
医工連携の成果がすでに生まれて来て…
東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して、国立大学法人東京科学大学が誕生したのは2024年(令和6年)10月のこと。
医工連携─。つまり理工学系と医歯学系の融合による新しい大学・大学院の創造ということで、東京科学大学の誕生は産業界からも熱い注目を浴びる。
統合して1年半、東京工業大学出身で初代理事長に就任した大竹尚登氏(1963年=昭和38年12月生まれ)が語る。
「若手が共同研究をどんどんと立ち上げているというのはすごく嬉しいですね。医歯と理工のバリアーなく、力を合わせて研究を進めている姿を見ていると嬉しくなります」
医工連携を具体的に実現するための研究組織として、すでに「国際医工共創研究院」が設立され、「すでに45の研究が進行中です」と大竹氏。
現に、重症呼吸不全、重症心不全患者に使われるECMO(体外式膜型人工肺)の操作にAIを活用して精度を高めたり、数年内に心臓移植へのAI活用実現を目指す研究開発が進む。
最先端の理工学系と医歯学系が共同で研究する場は、湯島キャンパス(東京都文京区、旧東京医科歯科大学の本拠)に置かれ、東京科学大学の本部は旧東京工大の本拠が置かれていた大岡山キャンパス(東京都目黒区)にある。
医学部、歯学部、『国際医工共創研究院』が置かれている湯島キャンパス(東京都文京区)
提供:東京科学大学
今後、こうした医工連携で新たなスタートアップが生まれることも期待される。
スタートアップの誕生については、「実際、わたしの思っている以上だったのは、数年前に東工大の理工系の学生にアンケートを採ったのですが、40%はスタートアップに興味があると。今後は増えてくる」と言う。
産業界も東京科学大学の誕生を歓迎しており、大竹氏も各企業トップと対話する中で、「産学連携をさらに進めていきたいという手応えを感じています」と語る。この産学連携の進展とスタートアップが増えることへの期待が高まる。

東京科学大学の本部が置かれている大岡山キャンパス(東京都目黒区)
提供:東京科学大学
今年1月、東京科学大は『国際卓越研究大学』に認定された。この〝卓越大〟制度は、世界トップレベルの研究力を目指す大学を国(政府)が後押しするもので、前年度の東北大学に続く2校目の認定だ。
国が10兆円規模の大学ファンドを設立し、その運用益から年間約150億円の運営資金が大学側に支給される。
国立大学法人への給付金は、国の財政難から年々減額されており、各大学はいかに自立して、産学連携などで大学の運営資金を確保するかに腐心している。
今回の認定によって今後25年間、一定額の助成金を得られるメリットは大きい。
東京科学大学は、この助成金のうち約8割を人件費に充て、「優秀な海外の教職者、若手研究者を招きたい」としている。教職員を含め、今後4年間で約400人を採用する方針だ。
前年度の東北大学に次ぐ卓越大学認定
卓越大学第2号認定を受けたことは大変名誉なこと。東京大学や京都大学などの有力国立大学、有力私大の早稲田大学(今回、私立大学では早大一校のみが申請)などが認定申請をした中で、東京科学大が選ばれたことは、同校関係者にとって大きな励みとなっている。
今回、卓越大学に認定された要因とは何だったのか?
