AI、生成AI、フィジカルAIと、デジタルテクノロジーは急速に進化し続けている。こうした技術を企業はどのように活用すればよいのか。

5月19、20日に開催された「TECH+セミナー 製造業DX 2026 May.」にて、2日目の基調講演に登壇した東京大学大学院 工学系研究科 教授の森川博之氏は、「デジタル変革は小さなものでもよいが、それを起こすためにはどこを変革するべきか、当たり前のことに気付くことが重要」だと指摘する。

講演では、気付きの重要性や、気付きをイノベーションにつなげるための考え方など、デジタル変革の本質について解説が繰り広げられた。

デジタル変革の可能性に「気付く」ことの重要性

講演冒頭、森川氏は、小さな変革で大きな価値を生み出した事例として、四国での古紙回収システムを紹介した。この事例では、まず古紙回収ボックスにセンサーとSIMカードを入れ、回収タイミングを最適化してコストを下げた。さらに、回収ボックスをスーパーの駐車場に設置し、古紙を持ち込んだ来店客にスーパーのポイントを付与した。そのポイントは古紙回収業者がコストを削減した分で負担する。回収業者、スーパー、来店客の三者にメリットが生まれる、決して大がかりではないが立派なイノベーションと言えるものだ。

また、スペインのあるお笑い劇場では、入場料を無料にする代わりに、観客が笑った回数に応じて課金するシステムを導入した。笑った回数は客席に配置したタブレットのカメラで笑顔を認識してカウントする仕組みだ。ここで重要なのは、そうした技術が存在していたことではなく、それをこの場で活用できると気付いたことだという。

「デジタル変革の可能性はいろいろなところに転がっているはずですが、そこにいかに気付くことができるかが重要です」(森川氏)

業務プロセスを見直せば変革の糸口が見える

90年代初頭に、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)という言葉が広まった。これは業務フローや組織構造を根本から見直す改革のことだ。その代表例として、「支払勘定プロセスが遅くて煩雑」という課題を解決した90年代のフォードの事例がある。同社では、部材発注後に発注書や請求書など何度も書類を受け取ってから支払うプロセスを簡略化し、物品の受領時に支払いをするようにした。この業務の再構築により、支払勘定プロセスの生産性が上がり、迅速で効率的に業務を行えるようになったという。

また、米国市場で苦戦していたサムスン電子は、2000年ごろ、米国全土の物流倉庫の在庫をリアルタイムに把握できるようにし、その情報を量販店に公開して購買担当者が端末から直接注文できるようにした。さらに購買担当者が各店舗への配送指示を出す機能も提供したのである。量販店の購買担当者の課題に気付き、それを解決したのがこの業務改革の要点だ。これをきっかけに、サムスン電子は米国市場に進出したと言われている。

どちらも、後から考えれば当たり前ともいえる変革だが、そこに気付いたことで競争力を高めることに成功した事例である。

これを今に置き換えれば、さまざまな業務プロセスを見直し、デジタルやAIをどう活用できるかを考える、ということになる。業務プロセスは企業ごとに異なるが、例えば設計から製造のリードタイムを短縮して売上機会を最大化したいのであれば、設計変更管理を軸に、E-BOM(Engineering BOM:設計部品表)やM-BOM(Manufacturing BOM:製造部品表)、BOP(Bill of Process:工程表)の接続を最優先で構造化すべきだ。これは、設計変更の遅延共有や部品の誤手配といった、利益の毀損につながる変更の伝達ミスを防ぐためである。

そのうえで、設計変更要求(ECR)や設計変更指示(ECO)、部品表(BOM)への反映から製造への反映までに要する日数、部門間の滞留時間、手作業での転記箇所といった設計変更フローの可視化に取り組む。ここでもやはり重要なのは、可視化そのものを目的とするのではなく、現場がどこを変革すべきかに気付くことである。

  • (スライド画像)設計変更管理のデジタル化に向けた着眼点

    設計変更管理のデジタル化に向けた着眼点

「既存の業務プロセスを別の角度から見て、どこをデジタル化すべきなのかを考えていくことが重要です」(森川氏)

AIについても同様で、どこに活用できるかを地道に考えることが重要だ。ただしAIを使うにはデータがそろっていなければならない。どこからデータをそろえるのかについても、現場に紐付いた業務プロセスを深く理解して可視化し、優先順位を考える必要がある。

