
原材料不足と高騰の中で
危機的状況をいかに生き抜くか─―。今、世界中が混沌とし、資源・エネルギー価格が高騰。行先不透明の中でインフレが続く。新・石油ショックにどう立ち向かい、いかに生き抜くかという命題を世界中が抱える。
【 イラン攻撃による原油高騰の余波 】第一ライフ資産運用経済研究所首席エコノミスト・熊野 英生
ホルムズ海峡を経由する石油が途絶え、原油市況が高騰。ナフサやガソリン・軽油なども不足ぎみで、原材料価格の上昇が続く。
1973年(昭和48年)、第1次石油ショックが起き、石油価格はそれまでの4倍にハネ上がり、生活日用品の洗剤、トイレットペーパーなどが店頭から姿を消し、国民生活は大混乱に陥った。1979年には第2次石油ショックが起き、それまで高度成長を謳歌していた日本経済はその成長に陰りを見せ始めた。高度成長から安定成長へと、時代も変わり、日本にとっても、まさに転換の時であった。
資源の節約を心がけ、ムダ使いを止めようという省エネの空気も生まれた。地球の資源は無限ではない、という当たり前のことが初めて地球規模で理解され始めた。
それから約50年が経つ。日本では、約250日間の原油在庫を持つなど危機管理対策も進んだ。また、この間、日本の1日石油消費量は約500万㌭から、現在は300万㌭から350万㌭と大幅に減っている。石油を効率的に使う技術的進歩と、第1次エネルギーでの石油依存率を減らす努力が継続的に行われてきた成果だと思う。
それにしても、50年前は、無資源国・日本として、節約しなければならないという危機感が自然発生的に出てきたわけだが、今回、そうした危機感があまり感じられないのはなぜか?
国の危機管理は
もちろん、パニックに陥ってはいけないし、沈着冷静さも求められる。高市早苗政権も石油・ナフサの調達に努め、適宜、情報発信をしており、全体的に落ち着いた状況は保たれている。
しかし一方で、シンナー不足で塗料の生産に影響が出て、菓子の包装が白黒に変更されたり、スーパーでも、食品包装材不足のため、簡易包装に切り替えられるという事も見聞する。
医療現場では、プラスチック由来の医療物資が不足するという話も相次ぐ。備蓄は十分にあるという政府発表とは裏腹に、こうした目詰まり現象が起きており、そうした現実にどう対応していくかという課題である。
『財界』誌本号では、内閣官房参与の細川昌彦さん(経産省出身、現明星大学教授)に実情と対策を語ってもらった。
細川さんは1977年(昭和52年)に旧通産省(現経産省)に入省。入省して間もなく、石油危機が起こり、当時、石油部計画課に籍があった細川さんには原油輸入に奔走したという経験がある。
「連日、深夜まで働き、電卓で計算していました。今はコンピューターを使ってと、働き方も変わりました」と細川さんは語り、とにかく、「国民に正しい情報を提供し、パニックを起こさせないようにしないと」と語られる。
危機時には、とかく不安心理に陥り、不測の事態も起こりやすい。ここは官民あげて、危機感を共有して臨みたいものである。