京都大学(京大)は4月1日、弱い分子間相互作用である「ファンデルワールス力」を利用して分子を一次元的につなぎ合わせた「多孔性ナノ糸」を開発し、脆さゆえに加工が困難で応用が限定的だった多孔性材料において、柔軟な材料設計が可能となったと発表した。
同成果は、京大アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点) 工学研究科の宮田彩名大学院生、同・古川修平教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する旗艦学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
柔軟かつ軽量な多孔性エアロゲルの作製に成功
ナノサイズの空間(細孔)を利用することで分子の透過や貯蔵が可能な多孔性材料は、水質浄化や触媒としての利用など、幅広い分野で注目されている。中でも、ガスの分離・貯蔵は産業規模が大きく、化学産業の中でもエネルギー消費が大きな割合を占めるため、環境コストに優れた多孔性材料の開発は世界全体におけるエネルギー効率を改善する上で重要だ。
現在、工業的に利用されている多孔性材料としては、活性炭やシリカゲル、ゼオライトなどがある。これらに共通するのが、ナノサイズの原子・分子の網目が強い化学結合によって三次元的に構築されている点だ。例えばシリカゲルは、酸素原子とケイ素原子が安定な共有結合によって結び付き強固な網目を形成することで、多孔性材料としての機能を発揮している。これはナノサイズの空間が崩壊せずに保たれるには強固な骨格が必要であるためだ。
2025年のノーベル賞で話題を集めた多孔性配位高分子(MOF)をはじめとする従来の多孔性材料では、ナノサイズの空間を維持するために強い化学結合を用いて三次元の網目構造を形成することが一般的だった。一方で、こうした構造は外部から力が加わると応力が一点に集中しやすく、機械的に脆いという課題がある。そのため、従来の多孔性材料は加工性に乏しく、実用化に向けた形成プロセスに大きな制約を抱えていた。そこで研究チームは今回、分子の結合様式を見なすことでそうした課題の解決を目指したという。
今回の研究では、こうした弱点を克服するため、多孔性ナノ糸が提案された。この糸は、ナノ空間を持つ分子である「金属錯体多面体」(MOP)が一次元的に並んだ構造をしている。MOPとは、金属イオンと有機分子から組み上がる多面体の形状をした分子を指す。多面体の形状を利用することで分子内部にナノサイズの空間を設計したり、分子表面に狙った構造を持たせたりすることが可能だ。
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MOP分子の集積による多孔性ナノ糸の合成スキーム。八面体構造を持つMOP分子の面同士を密着させるように整列し、幅約15nmのナノ糸を形成。これらが三次元的に絡み合うことで、多孔性エアロゲルが生成され、最終的に青色のモノリスとして得られる。(出所:京大プレスリリースPDF)
研究チームは今回、従来の多孔性材料のような強い結合ではなく、弱い分子間相互作用であるファンデルワールス力を用いてMOPを並べることで、柔軟な糸を紡ぐことに成功したとのこと。最終的には、この多孔性ナノ糸を編むことで多孔性材料の一種である「エアロゲル」が作製された。
今回用いられたMOP分子は八面体構造を有しており、分子表面には平面状のナフタレンジイミド誘導体配位子が備えられている。この平面が向かい合うように整列することで、隣接するMOP分子同士が効率よく接触できるよう設計されている。このMOP分子は直径約3nmと、MOFを構築する有機分子に比べ約4倍以上のサイズを有することも特徴だ。
このような特徴を持つMOP分子を溶液中で集積させることで、幅約15nmの多孔性ナノ糸の形成が実現した。MOP分子の直径から、ナノ糸の幅方向には約5~6個のMOP分子が集積していることが明らかにされた。溶媒条件によって、MOP分子は三次元的に集合した機械的に脆い結晶、あるいは一次元的なナノ糸へと集合することが確認された。この多孔性ナノ糸からなるエアロゲルは、桜の花の上に載せても、雄しべがつぶれないほど極めて軽量である。
詳細な構造解析と計算の結果、ナノ糸中で隣接するMOP分子は、八面体構造における3つのナフタレンジイミド部位からなる面同士を密着させるように接続し、さらにこの相互作用が八面体の対向する面でも生じることで、一次元構造を形成していることが突き止められた。その分子間相互作用は主にファンデルワールス力であり、振とうなどのごく小さなエネルギーでもナノ糸を構成するMOP分子の会合と解離を可逆的に制御することが可能だ。その結果、このナノ糸からなるゲルは、鋳型に応じて自在に成形可能な高い加工性が示された。
さらに、多孔性ナノ糸は一次元構造を持つため、ナノ糸同士の隙間によって応力を分散させる自由度が残されている。力学試験の結果、このエアロゲルは外部から圧縮力が加わっても壊れることなく変形でき、高い柔軟性が示された。これにより、従来の多孔性材料には見られなかった、高い加工性と柔軟性の両立が実現されたとした。
今回の成果は、機械的特性に優れた多孔性材料の新しい設計指針を示すものだ。機械的特性は材料の加工性や耐久性に直結する重要な要素であるにも関わらず、多孔性材料においては十分に研究されてこなかったという。この成果では、MOP内部のナノ空間、一次元のナノ糸構造、そしてモノリス状のエアロゲルという長さスケールを横断した階層構造を導入することで、多孔性と機械的柔軟性を両立した材料が実現された。
今回合成された多孔性エアロゲルは、高い加工性と優れた機械的特性を有することから、耐久性の高い成形体が求められるガス分離・貯蔵材料としての応用が期待される。現在は研究室レベルでの少量合成が中心だが、将来的な工業利用に向けては、生産コストの低い多面体分子の開発やさらなる機能性の向上が重要になるとした。
また、今回得られた知見を既存の機能性分子へ応用することで、分子性材料における機械的特性に関する理解がさらに深まり、新たな材料応用へと研究が展開していくことが期待される。今回の研究ではエアロゲルとして材料化が行われたが、基盤となるナノ糸は多様な形態へと加工可能であり、今後さまざまな材料設計へと展開されることが期待されるとしている。


