「東京医科歯科大学と東京工業大学の統合から1年が経ちましたが、その効果は?」【 答える人 】東京科学大学理事長・大竹尚登

国立大初の理事長・学長体制

 

 ─ 東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して発足した東京科学大学、約1年半を経た振り返りを聞かせてください。 

 大竹 いろいろ苦労もありましたが、思ったよりはうまく進んだと思っています。このことについては、田中雄二郎学長(前東京医科歯科大学学長)との会話でも、2人とも納得している部分です。教職員や関係者の方々の力があってこそですから、そこは非常にありがたいことだと思っています。 

 うまくいった1つの要因としては、私と田中学長が理事長と学長を務めるという1法人1大学での理事長・学長体制になったことが挙げられると思います。この体制を導入したのは国立大学では本学が初になるのですが、これは統合前に両大学で設置した「国立大学法人東京科学大学の長の合同選考会議」で決めたものです。この体制がうまく機能しましたね。 

 ─ 理事長は大学の経営全体、学長は教学全体を見ることができると。 

 大竹 そうですね。確かに当初はそういう切り分けで動き出しました。理事長が経営を所管し、学長が教学を所管するという分離ですね。実際、欧米の大学でプレジデント・プロボスト制が実践されている事例があります。プレジデント(大学の長)とプロボスト(大学の長の下で教学に関する事項の実質的な責任者)を分ける制度です。この制度を導入し、大学経営を軌道に乗せている事例もあります。 

 ただ、実際に動き出してみると、その途中で、どこか違和感がありました。それは統合大学特有のことでもあり、それぞれ約145年、約100年の長い歴史があるから感じたことかもしれません。それは何かというと、理事長と学長で権限を完全に分離するよりも、少し重なりがある部分は一緒に相談しながらやっていくということです。 

 イメージで言えば、2つの隣り合う円のうち、両方の円が重なる部分をどちらかに寄せたり、抜け落としたりするのではなく、あえて重なる部分を残しながら2人で一緒に考えていくということです。

1法人1大学での理事長・学長体制を敷いている(左から、理事長の大竹氏、学長の田中氏)

提供:東京科学大学

 ─ 統合してから、それを決めたのですか。 

 大竹 ええ。企業で言うところのポスト・マージャー・インテグレーション(PMI=M&A後に行われる統合プロセス)ですね。ですから本学では、新しい大学の姿を考え、それを具現化していく「動的な再結合」を考えました。これは非常に大変な道のりでした。 

 しかし結果的には、それが大学の早期融合の駆動力にもなり、世界最高水準の研究を目指す「国際卓越研究大学」として採択される理由にもなったのではないかと思っています。 

 とはいえ、現場で作業に尽力してくれた両大学の事務局の人たちには感謝したいと思いますね。そしてもう1つは、統合してから本学がどのような大学を目指していくかという将来像を描いたイメージ(絵)があるわけですが、ただ絵を描くだけでなく、それを財界の経営者の方々に説明して回ったんです。 

 ─ どんな反応でしたか。 

 大竹 中には「ここは駄目だね」とか、「これを実現するためには、こういう人材が足りないですよ」といった様々なご示唆をダイレクトにいただきました。そして、ありがたいことに多くの企業の経営者の方々から一緒にやりたいという声もいただくことができました。かなりの重みがあり、ものすごく勉強になりました。 

45の医工連携の研究が進行中

 

 ─ 統合後の動きとして新たな研究組織を設立しましたね。 

 大竹 2025年7月設立の「国際医工共創研究院」です。この研究院は先端の理工学系と医歯学系が一緒に研究する場です。なかなか大がかりな研究院となっており、病院の機能を存分に活用できるよう、本学の附属病院を置く湯島キャンパスで活動を始めているところです。 

 ─ 反応はどうですか。 

 大竹 研究を行っている学生からの反応は、とても積極的です。若手の研究者という観点でも、たくさんの共同研究や医工連携の研究シーズが立ち上がり、現時点で45の研究が進行中です。中にはメディアに取り上げられたものもありますので、それらには非常に期待しています。 

 ─ スタートアップがここから生まれる可能性もある? 

 大竹 もちろんです。そこは狙っているところです。 

 ─ 学生たちは大企業に就職するより、自分で起業しようという気概が、かなり強まっているように思いますが。 

 大竹 私もそう思っています。実際にそれは、私の思っている以上でした。数年前に東工大の理工系の学生にアンケートを採ったことがあるのですが、全回答者のうちの約40%がスタートアップに興味があると回答しています。 

 本学でのリーダーシップ教育や起業関連のイベントが充実してきたことにより、起業やスタートアップへの関心が高いのかもしれません。実際に就職活動となると数値が変わるかもしれませんが、学生の志向としてスタートアップへの興味・関心が高いことは間違いありませんから、今後は増えてくるだろうと思います。 

 ─ 先ほど経営者との対話があったという発言がありましたが、国や民間企業との関係をどのように捉えていますか。 

 大竹 これまでの「失われた30年」という流れの中で、国も勇気を出した投資ができず、それが故に民間企業も踏み込んだ大胆な設備投資に動くことができなかったという面があります。しかし今は国が17の戦略分野を明確に掲げ、数十兆円の投資をする決断を示しました。 

