オンラインバックアップサービス企業のBackblazeはこのほど、「Are Hard Drives Getting Better? Let’s Revisit the Bathtub Curve」において、同社の十数年に及ぶ大量のHDD運用故障率データから、これまで活用されてきた「浴槽曲線(バスタブ曲線/Bathtub Curve)」が当てはまらなくなってきていることを指摘した。HDDの性質が「確実に良くなっており、より長く使えるようになってきている」という。
従来の定義と期待
信頼性工学で使われている故障モデルに、初期に欠陥やインストール・環境要因による故障が出て、その後安定期を経て細かい摩耗・経年劣化によって終末期に故障率が再び上がるという「バスタブ曲線」がある。ハードウェア信頼性工学ではよく使われてきたモデルだ。初期に高い故障率が見られ、その後安定期を経て、最終的に摩耗劣化で再び上昇する。このモデルは電子機器からHDDまで広く適用され、整然とした寿命予測を与える理論として活用されている。
Backblazeは、自社データセンターにおける十年以上の運用データを蓄積した結果、現在のHDDの故障挙動はこの理論とは異なることを確認したと発表した。同社のドライブ群では、理論のような滑らかなU字ではなく、突発的なスパイクや小さな変動を含んだ不規則な曲線が現れていた。
この結果は、実際の環境下ではドライブ寿命を単純な時間経過だけで説明できないことを示している。初期故障・安定期・摩耗期という三分構造ではなく、導入条件や運用方法、環境要因、製造ロット差など多様な要素も入り混じっている。Backblazeは「バスタブ曲線は漏れている(The Bathtub Curve Is Leaking)」と表現し、実運用が従来考えられてきた故障推移とは異なる推移を示すことを指摘している。
2013年と2021年の実運用データに見る変化
2013年に初めて実施された分析では、BackblazeのHDD群は約3.5万台規模で、構成の多くが一般向けコンシューマドライブだった。この時点では理論的なバスタブ曲線に最も近い形が得られ、初期故障期と終盤の摩耗期が明確に現れていた。
しかし2021年に同様の分析を更新すると、初期故障率の低下と安定期の長期化が確認された。故障率のピークも遅れ、平均寿命が約2年延びた。この頃にはデータセンター拡張や運用環境の改善が進み、導入ドライブ数も20万台超に達した。
この変化の背景には、ドライブの調達・運用・廃棄ポリシーの変化もある。Backblazeはより大規模で均質な導入を行い、一定期間での計画的な更新を導入したため、サンプル数の増加と安定的な稼働が故障率曲線の滑らかさを高めた。
この時点でのカーブはもはや典型的なU字ではなく、初期部分がほぼ平坦化し、摩耗期の立ち上がりも遅延していた。つまり、理論上の「初期不良→安定→摩耗」という単純モデルではなく、信頼性向上と運用最適化によってより穏やかなカーブへ変化していた。
2025年時点の最新データとその示唆
2025年第2四半期の時点で、Backblazeは31万7,000台以上のドライブを監視しており、最新の解析結果では顕著な傾向が現れた。初期故障率は約1.3%ときわめて低く、故障率のピークは導入から10年を超えてから発生していた。これは過去の13〜14%というピーク値から大きく改善されている。
このデータに基づく現在の曲線は、U字型ではなく、「立ち上がりの低い壁」と「長い水平部」、そして末期のわずかな上昇を示す形となった。Backblazeチームはこれを「ウォークインシャワーの入り口のような形 (the entrance to a walk-in shower)」と形容している。
この変化は単にハードウェアの改良にとどまらず、運用環境の安定化と予防保守の高度化を意味している。より適切な温度管理、振動制御、運用サイクルの短縮などが総合的にドライブの信頼性を押し上げていると考えられる。
総じてBackblazeの分析は、時間経過のみを基準とする従来モデルの限界を明示し、現代のHDD信頼性は多因子モデルで説明すべき段階にあることを示している。ハードドライブは「より良くなって」おり、その故障率をバスタブ曲線で予測するのは不十分になっている可能性がある。


