三井住友信託銀行・米山学朋の「令和版産業金融」論 「信託が果たす役割はまだまだ多い」 

2030年の目標を5年前倒しで達成

 

「不確実性が高く、非常に先読みが難しい中をうまくしのぎ、荒波をかわす、あるいは乗っていきたい。環境に不確実性があればあるほど、自分の長所は活かしていける。その意味で社長を託されていると認識している」─こう話すのは、三井住友信託銀行社長の米山学朋氏。 

 足元で株価は高水準ではあるが、少しの材料で大きく上下動し、イラン問題などの地政学リスクも不透明な状況が続く。事業環境をどう見るのか。 

「社長就任前の1月、2月に様々な企業とお話させていただいたが、国内の設備計画を意欲的に考えておられる企業が多かった。ただ、イラン問題を受けて3月、4月以降、非常に予算が組みにくく、計画的にも不透明な形が出てきている」と米山氏。 

 ただ、難しいのが一旦ある計画を縮小すると、徐々に流通に歪みが生じるため、それを取り戻すには3倍くらいの期間がかかるという経営者もいるという。国内投資が活況になりそうな状況だったところに、地政学リスクが停滞をもたらす懸念が出ている。 

 さらに、「下振れリスクで怖いのはスタグフレーション(不況下の物価高)」と米山氏。物価高、深刻な人手不足もあり、事業環境は決してよくないという認識。 

 そうした中で、三井住友信託銀行は「インフレ環境にしっかり勝っていく商品を世の中に出していく。そして我々がやりたいことを実現していく上ではグローバル目線で、金融プレーヤーの中で確固たる存在感を築いていく必要がある」(米山氏)。 

 持ち株会社の三井住友トラストグループは、これまで2つの中期経営計画の中で2030年にありたい姿をターゲットに置いてきたが、そこで目標にしてきた財務指標は5年前倒しで達成することができた。米山氏は「着実な経営基盤の拡大と成長を進めてくることができた」と手応えを感じている。 

 一方で、日本銀行がマイナス金利政策を解除して以降、「金利ある世界」に回帰、金融が正常化する中で、メガバンクがそのバランスシートの大きさもあって優位性を増してきており「株価ではメガバンク対比で、やや出遅れていることも事実」という危機感もある。 

 そこで26年5月に発表した26年度から28年度まで3カ年の新中計の中で、改めて2035年のありたい姿を示した。目標としては、実質業務純益1兆円(26年3月期実績は3474億円)を掲げた。 

「自分たちでも高い目線だと認識しており、そこに至る確固たる道筋が描けている状況でもない。本中計はステップ期間としてさらなる成長曲線に乗せていく。そのために2桁成長をしていかなければいけない」 

 一般的に「成熟産業」と見られがちな金融、銀行業界にあって、「成長企業」と言われることを目指すために意欲的な数字を示したということ。 

 

インフラや船舶などリアルアセットに資金を

 

 そのための具体的な戦略の1つが、基軸の1つである資産運用ビジネスにおける「令和版産業金融モデル」の実現。 

 信託銀行は戦後の復興期や、高度経済成長といった昭和の時代にあって、「貸付信託」で個人から集めた資金を、いわゆる重厚長大産業に供給することで、日本経済の成長に貢献してきたという歴史がある。これを今の時代に合わせた形で構築する。 

 この30年間の低金利の時代、個人の資金はどうしても預金に滞留してきた。そのうち7割程度が自由に出し入れできる「流動性預金」とされているが、今の金利ある世界の中では、物価上昇に合わせた投資商品などに投資しなければ資産が守れなくなりつつある。 

 そして企業の側を見ると、冒頭の米山氏の発言にあるように、イラン問題などを受けて、やや投資環境は不透明ではあるものの、「ベースでは、ある程度国内に投資していかなければいけないと考えておられる企業さんは多い」(米山氏)。 

