小林製薬会長が見た京セラ創業者・稲盛和夫の生き方 【書評 】『それでも天を敬い、人を愛す。』

経営の神様・稲盛和夫の「知られざる苦悩と闘い」

「動機善なりや、私心なかりしか」。第二電電(現KDDI)創業時に稲盛和夫が自らに問い続けたこの言葉は、彼の利他の精神を象徴している。

「経営の神様」は京セラやKDDIを世界的企業に育て上げ、日本航空(JAL)を奇跡の復活へ導いたことで知られる。だが、本書が描くのは華麗な成功譚ではない。カリスマの「知られざる苦悩と闘い」である。約30年にわたり側近として仕えた著者だからこそ描ける「等身大の稲盛和夫」の挫折の軌跡が、これでもかと詰まっている。

 経済記者として数多の経営者を見てきたが、稲盛の歩みほど不条理な苦難の連続は珍しい。

 旧制中学の受験では、内申書への担任のえこひいきという理不尽な理由で2度失敗し、当時「死の病」と恐れられた肺結核に罹患する。就職活動でも希望の企業にことごとく不採用となり、恩師の紹介で辛くも入社した企業は給料遅配が常態化していた。

 同期が次々と辞める中、一人取り残される。独立後も若手社員から要求書を突きつけられる反乱に遭うなど、まさに挫折まみれの前半生である。

 だが、彼は運命を呪わなかった。不平不満を叫ぶのはやめようと腹をくくり、目の前の仕事に打ち込む。会社員時代は鍋釜を研究室に持ち込み、寝食を忘れて没頭した。

 その執念が実を結ぶ。行き詰まりを破ったのは、ありふれた素材だった。成形の繋ぎにパラフィンワックス、つまり蝋を使う。誰も思いつかなかった一手で、日本初のファインセラミックス合成に成功する。

 起業後、若手社員の反乱に遭ったときも逃げなかった。「私利私欲に走ったら刺し殺してもいい」。三日三晩ひざ詰めで語り、心を通わせた。そして無給で引き受けたJAL再建。理不尽なバッシングに晒されてもなお、善きことを思い善きことを行うという信念を貫いた。

 先行き不透明な現代、理不尽な状況に不満を抱くビジネスパーソンは多い。本書は、稲盛の人生を通して一つの明確な解を提示する。いかに能力や熱意が高くとも、自己中心的なマイナスの考え方を持てば、結果はすべてマイナスになる。困難な時こそ利他の心を持ち、前向きな考え方を維持しなければならない。壮絶な実体験を通じ、そのメッセージが痛いほど伝わってくる。

「経営の神様」は、生まれつき特別な才能に恵まれたわけではない。泥臭い努力と「敬天愛人」の精神で、運命を自ら切り拓いたのだ。その軌跡は、厳しい競争社会で理不尽に立ち尽くしているすべての人の背中を、そっと押してくれる。  (敬称略)

                  文=NORAKURA代表・書評家 栗下 直也

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