
「人事データと給与データを活用すれば、企業は最大限人材を活用でき、人の可能性を引き出す〝攻めの人事〟が可能です」─こう話すのは、外資系で活躍してきたjinjer社長CEOの冨永健氏。転職時代にあって、人材の活用は企業の共通課題。退職を防ぎ、企業が成長していくために、両データを統合して経営戦略に役立てられるシステムをつくるjinjer。同氏は外資系企業での経験が長いが、日本企業の強みは、「チーム力」だと語る。日本企業の経営者として目指すこととは。
日本頑張れ!という思いを胸に
─ 冨永さんは人事給与システムの事業を展開されていますが、まずjinjerという社名の由来は何でしょうか。
冨永 これは造語で、われわれは人事システムを提供しているので、「人事をやる人」という意味でjinjerという名前なんです。事業を開始してからちょうど今年で10年です。
─ 新卒から外資系企業での職歴が長いですね。
冨永 はい。新卒でIT機器を販売するシスコというアメリカの外資系企業に入りました。当時シスコはアメリカでも飛ぶ鳥を落とす勢いで、半年間だけですが2001年に世界の時価総額ナンバーワンになるんですね。
その後ITバブルが弾けるのですが、素晴らしい人材が本社にいますし、当時の最先端の人事制度などたくさんのことを学ばせていただきました。
最終的に16年いましたから今でも足を向けて寝られないくらい、思い入れは強いです。シスコ卒の人は今でもシスコが一番良い会社だったと言うくらい、良い会社だと思います。そこで、わたしは営業で日本企業のお客様のところに行っていました。
─ 外資系企業から見て日本企業をどのように見ていましたか。
冨永 外資系企業は、四半期ごとの成果を評価や報酬へ繋げる仕組みが非常に合理的で、個人の成長スピードを最大化させる強みがあります。
一方で、日本の、特に歴史ある大企業のお客様と向き合う中で気づいたのは、皆さんが非常に長い時間軸で会社を捉えているということです。目先の評価以上に、「この会社を次世代にどう繋ぐか」「社会に対してどう貢献するか」という深い帰属意識を持って働かれている。
日本企業独自の、組織としての志の強さを肌で感じていました。日本企業と外資系企業は人が働くモチベーションや、会社との距離感がまるで違うと思いましたね。
─ 当時、競合他社は日本の通信機器大手ですよね。
冨永 ええ。当時はNECさんや富士通さんのような日本を代表する巨大企業が、世界のトップランナーである欧米企業と真っ向からしのぎを削っていた時代でした。
わたしは外資側の立場として、最先端のテクノロジーを武器に全力でぶつかっていきましたが、心のどこかでは日本企業の底力に対する深い敬意も持っていたんです。もしかしたらまだ欧米のIT企業に伍して戦えるといった時代だったと思います。
競合として勝負にこだわりながらも、一方で「日本企業が持つ本来の強みが、もっと別の形でも発揮されてほしい」という、一人の日本人としての切実な願いのような複雑な感情を抱いていました。
─ 今はGAFAMが圧倒的に強くなってしまいましたね。
冨永 ええ。当時はGAFAMのようなグローバルプラットフォームが台頭し、日本のITサービスがそのエコシステムの一部として組み込まれていく時期でした。
外資系企業で働く中でその合理性には敬意を持ちつつも、一方で、日本独自の組織文化やチーム力にフィットした『日本発のプラットフォーム』の必要性を強く感じていました。そのタイミングで出会ったのが、日本企業のjinjerだったんです。
─ なぜ日本企業に行こうと決めたのですか。
冨永 実は外資系からも似たような仕事の話がたくさんあったのですが、またアメリカ人の考え方のもとで日本のマーケットに対してやっていくのは実現イメージもありつまらないなと。
日本企業で働くということはやはり自分のキャリアにとって新しい挑戦になると思いましたし、もう1つは先ほどお話した日本のIT業界を活性化させていきたいという思いが強かったです。50歳を目前に、人生の折り返し地点で自分が今まで経験してきたものを、全部ここに投入しようと思いました。
SaaS業界は陣取り合戦の嵐
─ 社長就任から1年が経ちましたが、率直な感想は。
冨永 非常にエキサイティングでしたね。われわれの組織は平均年齢が31歳と若いです。
人事システムを提供しているHRSaaS業界は、おそらく今日本で最も動きが大きいのではないかというくらい合従連衡が進んでいます。買収しないまでも、新しい商品をどんどん出していって陣取り合戦が激しいのです。
マーケット自体も年率30%ぐらいで毎年伸びていて、そこに様々なプレイヤーが入ってきています。ただ小粒のプレイヤーはだんだん苦しくなってきて、合従連衡が始まるということが現状です。
ただ、マーケット自体が伸びていますから、きちんとそこで勝ち残れば結果を出せる環境になっています。
─ その中でjinjerの強みは何ですか。
冨永 先ほどの平均年齢の若さにも直結しますが、突破力があります。何か決めてやると決めた時の進んでいく力は、私が今まで見た会社の中でも強みだと思います。
─ 外資系にも劣らないと。
冨永 劣りません。外資は高い報酬を目標に個人が頑張るという仕組みですが、当社は毎年新卒をしっかり取って育てるという文化が根付いています。
そうするとやはり先輩がしっかり後輩の面倒を見ますし、後輩も先輩の後を素直についていく。例えて言うなら健全な体育会系の部活みたいな感じです(笑)。そこはお金とか、そういうことが動機にならず、「お世話になったあの人に言われたので、やります」というような文化がありますね。
─ ひと昔前は企業でも先輩後輩文化はありましたが、今の若い世代にそういう文化に馴染むんですか。
