オフィスMN代表(元日本郵政社長) 長門 正貢【シリーズ◎日本再生・激動の時代をいきに生き抜くか】

「時代が変わってきていることを覚悟しながら、日本の各企業、各産業は準備をする必要がある」─こう話す長門氏。今回のイラン問題でも明らかだが、米国はかつてのような世界のリーダーではなく、自国の利益を追求することに徹している。そうした変化に日本としてどう対応するか。「日本に足りなかったのは戦略」と話す長門氏はこれまでの日本の歩みと、これからの打ち手をどう考えているのか。 

 米国は世界をリードする存在ではなくなった

 ─ 米トランプ大統領が登場以降、世界は混沌とした状況が続いています。足元の米国・イスラエルによるイラン攻撃を含め、世界経済の現状についてどう見ていますか。

 長門 やはり戦後の平和な時代は終わったのだということを痛感しています。

 振り返ると、1971年8月15日に「ニクソンショック」が起き、ドルと金の兌換を停止しました。米国が国際収支の赤字に苦しんだ中で打たれた政策でしたが戦略があったと思います。

 その後、変動相場制になり、85年にはプラザ合意もありましたが、その過程では米国が強くて、世界を守り、世界経済もリードするという姿はあまり変わりませんでした。

 それが、トランプ大統領が登場してから風景が全く変わりました。トランプ大統領の個性という議論もありましたが、やはり国としての実力が落ちてきていることが背景にあります。

 ─ 過去とは国際秩序が変わっているということですね。

 長門 ええ。従来、日本は戦争に負けたこともあって米国に抑えられていましたが、経済面では様々な事件はあったものの、大枠では経済活動に専念し、自由貿易の世界をエンジョイしたラッキーボーイでした。ただ、今は、そのラッキーな循環が音を立てて崩れつつあります。

 今や米国は「暴君」になっており、かつてのように世界をリードする存在ではなくなりつつあります。ただ、日本は自由貿易、法の秩序をできる範囲で守る必要がありますし、欧州や豪州など、同じ思いを持つ国々とは手を携えることが大事です。

 一方で、引き続き米国が強いことには変わりありません。時代が変わってきていることを覚悟しながら、日本の各企業、各産業は準備をしていかなければなりません。

 ─ 混沌は当分続くと。

 長門 続きます。それどころか、トランプ大統領が交代しても、これが常態になるかもしれないというくらいの覚悟を持って取り組む必要があります。

 ─ これからの世界で日本が果たすべき役割は?

 長門 うまくみんなと付き合っていくことだと思います。米国は、経済が大きい以上は一緒にやった方がいいに決まっています。GAFAMを中心に最先端技術のノウハウもありますから、これなしには日本は生きていけません。

 中国とコミュニケーションが不足しているのも問題です。米国と覇権を争う力を持っていることは間違いありませんし、大きな市場もある。日本にとっては隣人でもあります。これを無視するわけにはいきませんから、上手な仕掛けでやっていく。

 中山素平氏が果たした 「つなぐ」役割

 ─ ASEAN(東南アジア諸国連合)やインドとの関係を含め、日本はつなぐ役割を果たせませんか。

 長門 できると思います。今回のイラン問題は、キリスト教とイスラムの問題でもありますから、なかなか難しいかもしれませんが、例えば中国やインド、ASEANで経済問題が起きた時に、日本にできることがあると思えば出て行っていいと思うんです。

 かつて、93年にイスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)の「オスロ合意」の時には小国であるノルウェーが仲介したという歴史もあります。実質GDP(国内総生産)で4位になったかもしれませんが、それでも世界4位ですし、戦後80年間平和国家として頑張ってきたわけですから出番はあります。

 大事なのは、どうやって日本を引っ張っていくか、新しい日本をどうつくるのかという構想についての議論をすることですが、残念ながら今はあまりできていません。

 ─ 明治維新の時には、立場を超えて国のことを考える人たちが出てきましたね。

 長門 放っておけば日本も植民地になるという危機感が強かったのだと思います。本気になると知恵や力が出てくる。例えば坂本龍馬にしても、薩摩と長州の手を握らせるためのつなぎ役をやったわけですが、多くの人がそうした危機意識を持っていたと思うんです。

 今の日本は80年間、平和国家をつくり上げてきたものの「ぬるま湯」に浸かってきました。その中でも政治家でも経済人でも、一部の人は危機感を持ち、様々な考えを持っていると思います。日本は自由な国ですから、そうした思いを発信するべきだと思うんです。日本は本気にならないといけない時期です。

 ─ 経済人でも、日本興業銀行(現みずほ銀行)頭取、会長を歴任し、「財界の鞍馬天狗」の異名を取った中山素平さん(1906―2005)も、危機感を持って活動した1人だったと思います。

 長門 例えば40年不況では、山一證券を始め、証券会社が倒産してしまうかもしれないという危機でしたが、そういう時期に遭遇したことから、日本を支えるつもりで取り組んでおられたと思います。

 中山素平さんは、もちろん戦略もできる人ですが、あの方が危機感を持って本気で動いたら、その人柄もあって人が集まってくるんです。振り返ると司会が得意で、様々な意見を調整していました。

 知恵が湧き出る人だったことに加え、様々な意見をまとめ上げて、それを口だけではなく実行に移すことができる人です。例えば八幡製鐵と富士製鐵(合併して現日本製鉄)の合併は代表例です。

 当時、独占禁止法違反だと、東京大学教授の小宮隆太郎氏ら経済学者が反対の論陣を張りました。しかし、逆に中山さんは燃えて、日本の産業界の将来を考えて、両社を後押ししたんです。そうして「フォージャパン」で実現させた。これはあの方の才能です。

 基軸通貨としての ドルの今後は?

