足は深刻だ。ロールボックスパレット方式だと、荷役作業によるドライバーの負担が軽減され、ドライバーの働き方改革にもつながる。
また今は燃料などエネルギー価格が上昇し、原材料・資材価格も上昇。経営コストが上昇する中で、重視すべきは何か? という視点で経営を考えると、「やはり自分たちが持っている資産をいかに多く回転させるかが一番大事だと思います」と語る長尾氏。
『2024年問題』─。働き方改革関連法によって、2024年4月以降、自動車運転業務に就く人の時間外労働時間が年間960時間に制限された。人手不足が続く中で、さらにこの法規制で物流・輸送業務の経営環境は厳しくなっている。
グループで約17万人の社員を抱えるヤマトホールディングスにとっても、この2024年問題への対処は最重要課題の一つである。
「幹線輸送の車の取り扱いも、どう長距離化するかではなくて、中距離・短距離化して、それをどう効率よく、実車時間を増やすかが大事だと思います」
そうした観点から、ロールボックスパレット方式を各方面に提案しながら、「わたしたちの輪を広げていきたいと思っています」と言う長尾氏である。
今は何もかも一度に、大量にまとめて輸送すればコトが済むという時代でもなくなった。
BtoB、つまり法人間の取引でも、「4トントラック1台分の荷物を運んで欲しい」という細かな注文も多くなっており、そうした時に前出のJITBOXチャーター便で対応していく方針。「ドライバーさんの数が少なくなっているし、またトラックの値段もだんだん高くなってきている状況で、われわれはこのロールボックスパレット単位でお届けができます。これも、完全なBtoBのサービスです」
時代の変革期を乗り切ってきた歴史
同社は既述の通り、1919年(大正8年)に創業し、107年の歴史を持つ。この間、関東大震災(1923)、昭和期の金融恐慌(1927)、第2次世界大戦(日本にとっての終戦は1945年)を経験。戦後、焦土の中、同社は立ち上がり、関東一円を拠点に中距離輸送業務を主軸に成長してきた。
1971年(昭和46年)春、小倉康臣氏の跡を継いで社長に就任した小倉昌男氏は、トラック大手の米PIE社と業務提携し、国際複合一貫輸送にも参入するなど、新たな領域を開拓し続けた。その後、1970年代には2度にわたる石油ショックが起き、燃料価格をはじめ、原材料価格の高騰で日本経済全体が混乱し、物流・輸送業界もその影響を受けた。
時代の変革期の真っ只中で、小倉昌男氏は、業績回復のため、思い切った手を打ち出す。前述した民間初の個人向け小口貨物配送サービスの『宅急便』の発売だ(1976)。
新しい事業・サービスを開始しようとすると、必ず既存勢力との摩擦や対立が生じるもの。
それまで、小口貨物は鉄道貨物(旧国鉄、現JR各社)や郵便貨物が担っていた。政府系や公社など〝官〟の仕事は、他と競合する必要がなく、消費者(客)の利便性を考えたサービスという考えは薄かった。
宅急便のこの50年の歴史を見ると、便利で手ごろな価格のサービスを顧客に提供するという顧客本位に立った発想で事業を展開。だからこそ、宅急便は全国の隅々にまで浸透し、今では無くてはならない社会インフラの一つとなったと言えよう。
宅配便の規制緩和では、当時のヤマト運輸は旧運輸省(現国土交通省)や旧郵政省(現総務省、現日本郵政グループ)と意見が対立。しかし、小倉昌男氏は消費者(国民)の立場に立った事業を構想し、既存勢力に対し一歩もひるまなかった。
消費者(国民)もヤマト運輸側を支持し、宅配便市場は急速に伸びていく。
しかし、50年経つと、時代も取り巻く環境も大きく変わる。日本を代表する一大物流会社に成長・発展してきた同社も変革に迫られる点や課題を抱えるようになった。グループを束ねる長尾裕氏はこれらにどう立ち向かおうとしているのか─。
「物事の本質を衝け」という小倉昌男の言葉
長尾氏は1965年(昭和40年)8月生まれの60歳。入社したのは1988年(昭和63年)で、『宅急便』が誕生して12年後のことであった。
宅急便の営業所勤務から出発した長尾氏は、当時、毎月1回発行されていた社内報『ヤマトニュース』の中で、小倉昌男氏が全国の社員に向けて発信していた記事を熱心に読んでいたという。その時感じたことは何だったのか─。
「小倉さんがいなければ、今のヤマトは無いですね。わたしが入社した頃は、小倉さんは会長でした。毎月のヤマトニュースの巻頭言はずっと小倉さんが書いていました。『とまり木』というタイトルで書いておられて、わたしも毎号それを読むのが楽しみでした。読みながら、今月は怒っておられるなという時もありましたね(笑)。その巻頭言で言われていたのは、物事の本質は何かということ。それを考えて、もっと知恵を絞れと。知恵を絞って、お客様の立場に立って、モノを考えようといった事をずっと言われていたようにわたしは思うんですよ」
物事の本質とは何か─。これはいつの時代にも求められる生き方であろう。
AI(人工知能)が産業活動はもちろん、国民の生活の中にも現実に取り入れられるなど、時代が大きく変わろうとしている。
「やはり、世の中のために、また相手の立場に立って考えることが大事だと思います。何が世の中のためにプラスになるのか、世の中にプラスにならないことは、あまり事業にならないと思うので、そういうことをきちんと考える力がある人をヤマトは増やしていかなければいけない。小倉さんが言っていることはそういうことなんだろうと、わたしはいつもそう思っています」
社会課題解決に貢献する新ビジネスを開拓
社会課題解決型の事業構想へ─。この観点で、長尾氏は『サステナビリティ』をキーワードに、これからの事業展開を構想している。
前述のように、ヤマトグループは、これまでの宅急便中心の事業構造から、B(法人)向けの物流サービスと、再生エネルギー関連のヤマトエナジーマネジメントに代表されるグリーンビジネスの拡大を図っている。
まず、サステナビリティという概念を経営に取り入れたことについて、長尾氏は、「今、いろいろな所で課題があります。国の課題や地域の課題、そして環境の課題もあるし、社会の課題もある。こうした課題とわれわれも向き合わざるを得ない」と次のように続ける。
「向き合っているだけだと事業になりませんので、その解決策を探そうと。その解決策をビジネスモデルにすれば、事業になるのではないかと。事業にしながら社会課題の解決を図っていくこと。われわれがサステナビリティ・トランスフォーメーション、SXを掲げているのも、そうした理由からです」
ヤマトエナジーマネジメントの他にも、オンライン医療サービスなどを手掛けるMY MEDICA(マイメディカ)という子会社も既に立ち上げられている。当該企業の健康保険組合と連携し、自動車運送事業者の健康診断で社員に再検査が必要となった場合などに、診療と服薬指導をオンラインで受けることができ、後日、自宅に薬が届くサービスを検討するなど、新事業のタネはいくらでもある。
「宅急便の中から見えてきた情報がB(法人)の分野にも広がって、こんなニーズがありますよと。そこでビジネス化をすればいいし、Bの中で見えてきたことがC(個人)の領域に行くケースもあります。情報をクロスさせながら、しっかり新事業を切り開いていきたい」
社会課題の解決に向けて、各事業領域の垣根を越えて、情報をクロス(共有)しながら、真の”ワンヤマト化”を進めていくという長尾氏である。