冨永 当社は新卒採用の時からそういう人を集めています。学歴より、面接の時から人間力や実行力、粘り強さみたいなものを重視しています。入社後も、素直なタイプの人がやはり一番伸びています。
─ この1年間経営されてこられて一番嬉しかったことはなんですか。
冨永 チームで称賛し合う仕組みを社内全体で作れたことが1つあります。社内チャットで誰かに助けてもらったという時に名指しで、「私は困っていた時に、○○さんにこういう風に助けてもらいました」とか、「この人のおかげでこの案件を取りました」いうことを書き込む仕組みを作りました。
初めは部門によって積極的なところと少し構えているところがあったのですが、感謝を書き込まれた人の席に行ってインタビューした様子を社内配信で流していると、「自分もあそこに出たい」という人たちが徐々に増えていきました
。 ─ どれくらいの人が選ばれるんですか。
冨永 100件以上投稿される中から選ばれるのは月に3、4件です。社員は出たければ、なにかに貢献して誰かに「ありがとう」と言われないと出られません。マネージャーは自分の部下をそこに出させるには、自分のチームの中でもその称賛文化をインストールして盛り上げなければなりません。
そうすると組織としても活性化してきますし、やはり感謝は口に出さないと、という流れが会社全体でできています。
人事給与システム業界の課題
─ 競合他社もたくさんいる業界ですが、ジンジャーの強みはどういう点にありますか。
冨永 そうですね。今のHRSaaSのシステムは人事部門の業務負担を軽減するタイプのソリューションが多いのです。例えば給与の支払いも、勤怠システムからデータをダウンロードしてきて、給与システムに入れて残業代を算出しているなど、人事と給与を別々に管理していることが多いです。
当社はそれを統合している点が強みです。事務作業を軽減し人事給与等のデータ活用で経営に役立てることができます。
─ 具体的には?
冨永 例えば新しい事業をやるとなった時に、社長から人事本部長にどういう人材を配属させるか指示しますね。その場合、その人が所持している資格や経験、役職、出身地、入社年次、評価など、条件を入れて選出することができるのです。
または、離職の検知のようなことも、勤怠データをみると予測できたりするのです。退職しそうな人の傾向は実はわかりやすくて、変なタイミングで有休を取ったり、出勤時刻が変わったりするんです。
3年間、出世もなし、仕事の中身も変わらない人というのも離職率が上がるということもデータでわかっています。そういう人をリスト化して、使っていくと。
─ 人事給与システムが人材の活用に貢献できると。
冨永 そうなんです。今後数年かけて、こうしたデータ活用が人事のスタンダードになっていくと考えています。そこに向けてまずわれわれはデータプラットフォームを整備して、データを溜められるようにして、それができたら〝攻めの人事〟をご提案しています。
それから今、人材業界で話題になってるのがスキルの管理です。スキルは何千種類と定義がありますが、これを人間で管理するのはほぼ不可能に近いのと可視化が難しい。
例えば「コミュニケーションスキルが高い」ということ1つでも、聞くのがうまいのか、話すのがうまいのか、目上の人にはうまいけど、意外と若手とは苦手というのが人それぞれあります。われわれはそれをAIの力を使って見える化し、さらにもう一段階レベルを上げて活用していくことを考えています。
─ 人材の適材適所がタイミング含めて行えるようになると。
冨永 ええ。5年間同じ仕事をやっていて、評価も悪くない人で最近つまらないと辞めようと思っていた人が、新しい人事異動で、「面白そうですね。やってみます」というマッチングが起きやすくなって、企業は人の可能性を最大限活かすことができます。
─ こういうアイディアは他社にはないんですか。
冨永 他社が業務効率化の軸からデータの統合を目指しているのに対し、わたしたちは「データの統合」をスタート地点としてアプリケーションを作った。この設計思想こそが極めて稀だと自負しています。
われわれは、「ひとの可能性のすべてが見える世界へ」というのがビジョンで「人事のこれからの当たり前を作り、お客様とともに進化する」がミッションです。
日頃のコミュニケーションの中で、人の得手不得手を、上司だけでなくAIも分析してくれて、この人にこういう仕事をさせてあげたらもっと伸びるのではないかと気づかせてくれるツールになればと考えています。
ただしこのAIの使い方が重要で、きめ細かくやらなければいけないと思います。
─ AIは参考にして最終的にはやっぱり人だと。
冨永 その通りです。最後は人間です。これは私の個人的な意見ですが、まだその組織のトップ30%の人間の勘の方が勝っていると考えます。
それから人事は説明責任がありますから、最終的には人が見て判断することが大事であると思います。ですから、AIは適切な人が適切に扱うということが重要だと考えています。
日本企業の良さ
─ 最後に、外資時代が長かった冨永さんですが、日本企業の良さを挙げるとしたらどんな点ですか。
冨永 そうですね。日本の強さはやはりチーム力です。先輩後輩関係、決めたことをきちんとやり抜くという点は、外資とは全然違います。それと、報酬面だけでは動かないというのは結構ポイントだと思います。
もちろんお金は大事ですが、心、意義とか大義がないと動かないです。この意義とか大義をしっかりつけられたら、すごく強いと思います。
日本の企業とか文化は、なぜこれをやるんだ、われわれはここに向かうんだと。主語がわたし〝たち〟なんです。欧米は「たち」ではなく、「私」なので。ですからチームが大義を持った時に、持つエネルギーは全然違うということを、jinjerに来て実感しています。
待遇も大事ですが、この大義とのバランスがガチっとはまった時に、企業としてものすごく強い会社になると思います。