東京科学大学は、『災害・感染症に強い社会』という未来像を打ち立て、分野横断で研究体制をつくる『ビジョナリーイニシアティブ(Visionary Initiatives、略称VI)』を制定。このVIとはいったいどのようなものなのか。
グローバル競争を生き抜くために
「これは、ゼロから大学をつくりますよということで、最初に考えたのは『善き未来』を創るということです。そして、『善き生活』、『善き社会』、『善き地球』というものを科学でつくっていくというのがVIですね」
VIは東京科学大学の使命、存在意義を現したものだ。大学間の競争は年々激しくなっている。日本国内での競争はともかく、グローバルでの競争をどう生き抜くかという課題である。
英国の教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の『世界大学ランキング2026』によると、日本国内では、1位は東京大学(世界ランキング26位)、2位は京都大学(同61位)、3位は東北大学(同103位)、4位の大阪大学(同151位)に次いで、東京科学大学は5位、世界ランキングでは166位となっている。
このTHEにしても、同じ英国の大学評価機関QSにしても、英国ないし欧州の視点で大学を評価しているということを考慮しても、国内首位の東京大学はじめとした日本の各大学は〝過小評価〟されているという声も聞かれる。それはともかく、日本の各大学は〝内弁慶〟になってはいないかという指摘は以前からあり、これをどう克服していくかも今後の課題。
グローバル化はさまざまな分野で進むが、旧東京工大、旧東京医科歯科大も、単独ではグローバルでの大学間競争で生き残ることができないとして統合を決意。医工連携で生き残りの活路を切り拓くということである。
〝善き未来〟を創る
ロシアによるウクライナ侵攻は未だ終結が見えず、中東情勢は混迷し、世界情勢は混沌の度合いを高めている。地球全体を眺める視点で諸課題の解決に当たっていかなければならない。
先述のVIの中に、〝善き未来〟を築くと謳い、〝善き生活〟、〝善き社会〟、〝善き地球〟を創り出すために貢献していくと自分たちのパーパス(使命、存在意義)を定義付けているのもそうした思いがあるからであろう。
大竹氏がその思いを語る。
「善き生活を実現するためのビジョンや善き社会を実現するためのビジョンを真ん中に置いて、ステークホルダーをはじめ、海外の大学や内外の企業と一緒に、そのビジョンの実現に向けてわれわれは取り組んでいきますと。そういうスタイルに変えるという宣言でもあるんです」
VIには8つのカテゴリーがある。〝善き生活〟には3つのカテゴリーがあり、1つ目は、科学はすべての人の健康と福祉のためにあるとする「トータル・ヘルス・デザイン」。2つ目は、各人が多様でこころ豊かな人生を実現する「ウェル・バイタリティ・サイエンス」。3つ目が「フューチャー・インテリジェンス」。「これは未来の知性と社会の礎を築くというものです」と大竹氏は語る。
〝善き社会〟にも3つの領域がある。まず、「イノベーティブ・ライフ・ソサエティー」。サイバー(仮想)とフィジカル(現実)空間で共創社会を開拓するというもの。2つ目が「スペース・イノベーション」。これは宇宙での生活圏を開拓するもの。
3つ目が「マテリアルズ・ポジティブ・ソサエティー」で、「モノの進化をポジティブな社会の原動力にする」というもの。
〝善き地球〟では、「グリーン・トランスフォーメーション・フロンティア」で持続可能な未来を実現。そして「レジリエンス・テック・ソサエティー」を掲げ、災害や感染症のパンデミック(世界的大流行)が頻発する時代にレジリエンス(復元力)のある社会を実現することを目指す。
「これには当然、医学が関わるし、土木工学にもつながっていくというので、社会のために直接役立つVIだと思っています」と大竹氏は語る。
8つのイニシアティブがあって、これらに〝横串〟を刺して知の融合を図るという仕組み。
さらに具体的に説明すると、学部に在籍する学生の段階で、例えば機械工学を学んだとして、大学院に進んで研究者になろうとする時に、グリーン・トランスフォーメーション・フロンティアやイノベーティブ・ライフ・ソサエティーなどを勉強し直すことも可能ということ。
「そこには医学部から来ている人もいれば、土木から来ている人もいる。宇宙物理の人もいる。そういった状態で大学院時代を過ごしていく。そういう流れも生まれます」
