
特別国会は改正皇室典範や「国旗損壊罪」創設法など重要法案を成立させ閉会した。数々の「国論を二分する政策」を実現させた首相・高市早苗だが、内閣支持率は大幅に下落した。政権発足後、初めて逆境に立たされたと言っても過言ではないだろう。吹き始めた逆風に対し、高市は再び国民の信頼を勝ち取り、求心力を回復することができるのか。真価が問われる時を迎えている。
異例の議長あっせん
「皇室典範の改正につきましては、皇族数が減少しているという現状に鑑み、総理就任以来、一刻の猶予もならない喫緊の課題だと認識してきた。改正の実現に至ったことは感慨深い」。高市は7月17日夜、記者団に改正皇室典範が成立したことについてこう語った。
改正皇室典範は、高市が目指す「国論を二分する政策」の一つだ。女性皇族が結婚後も皇族として残ることと、1947年に皇室を離脱した旧11宮家の男系子孫にあたる一般男性を養子縁組により皇族とする、という2本柱から構成される。男系男子への皇位継承に向け「養子案」を掲げた高市にとっても悲願を達成したと言える。記者団に笑顔を見せた高市だが、特別国会最終盤は誤算の連続だった。
高市は当初、改正皇室典範より、日本維新の会が求める衆院議院定数削減法案と「副首都」法案の2法案の成立を優先する方針だった。高市にとって維新は公明党の連立離脱による窮地を救ってくれた「恩人」だ。維新の恩に報いようと、2法案の成立にこだわった高市の意向を受け、与党は審議を単独で強行した。これが野党の猛反発を招き、国会は空転状態に陥った。
副首都法は、大規模災害などが起きた場合、首都中枢機能を「多極分散型経済圏の中核」となり得る道府県が担うと定める。来春の統一地方選と同時実施する予定の「大阪都構想」を巡る住民投票を有利に進めたい維新の肝いりの法律だ。一方の定数削減法案は与野党で協議を進めることとし、1年以内に結論が出ない場合は衆院の比例代表を自動的に45削減する内容が盛り込まれている。比例の削減で打撃を受けるのは中小政党だ。
とりわけ定数削減法案には政権と一定の距離を保ってきた国民民主党やチームみらいも反発し、全野党が結束して審議を拒否する異常事態となった。
苦渋の先送り
こうした事態を受け、衆院議長の森英介が動いた。高市がインドを訪問していた1日、各党幹部を集め、「互譲の精神」を呼びかけ、2法案の審議よりも皇室典範改正案の審議を優先するよう提案した。この森の動きは高市サイドにとっては「寝耳に水」だった。森のあっせんにより野党の態度は軟化したが、2法案の成立は一転して見通せなくなった。
森は自民党で皇室典範改正を主導した副総裁・麻生太郎の側近だ。麻生は維新とは距離がある一方、国民民主党と太いパイプを築いている。森のあっせんの背後には、皇室典範の改正を確実にする一方で、国民民主の引き込みを図る麻生の意向が透ける。高市側近は「麻生氏に十分に法案審議で根回しを行っていなかったことが敗因だ」と悔やむが、国会運営の主導権は、国会正常化に導いた「麻生・森ライン」が握った。
高市はそれでも維新への配慮から2法案の特別国会会期中に成立させる道を探った。だが、高市には1月の衆院解散を巡り、麻生らに事前に相談することなく断行し、麻生に不信感を抱かせた過去がある。「首相の政権基盤は脆弱なままだ。ここで麻生との間に亀裂を生じさせてしまえば政権運営は難しくなる」。官邸幹部はこう漏らした。
高市は7日、日本維新の会代表の吉村洋文(大阪府知事)と会談し、2法案のうち定数削減法案の会期内成立を断念し、秋の臨時国会に先送りする「苦渋の決断」を告げた。吉村は後日、「首相は定数削減を絶対に実行しなければならないとの思いが非常に強い。改めてそう感じた」と語り、高市が会談でにじませた悔しさを代弁した。
秋には自民党役員の任期を迎える。政権内では高市が9月にも内閣改造・党役員人事に踏み切るとの見方が強まる。高市は路線の異なる麻生にどう向き合うのか。「秋」の人事は最大の焦点となる。
支持率低下の「誤算」
定数削減法案の成立見送りにより、正常化した国会では皇室典範改正案の審議が進んだ。ただ、森が求めた「静謐な環境」とはならなかった。賛否を巡り、各党の足並みが乱れたためだ。
改正にあたっては、森ら衆参正副議長は各党と調整し、「立法府の総意」をまとめた。皇族数の確保に限定する内容で、政府はこの「総意」に沿って典範改正案を策定したはずだった。ところが政府の改正案には「総意」の段階で議論が先送りされたはずの皇位継承策まで盛り込まれた。それが野党の反発を生んだ。
問題となったのは、養子の子孫に皇位継承資格を与えるとの規定だ。一方で「女性天皇」への道は閉ざされたままで、結婚後に皇族として残る女性皇族の夫や子は皇族の地位は与えられなかった。「男系・男子」にこだわる政権の思惑を色濃く反映する内容で、女系・女性への継承を掲げる立憲民主党などは「だまし討ちだ」と批判した。
衆院で公明党と立民が結党した中道改革連合は旧公明が与党時代に養子案に賛同した経緯から賛成でまとめようとしたが、元首相・野田佳彦ら立民出身議員が難色を示した。
