
損保最大手・東京海上ホールディングス社長に今年6月就任した小池昌洋氏は1971(昭和46年)12月生まれの53歳。大手金融機関としては最年少での社長就任としても注目を集める。前任の小宮暁氏(現会長)からのバトンタッチについて、「内外での強い事業基盤を引き継ぐ形になり、幸運だと思っています」と語り、「国内保険事業、海外保険事業の2つに加えて、保険にとどまらない安心・安全のソリューション。この3つをそれぞれ進化させていきたい」と抱負を語る。新事業領域の開拓という使命を担っての小池氏の社長就任。同社は今年2月、総合建設コンサルタントのID&EホールディングスをTOB(株式公開買付)で完全子会社化したばかり。ID&E(旧日本工営)は非保険業だが、生活環境や道路、上下水道などの社会資本整備で長年実績を積み上げてきており、”安心・安全”を追求する企業として、東京海上グループの一員になった。世界44カ国で事業を展開し、「日本発のグローバル企業として成長したい」という小池氏の経営戦略とは─。
内外での保険事業に加え新たな『安心・安全』事業を
「安心・安全の領域を拡げ、事業モデルを進化させていきたい」─。東京海上ホールディングス社長に今年6月末に就任した小池昌洋氏の第一声である。
「今は100年に1度の時代の変革期」という時代認識を持つ前社長・小宮暁氏(現会長)から、11歳若い小池氏へのバトンタッチである。
同社は、1879年(明治12年)に日本初の損害保険会社『東京海上保険会社』として設立されたのが始まり。日本資本主義の生みの親とされる渋沢栄一も同社設立に関わった。
以来、日本の近代化、先の大戦での敗戦からの復興・高度成長、そして経済の成熟化という流れの中で、損保業界を牽引。
同社の歴史を振り返ると、国内保険事業を中心としたビジネスモデルの成長・拡大をフェーズⅠとすれば、2000年代以降に海外進出を本格化させた海外保険事業充実期がフェーズⅡ。
そして今、国内保険、海外保険に次ぐ事業として、フェーズⅢという局面を迎えている。防災・減災、ヘルスケアなど、「『安心・安全』に関する新事業領域の開拓」に注力するという小池氏の経営戦略だ。
同社は今年2月、総合建設コンサルタントのID&Eホールディング(旧日本工営)をTOB(株式公開買付)で買収し、完全子会社化した(買収額は約980億円)。
なぜ今、総合建設コンサルタント大手のID&EをM&A(合併・買収)したのか?
小池氏は、「当社はこれまで国内保険事業、海外保険事業の基盤を固めてきました」と語り、今は時代が大きく変化していて、「いわゆる保険事業にとどまらない安心・安全のソリューションづくりが求められている」として、ID&Eの子会社化を進めたと強調。
小池氏は1971年(昭和46年)12月3日生まれの53歳。1960年8月15日生まれの前社長・小宮暁氏(現会長)からひと回り下の小池氏へのバトンタッチとなった。
今は国際秩序が激しく変動し、リスクが高まる時代。そうした環境変化の中を、しなやかに、かつ強かに生き抜くには─という命題に対して、同社は〝小池社長〟を選択した。
小池氏は、1994年(平成6年)慶應義塾大学法学部を卒業後、東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)に入社。入社後は海外再保険事業部を皮切りに、商品開発、企業営業、経営企画部門をバランスよく経験。ロンドンやニューヨークでの海外勤務も経験した。
2022年東京海上ホールディングス執行役員、23年常務執行役員を経て、今年6月に社長就任という足取りである。
先述のように、同社は2000年代に入って海外保険事業に注力。2007年に英キルン、2020年には富裕層向けの保険商品・サービスを扱う米ピュアをM&Aしてきた。
こうした戦略が功を奏し、「国内、海外のポートフォリオをバランスよく備えられるようになった」と小池氏は語る(後のインタビュー欄参照)。
現在、売上の半分を海外であげ、利益の6割強を海外が占めるようになった。2025年3月期、純利益1兆552億円をあげ、初の1兆円超えを達成。
