『わたしの「対話人生」』国際社会経済研究所理事長・藤沢久美 社長の報酬

社外取締役として、指名・報酬委員会にかかわる機会がある。毎回考えさせられるのが、社長の報酬をいかに決めるべきかという問いである。

 学術的には一定の整理がある。市場水準との比較、短期インセンティブ(STI)と長期インセンティブ(LTI)の組み合わせ、企業価値との連動。機関投資家からも、報酬の水準や構成について厳しい視線が向けられる。説明責任が求められる時代において、制度としての整備は進んできたと言える。

 しかし、実際の議論に向き合うと、そう単純ではないことに気づく。

 例えば、創業者として会社を立ち上げ、多くの株式を保有している経営者の場合、企業価値の向上はそのまま自身の資産に直結する。一方で、会社員としてキャリアを重ね、社長に就任した経営者もいる。両者に同じ設計を当てはめることが妥当なのかという問題がある。

 さらに、市場の違いも大きい。事業の中心が日本国内にある企業とグローバルに展開する企業では、報酬水準の考え方が異なる。経営人材の国際的な競争も意識せざるを得ず、報酬水準もそれに連動していく。

 また、従業員が世界各地に存在する企業では、報酬の前提そのものが多層的になる。働く地域ごとの賃金水準を踏まえた設計が求められる中で、経営者と従業員の報酬の関係性も一様ではなくなる。

 短期の業績に連動させるべきか、長期の企業価値に重きを置くべきかという議論も尽きない。短期に寄せれば過度な成果志向を招き、長期に寄せれば緊張感が薄れるという指摘もある。

 議論を重ねる中で感じるのは、「いくら払うか」よりも、「何に対して報酬を支払うのか」という前提が曖昧なまま設計されているケースが少なくないということだ。

 社長の役割とは何か。短期の利益を最大化することなのか、長期の企業価値を高めることなのか。それとも、企業の方向性を決め、最終責任を引き受けることなのか。その定義が曖昧であれば、報酬の設計もまた曖昧になる。

 社長の報酬とは、単なる対価ではない。企業として何を重視するのかを示すメッセージでもある。だからこそ、形式的な制度設計にとどまらず、自社にとっての経営者の役割を言語化することが求められる。

 報酬の水準や構成に唯一の正解はない。しかし、「何に報いるのか」が明確であれば、その設計には一貫性が生まれる。社長の報酬をどう決めるかは、企業が自らの経営観を問われる場でもあるのだと思う。

経団連常務理事・岩崎一雄の【 わたしの一冊 】『2075 次世代AIで甦る日本経済』