金子・福山法律事務所  弁護士・金子博人が語る「人類の戦争決別論」

私は物心ついたらクリスチャンだった。母がローマ・カトリックに入信したので、私も幼児洗礼を受けていたのだ。ただ私は戦争嫌いであった。

 歴史を見るとキリスト教のあるところ戦争だらけ。それどころか、戦争を煽り立てている。キリスト教を生み出したユダヤ教も、これらと多くの聖典を共有するイスラム教も変わりはない。今のウクライナ、ガザ、イランを見れば説明は不要だろう。

 人はなぜ戦争をするのか。どうすれば戦争から決別できるのか。その答えはそのキリスト教自体に内在していた。答えはただ一つ、イエスが唱えた「敵を愛せ」だ。これに反する原理は隣人愛である。

 イエスは隣人愛のモーゼの律法から決別し「敵を愛せ」と唱えたが、ユダヤ教急進派により3年足らずで十字架刑となった。そのイエスをユダヤ教で出現が預言されていた救世主(キリスト)に仕立て上げ、「敵を愛せ」を単なる理想論として祭り上げて隣人愛に回帰したのがキリスト教である。

「敵を愛せ」は、利害が対立したとき相手の立場で吟味し、対立の原因を分析して敵を作るな、戦争を回避せよ、ということだ。隣人愛はその逆で、自分たちの利益、立場を優先する。

 ではなぜ隣人愛になるか。それは恐怖心である。それを克服すべく仲間、宗教、国、独裁者に依存する。その依存心が恐怖心を増幅して戦争を起こす。

 これらの原理が正しいことは日本という国が証明している。

 日本は黒船に恐怖して、列強に対抗すべく国民を纏めるため国家神道を創設した。キリスト教を真似て天皇を現人神とする一神教である。

 国家神道の経典は教育勅語で、国民は小学校でこれを暗記した。そして隣人愛、つまり愛国心を徹底的に植え付けた。最後は「鬼畜米英」、「一億火の玉」のもと、国を滅ぼした。

 日本は戦後、新憲法でハイレベルの民主主義とともに、交戦権放棄を宣言した9条を獲得した。これは「こちらから戦争を仕掛けることは決してしないが、国として存立する以上、戦争を仕掛けられれば正当防衛として排撃するぞ」という宣言である。まさにイエスの敵を愛せだ。

 問題は日本人特有の恐怖心である。「日本は核の傘に守られている。米軍基地と安保がなかったらどうなるのか。その覚悟があるのか」と叫ぶ。

 中国やロシアと国境を接している国は多数ある。しかし米軍基地も安保もない。ベトナムはベトナム戦争後、中国と2回も大きな軍事衝突をしたし、西沙諸島には中国に占拠されている島がある。フィリピンは国境を接していないが、南沙諸島で日本の尖閣よりも深刻だ。それでも彼らは日本のように震えあがっていない。ウクライナはプーチンから何回も核を使用するぞと脅されたが平然としている。

 しかし日本は恐怖心ゆえ、国家神道時代の国家主義に戻ろうとしている。日本は戦争をする強い国でなければならない。そのために9条は邪魔なのだ。そして国は家族の類似形でなければならない。国家神道では臣民は天皇の赤子だったからだ。それ故、選択的夫婦別姓は絶対反対。天皇は男系男子でなければならない。憲法は国権を制約するのでなく国の理想を描くものだ。人権は人が生まれれば当然取得する(天賦人権論)のでなく、国が与えるものだ(2012年自民党憲法改正案)となる。

 第二次大戦後、欧州は教会離れが顕著だが、日本は逆方向に向かおうとしている。それも、キリスト教を超えて自己民族のことだけ考えるユダヤ教的世界へだ。