生成AIをはじめとする先進技術が働き方を大きく変えている。特に注目されているのが「オンデバイスAI」と呼ばれる、PCやワークステーションなどのローカル環境でのAIの活用だ。
日本HPが10月3日に東京国際フォーラムで開催したイベント「HP Future of Work AI Conference 2025」では、多数のセッションと展示により、オンデバイスAIを実現するAI PCやAIワークステーションの現在位置と、未来の働き方への展望が示された。イベントの全容は順次レポートとして公開予定だ。本稿では、イベントの概要をダイジェストでお届けしよう。
ハイブリッドAI推進に向け、AIエコシスムのプロデュースカンパニーを目指す
開会の挨拶に立った日本HP 代表取締役 社長執行役員 岡戸伸樹氏は、「今年は分社化しちょうど10年を迎える節目の年です。本イベントへの申込者数は1500名を超え、日本HP史上最高の申込者数です。記念すべき年にこのようなイベントができるのは大変うれしく、皆様の支えがあってこそです」と切り出した。
イベントのテーマである「Future of WorkとローカルAI」については、以下のように狙いを説明した。
「10年前のAIはAlphaGoに代表される特化型AIでした。10年経った現在はAGI(Artificial general intelligence:汎用人工知能)やASI(Artificial Superintellligence:人工超知能)といった一般的な人知に迫ろうとするほど進歩しています。そして、8月にはOpenAIがgpt-ossというo4-miniに匹敵するLLMを発表し、LLMがローカルで動くという時代に入りました。業界がローカルAIやハイブリッドAIに舵を切った画期的なニュースでした。ローカルAIが注目を集めている理由はコストとセキュリティです。ある製造業のお客様から『生成AIの利用促進をしているが、毎月高額な請求が来て経営から厳しく言われている』と相談を受けました。あるクラウドベンダーさんからは『セキュリティ、プライバシーが気になってお客様がクラウドにデータをアップロードできずにいる』といった相談を受けました。こうしたコストとセキュリティを解決するのがローカルAIの特徴なのです」
そのうえで、岡戸氏は「今後はクラウドAIとローカルAIを組み合わせるハイブリッドAIが重要になる」と語り、同イベントでは、クラウドAIとローカルAIの使い分けのヒントを提示するセッションを提供したことを紹介した。
「クラウドAIの役割は『より深く考えるAI』です。クラウドなので、最新の大量の情報をもとに膨大なコンピュータパワーを使って深い分析をしてアウトプットを出します。ローカルAIは『物知りAI』です。経営情報、財務、法務などに限って深く物事を提供していく。学習も早く社内システムにセキュアにつなぐことができ、ローカルで動くのでレスポンスも速く、コストもかかりません。こうしたハイブリッドAIを推進していくために、HPでは『AIエコシスムのプロデュースカンパニー』になることを目指します」(岡戸氏)
まずは、ハードウェアベンダーとして、AI PCやAIワークステーションを提供する。また、シリコンベンダーや生成AIベンダーとも連携する。ユーザー企業のAI活用に向けて、AIのコンサルティング会社やSIer、AIインテグレータなどとエコシステムを形成するためのオーケストレーションにも関わっていくという。今後、AIプロデュースカンパニーになるためのコミュニティも運営し、PoCや機器の貸し出し、AIが動く仕組み作りをサポートしていく。
「ITの世界は常に集中と分散を繰り返しています。AIもまさに分散の時代に入っています。そうしたローカルAIやハイブリッドAIを推進していくためのプロデューサーとなるのがHPです。このイベントを第一歩として取り組んでいきます」(岡戸氏)
AI PCやAIワークステーション、AIサービスを伝える8つのセッションが開催
セッションは、基調講演、主催者セッション1、主催者セッション2、AIパートナーセッション、パネルディスカッション with AI Partner ~AI PC編~、パネルディスカッション with AI Partner ~AI ワークステーション編~、緊急特別講演、協賛パートナーセッションの計8セッションが実施された。