医工連携や産学連携を進める上で、こうした変革を企業側に説明すると、「いい試みですね」という反応があるという。
完全統合への決意
『知と知の出会い』─。東京工大と東京医科歯科大が統合を目指したのも、『知と知の出会い』で新しい大学を創造しようという思いがあったからだ。
両大学はもともと接点があった。2001年3月、両大学と東京外語大学、一橋大学で『四大学連合』をつくり、大学運営や人材育成のあり方などについて意見交換する場を共有していた。
社会に貢献するという使命は各大学共通のものだが、コロナ禍という未曽有の事態に直面し、『医工連携』をもっと進めようという機運が高まった。
両大学関係者は統合に向けて頻繁に対話を重ね、2022年10月、統合発表にこぎつけた。
それまで、国立大学法人としては名古屋大学と岐阜大学のように、『1法人2大学制』でそれぞれ旧来の大学を残す形での統合はあった。しかし、今回は両大学が、「医工連携を目指すのなら、思い切って1法人1大学で行きましょう」と合意し〝完全統合〟が実現した。
本誌『財界』は統合発表の直後、両大学トップにインタビューし、その思いを聞いている。
現在、東京科学大学学長で、当時東京医科歯科大学学長であった田中雄二郎氏(1954年生まれ)は統合を決意する契機となったのがコロナ禍であったと語った。
田中氏が東京医科歯科大学(TMDU)学長に就任したのは2020年4月。すでにコロナ禍が蔓延し、世の中がパニック状態になっていた。重症化すれば入院しなければならず、命に関わるかもしれないということで、この時、「TMDUはどう動くべきか」と氏は自問自答。
日頃、「世のため、人のためにと言っておきながら、肝腎な時にそれを実行しないのは教育上もあり得ない」として、田中氏は「大学の総力を挙げてコロナ禍に立ち向かう」と宣言。コロナ重症患者を積極的に受け入れ、結果、TMDUの重症患者受け入れ数は都内最多となった。
目の前の患者を救うために全力を尽くしながら、新しいエビデンス(データ)を導いて、社会に貢献しなければと動いたが、「世界をリードするような満足できる研究結果が得られていない」と田中氏はもがいていた。
現に、ワクチン製造にしても、日本は欧米勢に後れを取っており、田中氏はこの差は何が原因なのかと思案した。
「学長として、大学を預かる身になってみると、大学の余裕のなさを感じました。痛切に感じたのは、お金に余裕がないということ。もっとお金があれば、もっと自由に研究ができ、様々な挑戦もできるのに」と大学が置かれている現状に悔しい思いをした田中氏。
一方、当時、東京工大の学長を務めていたのは益(ます)一哉氏(1954年生まれ)。もともと半導体の研究をしていた益氏は、東京工大で博士号を取得(1982年)した後、東北大学で助教授を務めるなど、同大で18年間研究を重ねた。2000年に教授として東工大に戻り、2018年に学長に就任。
「気がつくと、日本の半導体産業がこの30年の間に大変なことになっていた。大学自体をもっと良くしなければという思いを持ち始めていた2018年に学長になりました」と氏は述懐。
益氏も、「今こそ、人をつくって、新しい産業をつくるという理念を実現したい」という思いを強くしていったのである。
こうして、理事長・大竹氏が言う〝善き未来〟を創るという大きな理念を掲げ、統合が実現したという経緯である。
理事長と学長の仕事の重なる部分を大事にして
大学にしても、企業にしても、統合(merger)は口で言うほど容易ではない。PMI(Post Merger Integration、統合後のプロセスをどうするかというテーマ)が重要。東京科学大学はどのような基本姿勢でこの統合を実践しているのか─。
同大学は、理事長を大竹尚登氏が務め、学長を田中雄二郎氏が務める。1法人1大学の国立大学法人で、理事長・学長制を取っているのは同大学が初めて。
理事長は経営全般の責任を担い、学長は教学の責任を担う。東大、京大、東北大などの総長が両方の最高責任者を務める体制と比べ、ガバナンス形態が違うという点でも注目される。
統合後の1年半を振り返って、大竹氏は、「田中学長と一緒にこの1年半をやってきて非常に良かったと。二人で一緒に相談しながらやってくることができたことは良かったと思っています」と次のように続ける。