 ただ、近年の「コーポレートガバナンス」強化の流れの中で、資本市場から資本効率を高めるべしという圧力を受けており、多くの資本を設備投資に回すことも難しい。 

 その状況下、どうしても個人の投資は株式や債券といった資産が中心で、日本全体として必要とされ、企業が担うべきインフラやエネルギーといった長期で巨額な資金需要とはミスマッチが起きていた。 

 そのミスマッチを解消し、インフラなどのリアルアセットに資金を供給すべく支援をしていくのが、「令和版産業金融モデル」の1つのあり方。 

 具体的事例として出てきているのが、三井住友信託が出資して23年に設立した国内インフラ領域を専門とする投資助言会社・JEXIが投資助言を務める「国内総合型インフラファンド2号」。1号ファンドは330億円に対し、2号ファンドは1200億円と大きく上回る見込みとなっている他、1号の投資家が地方銀行や生命保険会社が中心だったものが、2号ファンドは約4割が年金基金という形で、投資家の裾野が拡大。 

 しかも、出資先の6割が三井住友信託経由でのソージング。今後は2030年度までにAUM(運用資産残高)を5000億円に拡大することを目指す。 

 そして、三井住友信託は船舶や航空機、不動産といった他のリアルアセットへの投資機会を拡大することを目指している。 

「日本経済の成長を支えながら、投資機会のサイクルを回していくためには、年金などの中長期マネーを企業投資に回していくことが自然な流れ」 

 その意味で、すでに解決策が見えている領域はプレーヤーも多く、競争が激しい「レッドオーシャン」。一方で、解決策を模索している領域は「ブルーオーシャン」で競争も激しくはない。 

 いわば、規模に勝るメガバンクが競争相手になるようなコスト勝負の領域では消費者にとってはコストが下がるが、銀行としては料率が低くなる。そこで三井住友信託は、自行が価格決定権を持つことができ、サービス対価が高く、利が厚い領域へのシフトを目指している。これはイコール、前述のようなインフラへの投資や、資金のミスマッチ解消といった社会課題解決にもつながる。規模を追わず、戦う「土俵」を変える取り組み。 

 歴史を振り返れば、前述の「貸付信託」は日本の産業金融で重要な役割を果たしてきたが、日本の高度経済成長が終わり、信託銀行自身が低金利で資金調達ができるようになると徐々に役割を終え、最終的には09年に全行で募集が停止された。 

 それが今、長期資金需要が高まる中で、仕組みを変えて、改めて信託としての役割として浮上してきたということ。 

「『トム・ソーヤーの冒険』の作者、マーク・トウェインは『歴史は繰り返さないが、韻を踏む』という言葉を残しているが、やはりDNAのような螺旋状の形で、同じようなことは一定程度繰り返していくのだと思う。信託が果たしていける役割はまだまだ多い」 

 新たな時代の信託の役割発揮に向け、M&A(企業の合併・買収)などのインオーガニック戦略も模索していく。25年には、傘下の資産運用会社・アモーヴァ・アセットマネジメントを通じて、マレーシアの資産運用会社・アハム・アセット・マネジメントを子会社化することを発表するなど、今後も資産運用領域を視野に入れて検討する。 

「M&Aに出会い頭はない。アハムもマイナー出資から始めてチャンスが巡ってきた。ケミストリー、シナジーなど、常にパイプラインを見て、議論を深めながら考えていく」 

 

「のれんは覚悟しないとチャンスは取れない」

 

 戦略の基盤となるのが、収益力や資本の厚さ。今回、三井住友トラストはその指標として、ROE(株主資本利益率)に代わって、「ROTCE」を掲げた。ROTCEは、のれん及びM&Aにより認識された無形資産を控除した株主資本(TCE)が生み出す収益力を示す指標。 

 三井住友トラストの25年度実績で見るとROEが9.5%、ROTCEは9.9%。これを35年度のありたい姿としてROEを12%、ROTCEは16%にまで高めることを目指す。 

