
「われわれはとにかく信用、信頼を最も大事にしている会社です」。こう話すのは、帝国データバンク社長の後藤健夫氏。今は検索の時代でインターネットから自動的に情報を取得することは容易だが、誤情報も多い。「当社でなければできない情報収集やサービスの提供をしていく」と後藤氏は語る。今年1月に父親でもある会長から社長をバトンタッチ。今後の同社の進む方向性は。
ファミリー家5代目社長に就任
─ 後藤さんは今年1月に5代目として社長に就任しました。父親でもある現会長から話が来た時はどう思いましたか。
後藤 正直驚きました。毎年11月半ばに開かれる全国の支店長が一堂に会する、全国支店長会議の1カ月前に現会長に呼び出されまして、来年1月1日で社長交代すると言われました。
もちろんいつ交代の声が掛かってもいいように心の準備はしていましたが、現会長が社長になったのは、当人が47歳の時でしたから、自分もそれくらいのタイミングだろうと思っていました。
ただ、いわゆるファミリー企業ですと最近は30代で社長に就任する方も周りには多くいらっしゃいますので、その中では当社は遅い方だと感じています。
─ 会長から何か言葉として言われたことはありますか。
後藤 一言で言いますと、「思うようにやりなさい」という言葉です。昔からまずやってみることが大事で、挑戦するようにという意味で「とにかく逃げるな、逃げて後ろ傷を見せるな」と言われてきました。
─ 創業は明治33(1900)年3月3日ですので、今年で創業126年を迎えましたね。長い歴史の重みを痛感していると思いますが、今後どういった会社にしていきたいか、抱負を聞かせてください。
後藤 はい。当社の事業は、直接われわれが自分の目と耳で確かめる「現地現認」で調査をさせていただいている信用調査が基本にあります。それが唯一無二の特徴です。信用調査を企業の皆様に受け入れていただいていること自体が、日本ならではの、特殊な風土だと考えています。
多くの国では、このような信用調査は受けてもらえないのが実態です。国内で企業の皆様に快く調査を受けていただいているというのは、創業者の後藤武夫をはじめ、諸先輩方、調査員がしっかりとした調査を行い、「信頼関係を積み重ねてきた結果」であると自負しています。
ですからこの「信頼」に関しては、絶対に崩してはならない、後世につないでいくべきものだと。
その歴史がある上で、当然新しいこともやっていく。当社として未来の道をどう切り開いていくか、大きなわくわく感で、期待に胸を膨らませているというのが今の心境です。
─ 今社員数はどのくらいですか。肝心要の調査業務はどういった人たちが担うんですか。
後藤 現在、従業員数は3300人です。今年の4月の新卒入社は51名、年間では100人程度を採用しています。
当社は、47都道府県すべてに調査拠点があり、全国に83事業所を構えています。首都圏に限らず、地方でも調査活動を活発に行っていますので、各地域での人材確保が重要な課題となっています。
特に、地方での採用については、その地域に根ざして、長期的に活躍いただくことが多くなっていますので、キャリア採用人材が中心的な役割を担っています。
一番業績が悪い時代に入社して
─ 後藤さんが入社したのは2009年ですね。折しもリーマンショック後で産業界全体が厳しい事業環境の頃でしたね。
後藤 ええ。おっしゃる通りで当社の業績が一番悪かった時期です。帝国データバンクといいますと、「不景気に強い」とよく言われるんです。不景気ですと調査ニーズも増えるのではないかという見方です。
しかし、その頃はあまりにも景気の落ち込みが深刻で、多くの企業が「本当に信頼できる取引先だけに絞る」という判断をしていました。結果として、われわれに対する調査の引き合いも、大きく減ってしまったのです。
─ その時はどんな気持ちでしたか。
後藤 正直なところ、その時はそこまで実感が湧いていなかったのが本音です。ただ、苦しい時代からスタートしているのはかえってよかったかもしれません。
入社して、最初は調査報告書の品質管理をする部署に配属され、その後3年目に、調査員になりました。当社の調査員は営業も担っており、営業面では、調査やデータベースの活用をご提案することもあります。ただ、そうした提案がなかなか相手に響かないという苦労も経験しました。
─ その時に自分で工夫したことは何ですか。
後藤 私は営業があまり得意なタイプではありませんでしたので、一つひとつの調査を丁寧に取り組むことを大切にしてきました。当社の事業はしっかりとした調査を行い、精度の高い調査報告書を作ることが要だと考えています。
調査で訪問した企業と情報交換をしていくうえで、調査先との信頼関係構築は、自分が担当を離れた後も、次の世代へとつながっていくものです。ですから、たとえ自分のところで営業面の成果に結びつかなかったとしても、それが次につながることを意識しながら、真摯に向き合うことを心掛けていました。
─ 今社員にはどういう言葉で呼び掛けていますか。
後藤 やはり「信用」「信頼」という言葉ですね。当社は、信用調査により収集した企業情報を蓄積したデータベース会社という側面も有しております。一方で今の時代は、新興企業の同業他社にも、優れたアプリケーションやサービスを展開している企業も数多く出てきています。
インターネットから自動的に情報を取得してくる対応ももちろんできますが、それだけではどうしても正しい情報にはならないんですね。情報の見極めは非常に難しいところです。
─ 事実、ネット空間にはあらゆる情報が溢れています。
後藤 ええ。信憑性の高い、真に迫る情報を得られるのは、やはり当社が行っている人による調査だと考えています。社内では、これを「匠の調査」と呼んでいます。
何より一番重視しているのは、当社の基本理念「信頼される情報パートナー」であることです。「私たちは、信頼される情報パートナーとして、健全な経済活動を支援し社会の発展に寄与します」という理念をいかに具現化するかが、事業の根幹だと考えています。