「経営と教学の分離ということで、大学内外にもそういう説明でやってきました。実際、欧米の大学はプロボスト制というのを実践し、それでうまくいくという例もあります。われわれもそういうやり方を参考にしていこうと思った中で、どこか違和感があったんですよ。これは統合大学特有のことでもあり、それぞれ約145年、約100年の長い歴史があるから感じたことかもしれません」
大竹氏は、理事長と学長を分離する運営を1年半進めてきて、その感想をこう述べる。そして、「完全に分離するというよりは、2つの隣り合う円のうち、両方の円が重なる部分をどちらかに寄せたり、抜け落としたりするのではなく、あえて重なる部分を残しながら2人で一緒に考えていくということです」と語る。
ちなみに、前出のプロボスト(Provost)制は、大まかに言うと、大学トップの下にNO.2を置き、トップを補佐する制度。迅速な決定を図るために欧米の大学でよく使われている。
ともあれ、重なる部分を残すことが大事というのは示唆に富む。分離することで抜け落ちる部分が出てくることもあり、それを無くす意味でも、「重なりの部分を大事にしていきたい」という大竹氏である。
例えば、病院経営を見る時に、田中学長も大竹理事長と共に点検するようにしている。
また、文科省による「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」事業に関しても、理事長の大竹氏も田中学長と共に会議に出るといった形を取る。
「そういった格好で、重なる部分を自然に持つことができました」と大竹氏は語る。
大竹、田中両氏共に、大学本部のある大岡山キャンパスに執務室を構えている。教学担当の田中氏は医学部、歯学部、そして病院のある湯島キャンパスに週1、2日行くこともあるが、学長室は大岡山キャンパスにあり、互いに〝隣りの隣りの部屋〟で、対話しやすい距離にある。
筆者が取材で訪れた日も、「今日の午前中も、田中学長とずっと一緒に打ち合わせをしていました」という。
東京科学大学は他とは違う独自のガバナンス(統治)制度を創ろうとしているということ。
「(理事長と学長の)2人でやったほうがいいよねというケースですからね。これは瞬時にそれを判断することが出来て、そこに大きな間違いは多分なかったんだと思うんです。そのやり方で1年半やってきたと」
学内資源の『動的な再結合を!』
大竹氏は、この1年半をこう総括しながら、「もう1点、大事なことがあります」と今後の統合の進め方について語る。
「企業で言うところのポスト・マージャー・インテグレーションという言い方でいえば、動的な再結合というのを考えているんですよ。統合はものすごく大変な道のりだったけれども、結果的にそこが、大学が早期に融合する駆動力にもなったし、国際卓越研究大学に採択される理由にもなったのではないかと思います。ご努力いただいた事務局の方々にも感謝しています」
国際卓越研究大学に認定されるべく申請をした時点では、理学院(理学部に相当)、工学院(工学部に相当)と医学部、歯学部をくっ付け、統合大学とする案もあった。
しかし、東京科学大学が選択したのは、単に既存の学部をくっ付けるのではなく、大学は社会から何を求められているのかといった観点も考慮して、産業界の意見やニーズも取り入れながら、「動的な再結合」を考えていくというやり方である。
最先端を走る海外の大学と伍していくにはどうすればいいのかという視点も重要。すでに同大学は米MIT(マサチューセッツ工科大学)や英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンやドイツのアーヘン工科大学などと提携し、交流を進めている。
そのほか、英オックスフォードや米プリンストン、ハーバード大学などと渡り合える大学にするにはどうすればいいのか。
これは日本の潜在力掘り起しを含めて、日本の大学に求められる課題。そうした課題の解決に結び付く『動的な再結合』、つまり教育・研究体制の再構築が求められているということ。
日本は今〝失われた30年〟から脱却し、新たな成長戦略を描く大事な時期にある。
「新産業に結び付くか、あるいは成長に結び付くか。今、まさに政府がやっていることですけれども、停滞が20年、30年続いた中で、それを立て直す原動力の1つは大学にあると思っています。そのことは産業界、企業のトップの方々との対話でも感じていることです」
今の混迷状況を〝知の力〟でどう切り拓くか。新しい大学創造への挑戦に期待したい。