ちなみに、同業のMS&ADインシュアランスグループホールディングスの25年3月期の純利益は6916億円、SOMPOホールディングスのそれは4229億円である。
今春までニューヨークで勤務し、帰国後、6月に社長に就任した小池氏は『日本発のグローバル企業』として活動するという方向性を示しているが、今の世界的な地殻変動をどう見てるのか。
グループ会社の価値観を生かす〝連邦制〟経営
「アメリカで政治的ないろいろな地殻変動を経験して参りましたし、日本でもやはり独自の民意の反映というものが成されているなと。改めて多様な価値観というのが、政治の在り方についても反映されてきているなというふうに感じています」
小池氏はこう述べ、「これは、われわれが今後、事業を進めていく上でも同じような事が言えると思うんです」と次のように続ける。
「今まではこういう企業としてのカタチ、あるいは企業としての理念というのを提示すれば、そこに大半の社員はついてきてくれる時代はもう終わったと。やはり多様な価値観というものをいかに包摂しながらマネジメントしていくかが大事だと思います」(インタビュー欄参照)。
連邦制のような考え方でグローバル経営を─。同社は世界44カ国に拠点を構え、社員数は5万人を超える。M&Aなどで新しく仲間に加わった人たちにどう働く機会を与え、それぞれが持つ能力をどう発揮してもらうかという経営命題である。
「迎え入れた会社の独自性、価値観というものをそのまま生かしながら、われわれのグループの中に取り込んでいます」
多様な価値観を持つ人材にどう潜在力を発揮してもらうか。
「はい、われわれのエコシステムに同化を求めずに、それぞれの事業の強みを生かしながら、グループとして全体を形作っていく、これがわれわれの大きな強みになると思います」
もちろん、現実の経営が頭で考えたとおりに行くかは分からない部分もあるし、経営を取り巻く環境も刻々と変化する。
「ええ、難しい面もありますが、これからは多様な価値観というのを包摂しながら、事業モデルを進化させていけるかどうかが問われるのだと思います」と小池氏も緊張感を持って語る。
「(事業モデル)進化として、ものすごく可能性があるし、逆に言うと、リスクも孕んだ分岐点にある」という小池氏の現状認識である。
今後の成長に不可欠な3つのポイント
小池氏はまず、自分たちの事業の存在意義・使命に基づく『パーパスドリブン(purpose driven)』を経営の基本軸に据えたいとする。
「われわれがお客様、地域社会のユーザーをお守りするという、こうした理念に共感してくれる会社を仲間に加えてきました。ここがやはり一つの大きな求心力として機能し続けているというところに、非常に大きなポイントがあると思っています。なので、パーパスドリブンであるという企業カルチャーを堅持していきたい」
2つ目の経営の基本軸は人材づくりにつながる『社員のモラル』である。では、社員を元気にする経営とは何か?
「特に、保険はかたちのない商品ですね。お約束というかたちでお売りして、事故が起きた時にしっかりとわれわれの責任を果たしていくという商品ですから、やはり人間としての信頼というのが基盤になる事業です」
予想もしない事故やアクシデントが起きた時に、損保会社としての責任をきっちり果たす。それによって顧客から感謝され信頼が得られる。それが社員のモチベーションにつながり、社員を元気にさせるということだ。
3つめはグローバル経営。氏は、「われわれは日本発のグローバル企業」と話す。
建設コンサルのID&Eを取り込んだ意義
これまで異業種と考えられていた事業領域が自分たちの事業に絡み合ってくる時代。ID&Eの東京海上グループ入りがその代表例だ。
先述のように、ID&Eホールディングスは日本最大手の建設コンサルタント。旧社名は日本工営で、歴史と伝統のある会社である。日本工営は戦後の復興期に創立された企業。
創業者の久保田豊(1890―1986)は熊本県出身で、東京帝国大学(現東京大学)工学部を卒業した後、旧内務省に入省し、河川改修工事に従事。事業創造意欲が強く、1920年(大正9年)、久保田工事事務所を設立。戦前、朝鮮半島の鴨緑江で〝水豊ダム〟を建設するなど、産業興しに必要な水力発電の振興に尽力。
