
「変革とは何か」という普遍的な問いを提示
本書は、一時は「ソニーを壊した経営者」とまで批判された出井伸之氏を、短期的な業績ではなく、日本産業の構造転換という長い時間軸から再評価した一冊である。
【 著者に聞く 】日本共創プラットフォーム会長・冨山和彦『日本経済AI成長戦略』
2003年の「ソニーショック」は、多くの人に経営の失敗として記憶されている。しかし、本書を読むと、当時の危機は経営判断の誤りではなく、ハードウェア中心の時代からデジタル・ネットワーク時代への転換期における、巨大企業の産みの苦しみだったことが見えてくる。
出井氏は、トリニトロンやウォークマンの成功体験に支えられた「ものづくりのソニー」を否定し、ネットワーク、コンテンツ、サービスを軸にしたデジタル型企業への変貌を目指した。しかし当時、そのビジョンは早すぎた。社内には強い抵抗があり、市場もまた、目先の収益悪化に厳しい視線を向けた。
だが現在のソニーグループを見ると、その評価は大きく変わる。ゲーム、音楽、映画、イメージセンサーなどを核とする現在のソニーは、もはや単なる日本の家電メーカーではなく、デジタル型グローバル企業へと脱皮。その変革の起点をつくったのが出井氏だった。
私自身も当時、産業再生機構で多くの企業の構造転換に取り組んでいたので、出井氏の状況を自分事として受け止めていた。そして現時点で言えば、自動車産業の大きな転換点において大きな赤字計上を発表して厳しい批判にさらされているホンダの姿とも重なる。
本書が優れているのは、出井氏を英雄として美化するのではなく、「変革とは何か」という普遍的な問いを提示している点である。生前の出井氏と深くかかわった次の世代のリーダーたちの証言がそれを裏打ちする。実は私もその一人だ。
産業構造が変わる時、過去の成功体験はむしろ足かせになる。短期的に失敗に見えた決断も、長期的には大きく評価が変わりうる。本書は、変化の時代における経営の本質を考えさせる好著である。