基調講演では、早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール 教授 入山 章栄氏が「AI時代の経営戦略と組織進化 ~創造性と競争力を両立する未来の働き方~」と題して、「知の探索」と「知の深化」による「両利きの経営」においてAIが果たす役割を解説した。入山氏は「AI革命はこれからで、本命はプライベートAIだ。AIは人の認知を広げ、知の探索を助ける。また、AIは知の深化のほとんどを代替し、人を解放する。現場が強い日本企業はむしろチャンスが多い。AI PCの導入など、企業や従業員のAI装備を進め、経路依存性を打破してほしい」とアドバイスした。
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「AI時代の経営戦略と組織進化 ~創造性と競争力を両立する未来の働き方~」というテーマで講演を行った早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏。講演中、参加者は熱心にメモをとっていた
主催者セッション1では、米HP Global Head of Future of Work and AI Software Ecosystem Loretta Li-Sevilla氏が「働き方の未来を再定義する:AI PC とそのエコシステムの力」と題して講演。新しいトレンドに焦点をあてたHPのエコシステム戦略に加えて、最新のHP AI PC に搭載されている革新的なソリューションが、未来の働き方をどのように推進していくのかを紹介した。
主催者セッション 2では、米HP Senior Director – Global Business Development, AI & Data Science Michael Messier氏が「次世代AIワークステーション(Zシリーズ)~ZGX nanoとZ Boostによるイノベーション~」と題して講演。HPが発表した「ZGX nano」および「Z Boostアクセラレーション技術」を搭載した次世代Zシリーズワークステーションについて解説した。
AIパートナーセッションでは、楽天グループ AI & Data コンサルティング部 ジェネラルマネージャー 水口真氏が「Rakuten AIの挑戦:人を中心としたAI体験の創造」と題して講演。ショッピング、キャッシュレス決済、デジタルコンテンツ、コミュニケーションなど、70以上のサービスを展開する楽天グループが、どのようにして「安全性」「コスト効率」「日常生活との親和性」を兼ね備えたAIを設計・実装しているかを紹介した。
パネルディスカッション with AI Partner ~AI PC編~では「日本語音声認識技術とローカルSLM連携で、ビジネスや業務がどう変わるのか? ~法人や自治体の潜在ニーズと開発アイディアのディスカッション~」題して、音声認識AIの取り組みを議論した。パネリストとして、AmiVoice開発で知られるアドバンスト・メディア SDX事業部 DX推進 グループ長 永井 一次氏、生成AIコンサルティングなどを手がけるWorkstyle Evolution 代表取締役CEO 池田 朋弘氏、生成AI活用コンサルティングや生成AI受託開発を手がけるWEEL 代表取締役 田村洋樹氏が登壇した。
パネルディスカッション with AI Partner ~AI ワークステーション編~では「“生成AI Beyond” B2Bにおけるローカル生成AIの協創エコシステムについて」と題して、AIワークステーション活用のポイントと共創の取り組みについて議論した。パネリストとして、AI・DXコンサルティングを手がける調和技研 ビジネス開発部事業推進G マネージャー武藤 悠貴氏、AIバーチャルヒューマンなどを手がけるMetAI 代表 ロザノ・デビット氏、VR・AR・XR事業を手がけるアルファコード 取締役ファウンダー 兼 CTO 水野 拓宏氏、松尾研究室発AIベンチャーneoAI R&D事業部 部長 大槻 真輝 氏が参加した。
緊急特別講演では、AICX協会代表理事 小澤健祐氏が「来るオンデバイスAIの時代〜 gpt-ossに見るSLMトレンドの幕開け 〜」と題して講演。