森はここでも動いた。官房長官・木原稔と密かに会い、衆院の議院運営委員会での審議で養子の子孫への皇位継承資格について「将来の検討を先取りしたり、縛ったりする趣旨ではない」と答弁するよう要請した。「女系・女性」の議論の余地を残す苦肉の策だった。森の求めに応じ、木原は審議でこの発言を繰り返した。中道は「将来の検討が担保された」として賛成を決め、野田も「私にとっては敗北だ。至極残念な結果だ」と記者団に述べながら、しぶしぶ党の判断を受け入れた。
だが、賛成した党派は13党派中6党にとどまった。立民、共産、れいわ新選組などは反対し、日本保守党は採決を欠席し、チームみらいも自主投票となった。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞など大手メディアも大半が批判を展開し、政権はダメージを負った。時事通信が10~13日に行った世論調査で内閣支持率は49.0%(前月比5.3㌽減)で初めて5割を切った。
毎日新聞の18・19日の調査では前月から10ポイント減の41%まで落ち込み、政権発足後初めて不支持(44%)が上回った。同時期に行ったテレビ朝日の調査でも支持率は10.9ポイント下落し49.2%となった。朝日新聞の調査は53%だったが、前月から7ポイントダウンした。高水準を維持してきた内閣支持率だが、一気に下落に転じ始めた形だ。
毎日の調査では皇室典範改正案を評価すると答えたのは19%にとどまり、「女性天皇」を求める声は7割を超えた。「愛子天皇」待望論が根強い中、男系・男子への継承にこだわった政権に対する逆風につながった、との見方は根強い。
ただ、内閣支持率の下落の要因は改正皇室典範だけが要因ではないだろう。自民党のベテランは「高市の経済運営に期待してきた有権者も疑問を持ち出したのではないか」と指摘する。
特別国会は17日の会期末に改正皇室典範や「国旗損壊罪」法など重要法案を成立させたが、高市と維新がこだわった「副首都」法の処理は会期内に終わらず、政権は8日間の会期延長に踏み切った。
国民民主党代表の玉木雄一郎は21日の記者会見で「副首都法や国旗損壊罪法や改正皇室典範など経済に関係ないところで時間を使い、混乱の源になった。『経済政策はどこへいった』『物価高騰対策はどこへいった』という思いが国民の中にある」と指摘した。国民には、政権が経済政策よりも「高市カラー」の法律の制定にこだわったと映り、それが支持率低下を招いた、との解説だ。
こうした事態を受け、木原は22日の会見で「高市内閣として物価高対策を最優先で取り組んできた。1世帯あたり年間8万円を超える支援を盛り込んだ経済対策や7月から9月の電気・ガス料金支援の実施、年末調整での納税者1人当たり3万円から6万円の所得税減税などの対応も行った」とアピールした。
ただ、電気・ガス料金の値下がりや所得税減税も、その恩恵を実感できるのはまだ先だ。自民党選対委員長の西村康稔は22日、副首都法、改正皇室典範などはいずれも「喫緊の課題」としながらも、国民の意識とギャップがあったと分析した。
西村は東京都内で「電気・ガス料金引き下げなども今の段階では成果が実感できない。だから国民は『自分たちの生活を第一に考えてくれよ』『副首都なんて直接関係ない』と思ったのではないか」と語った。いずれにしても、物価高騰や円安が続くことへの国民の不安が増大し、政権に重くのしかかっている。
カギ握る「成果」
苦境に立たされた高市が最も力を注いだのは、経済財政の指針「骨太の方針」の策定だ。
「強い経済の構築と財政の持続可能性を一体的に実現する」。高市は21日の閣議決定にあたりこう強調し、「行き過ぎた緊縮志向と未来への投資不足の流れを断ち切り、国内投資を徹底的にてこ入れする」と宣言した。
骨太では「責任ある積極財政」を掲げ、財政運営の中核目標を従来の単年度単位の「基礎的財政収支の黒字化」から「債務残高対国内総生産(GDP)比の安定的な引き下げ」に見直した。骨太と同時に、AIや半導体など「戦略17分野」に官民が投資する成長戦略も決定した。
2040年度までの投資総額は370兆円超に及ぶ。通常の歳出とは別に、無制限に予算要求できる「『強く豊かな日本』投資枠」も創設した。高市が就任以来、力点を置いた経済財政策の転換を掲げてきた。骨太と成長戦略はその変革を具現化するものだ。
ただ、この政策転換が「財政軽視」と映れば、物価高騰や円安、債券安に拍車をかけるリスクがある。実際、骨太の検討状況が報道機関に報じられた際、市場で日本のマクロ経済運営に対する不安が増大し、「骨太ショック」と呼ばれる長期金利の急上昇が起きた。
加えて中東情勢は日本経済に暗い影を落とす。一時は停戦の期待も高まった米国とイラン関係だが、一転して攻撃の応酬を始めた。この影響を受け、21日のニューヨーク外国為替市場ではドル買いが進み、一時1ドル=163円台と39年7カ月ぶりの円安水準となった。不安定な状況は続いている。
高市に対する国民の視線は厳しさを増す。高市は20日夜にX(エックス)で骨太や成長戦略と予算編成に向け「半端ない情熱を注いだ」と強調し、この土日は資料の読み込みなどに没頭して「明け方まで仕事に追われた」とつづった。だが、その投稿には「アピールより結果を出して」「信頼が失墜していることに向き合え」など数多くの辛辣なコメントが並んだ。
高市は成果を生み出し、信頼を回復できるのか。大きな局面を迎えている。(敬称略)