久保田が創立した日本工営は、ID&Eホールディングスという親会社を持つ組織に発展し、河川・水資源、水環境、道路、港湾・空港などのインフラ整備、さらには防衛基盤整備や社会システム、衛星情報サービスといった新領域まで事業を拡大させてきた。一言でいうと、『安心・安全』領域に深く関わる企業である。
このID&Eの完全子会社化によって、〝ソリューション事業〟をさらに発展させるスプリングボード(跳躍台)にしたいという同社の考えだ。
小池氏は、経営企画担当として、このID&Eの東京海上グループ入りを進めてきた。トップになった今は、両社提携によるシナジー(相乗)効果をどう実現させていくかという役割を担うことになる。
要は、シナジー効果をどう出し合うか
日本は、人口減、少子化・高齢化が進む中で生産性をどう上げていくかという課題を抱える。環境、エネルギー、食料自給率向上にどう立ち向かうか、例えば、上下水道などインフラの老朽化が進む現状をどうするかといった課題も山積。
単純に人口減、少子化・高齢化で国内市場は縮小すると思考停止するのではなく、日本が抱える課題を解決するためのソリューションを提供することで、成長のタネを見つけ出すことが重要。
そうした点でも、ID&Eの子会社化は国内市場の潜在力掘り起しにつながり、シナジー効果を出し合って成長していこうという小池氏の考えだ。
転勤族の父親について中・高時代は福岡で過ごす
経営観、人生観はその人の歩いてきた道のりと絡まって形成される。改めて、小池氏がたどってきた航跡を見ると─。
前述のように小池氏は1971年(昭和46年)12月3日生まれ。千葉県内で誕生したが、「父親が転勤族」で、幼少期は米国、青春期は九州・福岡市で過ごした。異文化の体験の連続だ。
高校はミッション系の泰星学園高校(現上智大学付属福岡高校=福岡市中央区輝国)で学んだ。
小学校から中学までは家族と一緒に福岡市内に住み、泰星学園が中学を併設する時に、第一期生として入学。高校時に親が転勤で福岡を離れたが、本人は福岡に残り、寮で生活した。
その後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、1994年(平成6年)に卒業。東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)に入社した。
大学時代は体育会系のバレーボール部に所属。「正直申し上げますと、わたしは体育会でやっていたということで、体育会採用組なんです。就職する時に会ったOB、OGの方々の人柄に惚れましたということなんですけれども、ただそれだけで30年、40年と仕事を続けるのは難しい。仕事を続けていく中で、保険の社会性と言いますか、それにぐいぐい魅かれていきました。保険というのは本当に不確実性を取り除く事を通じて、お客様、引いては地域社会の挑戦を後押ししていくものだなと」
自分の仕事が社会に役立っている─。このことを小池氏は入社して間もなく痛感するようになり、「非常に美しい商品だ」と思い、それが仕事のやり甲斐につながっていったという。
海外駐在も何度か経験し、国内にいても、入社後、航空保険、再保険業務に携わるなど、海外市場との接点があり、「新しい視点を見開かされた」と感謝する。
世界とのつながりがあってこそ仕事は成り立つ
再保険─。保険会社が引き受けた保険契約のリスクの一部、または全部を別の保険会社に引き渡すこと。こうした再保険業務は『保険の保険』といわれ、保険会社にとって、巨大なリスクを分散し、経営の安定度を高めるためにも必要な業務。保険の先進国・英国を軸に、こうした再保険市場が発展してきた。
「もともと、この東京海上日動という会社が成り立つためには、日本という社会だけでなくて、世界のいろいろな所とつながって成り立っているんだということは割と若い頃から認識することができました。これは非常に幸運だったと思います」
小池氏は1997年(平成9年)、石油メジャーの英蘭ロイヤルダッチシェルに出向。2002年(平成14年)には米スタンフォード大GSB(経営大学院)に企業派遣で留学し、MBA(経営学修士)を取得した。
こうした海外での体験から得たものとは何か?