 ─ 先ほどお話いただいた米国の変化の中で、基軸通貨となってきたドルはどうなると見ていますか。

 長門 世界が変わる中で、金融の変化は遅れてやってきます。ですからドルは引き続き基軸通貨です。これが変わるのではないかという議論がありますが、私は当面ないと見ています。

 ただし、米国が変だということは多くの人が気付いています。「米国第一主義」でフェアではなくなっている。そうした国の通貨を、心からは信頼していない。こうしたことは、徐々に効いてくると思います。

 明らかにドルのピークは終わりました。かつてのニクソンショックでも一度終わったわけですが、貿易赤字を避けるための調整でやった面もありました。しかし今回の米国は、基軸通貨としての誇りを失う行為をしているわけです。

 ─ 今、実現できるとは思いませんが、かつてケインズが提唱した「バンコール」のような世界共通通貨的な発想についてはどう考えますか。

 長門 確かに昔からある考え方です。ただ、英国のポンドにしても、米国のドルにしても、戦争に勝てるような国でなければ基軸通貨にはなれないというのが現実です。

 1930年代の恐慌で、英国は基軸国としての役割を果たす力を失っていましたが、米国もまだ、その役割を引き受ける自覚もなかったために世界が不安定化しました。これが「キンドルバーガーの罠」です。

 ただ、今のドルは、1930年代のポンドほど弱っていません。ですから、皆さんが言うほど、ドルに関しての大事件は起きないとは思います。

 ただ、今の局面ではドルは弱っている。日本円が弱いので見えにくいですが、他の通貨と比べるとドルは落ちているんです。その意味でもピークは終わったという気がしています。

 ─ ドルの力が落ちたとはいえ、それをきっかけとした金融危機は考えづらいと。

 長門 ええ。例えば、プライベートクレジット(資産運用会社やファンドなどのノンバンクが企業に対して直接資金を貸し付ける仕組み)で事件が起き、リーマンショックの再来になるのではという人もいますが、私はないと思っています。

 また、AIバブルが崩壊する懸念も言われ、確かに株価は他の業界に比べても高い。しかし、こちらもまだ大丈夫だと見ています。かつてのITバブルの時には、例えばアマゾンは赤字でしたから打撃を受けましたが、今のGAFAMは収益をきっちり上げているんです。ITバブルの時と比較すると、企業はかなり健全です。

 リーマンショックの時には、世界中の銀行が打撃を受け、自己資本を厚くしたり、貸出規制など、細かいルールで縛られるようになりました。今後も、構造的に脆弱な銀行は例外的に打撃を受けることはあるかもしれませんが、一般的な銀行はかなり規制で縛られており、相応に健全なんです。

 ですからプライベートクレジットにしてもAIバブルにしても、それが崩壊して大恐慌になるという事態とは、まだかなり距離があると思います。

 日本の株価が上がる理由

 ─ 地政学は混沌とし、円安による物価高で国民の生活は厳しくなっていますが、株価は高いですね。どう見ますか。

 長門 上昇ペースが速いことは確かです。これまでは金利が低い中で、上場企業の配当利回りが約2%ですから、株が上がっていたらキャピタルゲインではなく配当でいいということで選ぶ傾向がありました。金利がゼロに近かったので利益が出るということで買っていた面があります。

 それが今は、長期金利が2・6%まで来ましたから、マクロで株の方がいいから株に行こう、NISA(少額投資非課税制度)があるから買おうというマーケットは終わっています。各社の業態を見て、強いところは上がり、弱いところは下がるということになると見ています。

 ─ 日本株に海外投資家の資金が向かう傾向が強まっているという指摘もあります。

 長門 投資家は、米国だけに投資していてはいけないので分散しないといけない、かといって中国やロシアには投資できないということで、日本への投資に向かっており、相対的に価値が上がっています。

 また、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの是正や株価を意識した経営、コーポレートガバナンスの強化を進めてきたこともプラスに働いています。

 もちろん、コーポレートガバナンスを強化したからといって利益が上がるわけではありませんが、経営陣の不正、品質問題が起きる確率が下がるというのがガバナンス効果です。社外取締役や女性役員を増やすという取り組みも含め、欧米の投資家は是として日本を買っています。

 ただ、円安であることが日本の株価高騰の一つの理由です。外国人は1ドルでたくさん買える。ドルに直すと、日本株はそこまで上がっていないとも言えます。

 こうした要因から、例えば米国とイランの交渉が合意できないとなれば2000円下がり、合意しそうだとなれば2000円上がるという相場が普通になってしまっているのです。

 ─ 円安は国力を奪っているという指摘も強いですね。

 長門 明らかに購買力が落ちて、国力を毀損しています。日本に投資対象が少なく、金利が低いという状況が続く限り、少し貿易収支が黒字になっても円高にはなりません。

 加えて、これまで30年間経済が低迷していたこと、人口が減少していることもあり、日本だけを買うというほど経済が信頼されていません。その意味で日銀は金利を上げるべき局面ですが、政治的にできるかどうか。

 日本の反省は戦略がなかったことです。今回のイラン情勢を受けて、エネルギーの安定確保についても戦略がなかったことが改めて露呈しています。

 トランプ大統領の登場を受けて、少し目覚めてはいますが、いかに日本を強い国にするか、戦略と危機感を持って考えるべき時だと言えます。