 米山氏は、この指標を採用した狙いを「手数料ビジネスを中心に考えた時に、一定程度ののれんは覚悟しないとチャンスは取れない。トップラインを引き上げていくための投資も着実にやっていかなければならない。その時に、のれんの大きさで躊躇してチャンスを逃すことは避けたい。市場に対して予見可能性を高める意味でROEからROTCEに切り替えた」と話す。成長と金融機関としての健全性のバランスをどう取っていくかが問われる。 

 個人に対しては、富裕層や退職金の活用などに向けた価値提案を進化させる「ファイナンシャル・ウェルビーイング」の領域でリーディングカンパニーを目指すとしている。 

 その時に提案の軸となるのが「ファンドラップ」(投資家に代わって運用・管理を金融機関が行う資産運用サービス)。このサービスでは、三井住友信託が年金運用で培った運用ポートフォリオ構築能力が活かせる。 

 25年度で投資一任残高は2兆円だったが、28年度に3.6兆円、その先の5兆円を早期に実現すべく取り組みを進める。例えば第四北越銀行と提携し、同行の顧客にファンドラップを提供しているが、複数の地銀からも引き合いが来ているという。 

 このファンドラップも含む個人事業は、今回の新中計の中で「成長ドライバー」と位置づけている。その大きな柱となるのがネット銀行の老舗・住信SBIネット銀行。これまではSBIホールディングスとの合弁だったが、そのパートナーはNTTドコモに変わり、26年8月には「ドコモSMTBネット銀行」に変更する予定。 

 住信SBIネット銀行の口座数は足元で約900万口座だが、1年あたり200万口座増加させ、28年までに1500万口座まで拡大するという意欲的な目標を掲げている。同行の顧客にも前述のファンドラップを提供する他、住宅ローンや日々の決済などは住信SBIネット銀行にシフトさせる方針。 

 しかも、NTTドコモという、金融ではない巨大な経済圏を持つグループとの連携で、これまでとは違う顧客接点を持つことができるようになる。三井住友フィナンシャルグループが「オリーブ」、三菱UFJフィナンシャル・グループが「エムット」と、スマホを起点とした個人向け金融サービスを展開している時だけに、三井住友信託にとってもネット銀行はより重要度が増している。 

「利便性を求めるお客様への対応はネット銀行が得意。こうしたお客様はご自身で資産運用のポートフォリオを組んだり、スマホアプリを活用される。一方で相続が絡むような複雑系のニーズをお持ちの富裕層は三井住友信託の有人チャネルが有効。さらに、超富裕層の取引についてはスイスのUBSとの合弁証券会社『UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント』が担うという形でチャネルが揃ってきた」と米山氏。 

 米山氏は1968年1月東京都生まれ。91年慶應義塾大学経済学部卒業後、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。経営企画部長などを経て、21年取締役常務執行役員、25年取締役専務執行役員、26年4月三井住友信託社長に就任という足取り。 

 旧住友信託と旧中央三井信託の合併や、米投資大手のアポロ・グローバル・マネジメントとの提携など重要案件に関わってきた。「不確実性が常態化する中、私が社長に推挙されたのは、これまで有事対応をしてきた経験からだと思う」と自己分析する。 

 忘れられない出来事として、金融危機下の99年以降、早期健全化法、公的資金注入の際の経験を挙げる。当時、米山氏は法人営業本部で全社の貸出を預かる立場にあった。「あの時、歯を食いしばって仕事をして、何を守ったのかと振り返ると『信託』を守ったという意識がある」 

 三井住友信託を中核とする三井住友トラストグループは日本で唯一の専業信託銀行グループだが、米山氏は、その意義をどう捉えているのか。「日本の信託は独自の文化として発展してきた。このブランドを体現し、進めていけるのは専業の我々だけ。これを世界に認めさせていきたい。トヨタ自動車さんの『カンバン』が世界で広まったように、『シンタク』も世界で通用する可能性があるのではないか」と意気込む。 

 規模を追わず、あくまで信託として独自の役割を発揮していく考えだ。