AI時代に重要なのは「変わらないために変わり続ける」意識

AIの今後について、森川氏は、PCと同様にコモディティ化するだろうと予想している。1980年前後に登場したPCは夢の機械だったが、今では誰もが当たり前に使っている。AIも将来的には同様に普及すると考えられる。だからこそ、そこから逆算して新たなビジネスチャンスを見極めることが重要だ。

例えば、PCが登場した当時、今のようにセキュリティ市場が大きくなることを予想した人はほとんどいなかった。同様に、洗濯機は家事労働の負担を減らしただけでなく、衛生観念を変えて衣類市場を拡大させたが、そこまで見通していた人がどれだけいただろうか。AIやデジタルも同様で、現段階では生産性の向上や効率化が主な目的とされているが、今後の進展によって新しい市場が生まれる可能性がある。将来の予測が難しい不確実な時代だからこそ、そこには大きなチャンスもあるのだ。

では、そうした中で勝ち残るのはどんな企業なのか。同氏が挙げるのは、AIを主軸に業務の在り方を大きく変えていける企業と、AIが働きやすい環境をつくれる企業だ。ここでいう「AIが働きやすい環境」とは、人間がAIを受け入れてAIフレンドリーになること、そしてAIが適切に機能するために必要な企業独自のデータが整っていることを意味する。つまり今後は、従業員の意識とデータ、この2つが重要になるということだ。

一方で、不確実な時代でも企業の理念やパーパスは変えずに守っていくべきものである。その本質を変えないためにも、デジタルやAIを活用しながら変わっていくことが必要なのだ。

「変わらないために変わり続ける、そういう意識が重要です」(森川氏)

気付きを得るためには固定概念を捨てる

デジタルで変革を起こすための気付きを得るにはどうすればよいのか。森川氏は、まずは固定概念を捨てることが必要だと述べた。

例として挙げたのは、「もしパブが銀行窓口のようなサービスを行ったらどうなるか」を題材にした、イギリスのTandem Bankの動画だ。客は番号札を取って順番を待ち、注文しても担当者が来るまで待たされ、最後に支払う際には手数料までとられて怒り出す。これを見れば、銀行のサービスには改善の余地があると誰もが気付かされる。しかし、「銀行とはそういうものだ」と思い込んでいると、その違和感にも気付きにくい。つまり、固定概念を取り払うことが気付きへの第一歩なのだ。

では、そのために何が必要なのか。重要になるのがタスク型ダイバーシティ、つまりさまざまなバックグラウンドを持つ人材が混在することである。似たような考え方の人間と一緒にいても気付きは生まれにくいが、門外漢なら「それは何のためにやっているのか」という素朴な疑問が生まれる。幅広い人材を集めることで、気付きを得る可能性が高まり、結果として成功確率を上げることができる。

  • (スライド画像)タスク型ダイバーシティのイメージ図

    タスク型ダイバーシティのイメージ図

こうした考え方を踏まえ、同氏は人の気持ちや愛、信頼などを重視する“共感種族”と、分析や論理、定義を求める“仕訳/深堀種族”を意図的に混在させる取り組みを行っている。実際、両者が一緒に技術について議論すると素朴な疑問が出てくることが多く、それが技術側の人間にとって重要な気付きのきっかけになるそうだ。

新たなテクノロジーは「まず試す」ことが重要

テクノロジーがいくら進化しても、それを使うのは人間だ。従って人間も変わっていかなければならない。

例えば、19世紀に電気が登場した当初、電灯事業にはすぐ利用されたが、工場の動力として普及するまでには数十年かかった。蒸気機関から電力に切り替えるには、工場や組織の再設計に加え、働き方や賃金体系も見直さなければならない。だが、人間側がなかなか変わらなかったため、工場への電力導入には時間がかかったのだ。

もう一つの例として、スペースXがロケットの打ち上げに失敗した際の生中継映像も紹介された。エンジンに点火しなかったロケットを爆破したとき、スペースXの多くの社員が歓声を上げ、進行役も笑顔で「次に期待しよう」と話していたという。森川氏は「この感覚は重要だ」と語る。新たなものを生み出すには試行錯誤が必要であり、その過程では失敗することもある。重要なのは、失敗の原因を分析して次につなげ、それを繰り返すことなのだ。

「デジタルやAIも同じです。新たなテクノロジーをいろいろと試し、さまざまな気付きを得ながら会社の中で回していき、その中で本物を見つけていく。そういうことをぜひやっていただきたいです」(森川氏)