 これは企業にとっては投資しやすい土俵をつくってもらったということでチャンスだとは思います。科学技術立国・日本再生に向けたラストチャンスになるかもしれませんね。 

欧州や中国の大学との連携 

 ─ さて、東京科学大学は今年1月23日に国際卓越研究大学に正式認定されました。世界からどのように優秀な頭脳を集めていきますか。 

 大竹 日本は少子化・高齢化です。それに伴って18歳人口も減っています。大学としては、おそらく海外から人を呼んでくることが学生においても必要なことになってくるでしょうし、将来的には10~30%は海外の学生という比率になってくると思います。 

 当然ながら研究者も世界から優秀な人材を早い段階で呼んでくることになるでしょう。どういう人材を呼び込むかについては検討中ではありますが、例えば、私自身が米国のボストンに行って直接お目に掛かるといった取り組みも始めています。 

 ─ 例えばインド工科大学(IIT)の名前を聞きますが。 

 大竹 はい。私も理事長就任以来、3回インドを訪問し、先日もIITマドラス校に行ってきました。IITは本学にとっても大事な存在ですし、学生も研究者も優秀です。 

 また、本学は「Strategic Partnership University」という戦略的連携を行っています。英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンやドイツのアーヘン工科大学の2大学とは密な連携をしています。足元の国際情勢は大変不安定な状態です。その中で、欧州の大学と連携していることは大事なことではないかと思います。 

 ─ 政治的には分断・分裂の様相が強くなっている中で、大学としては「つなぐ」役割を担っているわけですね。 

 大竹 その通りです。他にも清華大学とは、大学院レベルではわが国最初の、2大学の修士の学位が取得可能な「ダブルディグリープログラム」をナノテクノロジー、バイオ、社会理工学の3分野に展開しており、2004年のプログラム開設以降、200人以上の修了生を送り出しています。両校での人材育成実績が評価されて昨年、表彰を受けました。 

 ─ 世界の大学との交流を深めるということですね。さて、新たに「Visionary Initiatives(VI:ビジョナリーイニシアティブ)」という研究体制を立ち上げた理由を聞かせてください。 

 大竹 先ほど産業界の声を受けたという話をしましたが、私自身、様々なご意見を頂戴する中で、新しい人材育成や研究方法に変えていくことが世の中のためになると考え、本学が実現を目指す社会変革の姿を「善き生活」「善き社会」「善き地球」の3つのビジョンに定めました。 

分野横断のチームでの研究体制

 

 ─ 具体的には? 

 大竹 現在は8つのVIがあり、目指す未来像ごとに本学の研究者が分野横断でチームを作って取り組んでいきます。 

 テーマとしては「善き生活」では「科学はすべての人の健康と福祉のために」という「Total Health Design」と「各人が多様でこころ豊かな人生を実現する」という「Well - Vitality」、そして「未来の知性と社会の礎を築く」という「Future Intelligence」です。 

 ─ 医工連携ですね。 

 大竹 はい。「善き社会」では「サイバー・フィジカル空間で共創社会を開拓する」という「Innovative - Life Society」と「宇宙と生命の真理を探究し、宇宙生活圏を開拓する」という「Space Innovation」、そして「モノの進化をポジティブな社会の原動力に」という「Materials - Positive Society」になります。 

 最後の「善き地球」では「グリーントランスフォーメーションで持続可能な未来を実現する」という「GX Frontier」、そして「災害・パンデミックにレジリエントな社会を実現する」という「Resilience - Tech Society」です。 

 これらのVIのいずれかに、合計で1800人の研究者が参画し、同時に約7000人の本学の大学院生も参画する予定です。ですから、この取り組み自体は本学にとって非常に大きな変化になります。これまでであれば、私のような機械工学の専攻者は学部から大学院まで一貫して機械工学を学んでいたわけですが、この仕組みでは、大学院ではVIで学ぶことになります。 

 ─ いわば知と知の出会いとも言えますね。 

 大竹 そうですね。ダイバーシティ(多様性)を高めることにもつながります。理系の研究者だけでなく、人文学・社会科学の研究者も入ります。 

 ─ つまり、戦後日本を代表するリアリズム国際政治学者として有名だった永井陽之助先生(故人)のような人もVIに参画するということですか。 

 大竹 そうです。人文学・社会科学の研究者は約80人おり、「リベラルアーツ研究教育院」を設置しています。これらの皆さんもVIに参画します。今も本学はリベラルアーツを重要視していますからね。 

 ─ そういった体験をすると物事の見方は変わりますか。 

 大竹 変わると思います。分野の異なる研究者同士が一緒に研究をすることで、もっと変わっていくでしょう。その点、学部1年次の教育はとても大事なので、今は理工学系と医歯学系の学生たちが、一緒にリベラルアーツの先生による講義を1学期受けています。 

 やはり工学博士で医師でもあるような人材を育てていけるのも本学の強みです。そういった人材をこれからも毎年、一定数輩出していきたいと。ロボットのソースコードを理解する医師がいれば、間違いなく世の中を救う人材になると思います。

中国とどう向き合うか? 答える人 前駐中国大使 立命館大学教授・垂 秀夫