協賛パートナーセッションでは、日本マイクロソフト デバイスパートナーセールス事業本部 シニア パートナー テクノロジー ストラテジスト 平井健裕氏が「AI エージェントの最前線~ Copilot × Azure AI サービスで実現する ハイブリッド AI」と題して、Copilot+ PC と クラウドのAzure AI サービス の連携によって生まれるハイブリッドAIの可能性を紹介した。
マイクロソフトやHPが「働き方を変え、加速するAI PC」を展示
特別展示エリアでは、HPのソリューションや連携ソリューションが多数展示された。以下、日本マイクロソフトによる「Copilot+ PCで実現するオンデバイスAI」と、日本HPによる「働き方を変え、加速するAI PC」の展示の模様を簡単に紹介しよう。
Microsoft AIによるオンデバイスAI体験
マイクロソフトの展示では、「Microsoft AIを使って"探す・聞く・動く"が変わるオンデバイスAI体験」として、AIを使って日常の検索作業を効率化したり、次につながる行動を提案したりする様子を実際のAI PCを使って体験できた。
検索作業では「セマンティック検索」が利用できる。セマンティック検索は、ファイル内のキーワードから文脈を理解し、PC上にローカルインデックスを作成したうえで、自然な言語で直感的に情報検索を実現するものだ。複数のファイルを横断して、情報を探すマーケターや企画職などで便利に使うことができるという。
また「ライブキャプション」も便利な機能だ。日本語で作った製品やサービスの解説動画を文字起こしし、英語など9つの言語に瞬時に翻訳できる。グローバルに取引先がある企業や担当者におすすめだという。
過去の作業や閲覧履歴をローカルで記録・検索できる「リコール(プレビュー)」も有用だ。高度なAIを使って、タイムラインから「あの時見た」情報を瞬時に再発見できる。過去の作業履歴の振り返りや複数案件を並行して進めるプロジェクトマネージャーなどにおすすすめだという。
さらに「Click to DO」は、PC上の作業文脈を理解し、次につながる行動を提案する機能だ。ローカルで実行でき、自然な流れでToDOを提示する。アクションを少なくして業務を効率化したい営業などにおすすめの機能だ。
HPはハイブリッドAI対応のアプリケーションを紹介
一方、HPの展示では、「セキュリティ、通信、音声認識に優れ、AI対応」として、HPが業務活用で進めるハイブリッドAI対応のアプリケーションを紹介していた。
「HP AI Companion」は、ローカル処理で高速、安全に動作するスマートアシスタントだ。サブスクリプション不要でPCリソースのみで動作するため、機密情報も安心して利用できる。クラウド利用に制限があり、機密情報を扱う管理職・法務・経理部門におすすめだ。
「HP Poly Camera Pro + Windows Studio Effect」は、オンライン会議の品質を向上するために、高機能カメラとAIエフェクトで、背景ぼかしや視線補正、ノイズ除去などをリアルタイムで実現するものだ。ハイブリッドワークでオンライン商談・会議が多い営業担当者や広報担当者におすすめできる。
HP AI Companionが提供するAIサービスもユニークだ。「Zime」は、招待された会議に自分のかわりに参加する機能だ。TeamsやZoomに対応しており、Outlookと連携して会議を自動録画し、終了後に要約をメールで受けとることができる。多忙ですべての会議に参加できない管理職や時差がある海外との会議が多いグローバル担当者におすすめだ。
「Virtual Sapiens」は、非言語コミュニケーションをAIで分析し、表情・姿勢・視線などからプレゼンスを可視化し、オンライン商談の印象を改善する機能だ。若手社員や非言語コミュニケーションを改善したい管理職におすすめだ。
「Luminar Neo」は、写真の構図・光・色を自動補正するAIだ。プロ品質の画像編集を誰でも簡単に実施できる。SNSやWebの編集作業を効率化したいクリエイティブ担当におすすめだ。
このほか、展示ブースでは、AIワークステーションやシンクライアント、POS端末、ロングライフPC、プリンタ、セキュリティなどのHP製品が展示され、いずれも盛況だった。