インターネットやデジタル技術の進化により情報化社会が発展する中においても、情報パートナーとして信頼関係を強固にし、当社でなければできない情報収集やサービスの提供をしていくことが重要であることを一番強く言っています。
日本全国、規模の大小に関わらず、企業経営者との信頼関係を最も大切にしていきたいと思います。
─ 後藤さん自身も全国津々浦々、現地回りもするんですか。
後藤 そうですね。1年間で全ての事業所を回るというのは、歴代の社長も毎年やっております。
─ 現場を回ると感じることは違いますか。
後藤 やはり地域によって違いは大きく、経済のあり方もまったく異なります。調査は飛行機や新幹線を降りたところからのスタートです。場所ごとの違いや、地形が与える影響の大きさを実感します。
例えば、広大な平野があればまちや農地がつくりやすい一方で、山が多い地域では、商圏が分散せざるを得ないとか。やはり自分の目で見ないと分からないことが多くあります。
─ ある意味でいろいろな地域を見ることができるのは、楽しみでもありますか。
後藤 そうですね。もともと調査員ですので、この地域にはこういう業種の会社が多いとか、だったらこういう調査をすると面白いとか、次から次へと浮かんでくるのは職業病ですね(笑)。
自治体と企業をつなぐ役割も
─ 今社会は大変な激動期ですが、帝国データでは物価統計や値上がり品目など、統計を多数発表しています。こういったデータが参考になるという反応は多いですか。
後藤 そうですね、従来当社が発表していた統計数値は、企業倒産件数をはじめとした、企業の景況感に関する数値が多く、どうしても一般の消費者の方々には伝わりづらい点がありました。
しかし、最近では定期的に「カレーライス物価指数」や「食品主要195社価格改定動向」を発表することで、経済の動きを身近に感じていただけているのではないかと、一般の方々の認知の高まりを実感しています。
そこから少しでも経済に興味を持っていただけたら、調査を行っているわたくしどもとしましても嬉しく思います。
─ 御社は情報収集をしてそれを活用したサービスを提供していますが、単に調査だけでなくて、ソリューションの提供や、あるいはシンクタンク機能的な要素も持つと言っていいんですか。
後藤 そうですね。ソリューション提供分野の売り上げは、年々拡大しており、今後の成長領域だと考えています。
地方自治体や国の案件に対応することもあります。例えば、当社が保有している企業データを分析することで、各自治体においてどのような企業を誘致すべきかといった提案や、企業が進出した際に周辺企業との間でどのようなシナジーが生まれるかといった点も含め、支援を行っています。
─ 御社が関わった件で具体的な成功例はありますか。
後藤 ある都道府県から、自分たちの県にどのような課題があるのかを整理・把握したいというご相談をいただいたことがありました。
当社で調査をしていく中で、地域にシステム関連企業が不足しているという課題が見えてきましたので、当社のデータベースからそれらの課題を解決できそうなシステム関連企業を抽出し、実際に商談会のような場の提供を行ったことがあります。
当社はあくまで第三者ですので、企業のマッチングまではできませんが、自治体の課題解決支援のための「つなぐ役割」は担えると思っています。
─ まさにつなぎ役ですね。
後藤 ええ。そうしますと、他の都道府県から進出する企業にとっても、進出後の売上見込みが立ったうえで進出検討ができるため、「非常に良かった」と評価していただいたことがあります。
今後もこういった、企業と自治体、企業同士をつなぐ事例を増やしていきたいと思っています。
また、国の案件になりますが、別の事例をご紹介させていただきます。2017年に経産省が地域未来牽引企業という名称で、地域経済を牽引する企業の選定を行いました。
この選定に際し、当社が企業のデータ分析をして、地域経済への影響力が大きく、成長性が見込まれるとともに、地域経済のバリューチェーンの中心的な担い手となる企業をお示ししました。
大まかに説明しますと、例えばトヨタ自動車は日本国内で製造した車を海外に輸出して、収益を国内に還元します。国内の地域経済に循環させるというのが理想的な形だと思います。地域未来牽引企業の選定は、その都道府県版のようなものになります。
─ 具体的にはどういう仕組みですか。
後藤 都道府県レベルで域外から資金を呼び込み地域内に循環させている企業を明確にし、その地域を牽引してくれる中核(ハブ)の企業に優遇措置として国が支援する仕組みです。いわゆる、ばらまきとは全く違うEvidence-Based Policy Making と言われる、当社のデータを活用した事例です。
地方自治体にとっても地方創生につながった取り組みだったと思います。
─ 学術界との連携はどうですか。
後藤 実は経済分析の分野では大学と共同研究を行っています。大きいところですと、日本で最初にデータサイエンス学部ができた滋賀大学と連携しています。
また、一橋大学の経営学研究科と共同研究センターを設立し、アカデミックからの客観性と中立性、長期的な視野に立った研究による、政策や社会課題への解決策の創出にも取り組んでいます。
こういう取り組みの中で、日本はまだまだ大学の研究とビジネスに距離があるように感じます。一方で、アメリカやヨーロッパでは、産学がきちんとつながり、大学発ベンチャーは本当の意味でビジネスを理解している印象です。
また、その間をつなぐ人たちもいますし、バリューチェーンがしっかりと確立された先端企業も生まれてきています。ですから当社も大学との共同研究を通して学術界とのつながりを深め、産学連携の成功事例となれるよう努力していきたいと思っています。