「ただ東京海上日動という所からの景色だけではなくて、海外市場からの景色を見ることができたというところが一番大きかったと思います」
海外(グローバル市場)からの視点で見た時、「東京海上という会社が今のパーパスドリブンで独自のグループを形成していると。これはユニークなことで、ある意味リスペクトされていることも感じ取れました」と小池氏は次のように続ける。
「もう1つ、日本と欧米のマネジメントの違いが大きいということです。わたし自身、海外のメンバーの部下を持ち、欧米によるマネジメントというのを経験する機会を得ました。(欧米と日本の違いについて)これは労働の法制度なんかも全然違いますし、(雇用面でも)即座に解雇ということができる世界なので、このダイナミズム、そして従業員が重視するポイントは、日本の従業員とは全然違うなということがあります」
小池氏は彼我の違いをこう語り、「これは、今後のグループ全体としての事業運営を考える上で、非常に重要な視点であり続けます」と率直に思いを述べる。
『志あれば、道は続く』
「わたしは、英語で〝Where theres a will, theres a way〟(意志ある所に道は拓かれる)という言葉が好きです」
好きな言葉、座右の銘は何か?という質問に、小池氏はこう答える。「志あれば、道は続く。そういう気持ちで常に仕事に取り組んできました」
小池氏が続ける。
「わたしは、アスピレーション(aspiration、志という意味)という言葉をよく使うんですけれども、事業としての志というものがないと、社員に夢を与えられないですし、事業としての進化もそこで頭打ちになってしまうので、志が大事だと」
日本には、克服すべき課題が少なくない。「ただ、一方で日本の良さ、強さもあります」と小池氏は次のように語る。
「日本という響きだけで、やはりクオリティ、品質が高いという印象を持たれるのも、すごく大きな強みですし、わたしはもっと日本を誇りに、矜持を持ってやっていくべきだと思います」
小池氏は、グローバル市場で日本の保険業を含む金融界が大きく成長していく上で、過去にはいろいろと困難な局面にも遭遇した歴史を紐解きながら、「いわゆるインナーサークルの仲間に入れてもらえづらいというところもありました」と述懐。
「そこを、今までの経営者、あるいはそのグループに加わってくれた仲間たちがいろいろな形で貢献してくれて、今のポジションを確立してきたと思います」 先人たちの努力、忍耐を伴う精進があって、今の「日本のクオリティは高い」と思われる所までたどり着いたという小池氏の認識。
「わたしは、グローバルティア(層)のトップに肩を並べたとか全然思っていなくて、ようやくその仲間入りができる所に手が届くようになったと。そういうフェーズだと思っています」
次のフェーズ(段階)に進むためにも、国内保険事業、海外保険事業、ソリューション事業を、「それぞれしっかりと進化させていく必要があると思っています」と小池氏は語る。
ソリューションという新しい事業モデルを構築し始めた同社だが、経営の基本スタンスについて、氏は2点を強調する。 「1つは、保険というのはわれわれのコア事業であり続けるということなんですね。これがまず1つです。それと2つ目は、保険をコア事業にするにおいて、やはりわれわれは安心と安全の提供を通じて、社会に貢献させていただくというところがパーパス(存在意義)であり、われわれの求心力でもあるのだと。この2つに合致する領域で事業展開をさせていただくということです」
その基本スタンスに沿って今、準備会社になり、事業のコア会社を設立して、研究を進めているのが、ヘルスケア、モビリティ、脱炭素といった事業領域。このように、連携・提携を含めた新事業領域の開拓が進む。
伸びる人材とは?
「内外からの素晴らしい人材が集まる魅力ある会社にしていきたい」と小池氏は言う。現在、東京海上グループでは内外で5万人余が働いている。どんなタイプの人材が伸びているか?との問いに、小池氏が答える。
「いろいろなパターンがあります。大器晩成型の人もいれば、早熟系の人もいますけれども、わたしの目から見て、伸びるメンバーに1つ共通しているのは知的好奇心が強いところですね。なぜなんだろうという事を考えることが好きな人は、伸びてくる確率が高いように思います」
〝伸びる人材〟については、「いろいろなタイプがいるので…」という小池氏だが、知的好奇心が強いという共通点と共に、「やはりfor me(自分のために)というよりは、もっと大きいfoe the team(チームのために)というか、会社のためにとか、地域のためにという場合もあるし、あるいは未来世代のためにという考え方ができる人ですね」という見方を示す。
「もちろん、だれしも自分のためにやっているんですけれども、そこをプラスアルファとして、より大きな目的意識を持っていることが、伸びるという意味では大事かなと思います」
『志』(アスピレーション)を持って、新しい事業モデルを創り出そうとグループ会社に呼びかける小池氏である。