顧客時間社 共同CEO 代表取締役の奥谷孝司氏(オイシックス・ラ・大地 Chief Omni-Channel Officer、Super Normal 代表取締役)は、CXにおける最新トレンドとして顧客の課題解決、ロイヤリティプログラムの進化、ユニファイドコマースの構築の3つを挙げ、「顧客体験から事業を考えていかないと、どんなにデジタルの基盤に投資しても無駄になる」と指摘する。
5月19日~22日に開催された「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」に同氏が登壇。顧客価値、顧客戦略、顧客提案、顧客理解の4つの視点から、顧客体験を向上させるために考えるべきことについて解説した。
顧客体験を向上させるには
講演冒頭で奥谷氏は、顧客時間社の提唱する「CX Design System」がカスタマージャーニーを捉えることを重要視する考えに基づいており、顧客価値、顧客戦略、顧客提案、顧客理解の4つを要諦としていることを紹介した。これはつまり、オンラインとオフラインを行き来する顧客を捉え、顧客の価値を見つめ直して顧客戦略を立て、顧客への提案を続けることで、顧客の理解を深めていこうというものだ。
「カスタマージャーニーを捉え、顧客への理解を深めたうえで、さらなる提案をしていく必要があるわけです」(奥谷氏)
CX Design Systemの根幹となるのは顧客体験だ。例えばアメリカの高級百貨店のノードストロームでは、顧客の課題を解決する取り組みをデジタルとリアル店舗の両面からなっている。店頭受取サービス拠点をトレンディな場所につくってお直しサービスも提供、これに自宅やオフィスにも出張するスタイリストのサービスを組み合わせることで、顧客の指向を把握して商品提案を行い、購入後のサポートもできるようにしているという。顧客はオフラインとオンラインの買い物をシームレスに楽しむことが可能で、ファッションの課題も解決できる。つまり購買体験の質を高められるのだ。同氏はこれを「オンとオフを行き来しながらお客さまとつながり続ければ、いろいろなことができるという一例」だと説明した。
顧客価値を高めるのは商品の価値だけではない
ではCX Design Systemでは、前述の4つの要諦それぞれにおいて、どのように顧客体験を高めるべきだと考えているのか。まず顧客価値については、商品提供による価値だけでなく、さらに深いインサイトを把握する必要がある。つまり顧客満足を超えたカスタマーサクセスを目指さなければならない。ノードストロームの例で言えば、スタイリストによってより良いファッションの成功体験に導き、顧客を離さないようにしているのがこれにあたる。「自分の課題解決ができるのはこの企業だけ」と顧客に思ってもらうことが重要だ。
そのためにはロイヤリティプログラムを進化させることも必要である。例えばアメリカの化粧品会社・SEPHORAでは単に購買でポイントを付与するだけでなく、顧客の肌の悩みや好みを把握したうえで、それぞれに合うサンプルを配布したり、興味のありそうなコミュニティに誘導したりしている。さらにインフルエンサーを数多く抱えていて、顧客がインフルエンサーとつながりたいというニーズにも応えられるようにして、つながる楽しみも提供している。
「こうすることでつながり続ける価値も高められます。価値を高めるというのは、商品や店舗を磨くだけではないということです」(奥谷氏)
顧客戦略を立て、LTV経営にシフトする
奥谷氏は「全ての企業がLTV経営へシフトするべき」だと指摘する。そのために必要になるのが顧客戦略を立てることだ。その好例がナイキだ。ナイキはD2Cを強化しており、限定品のネット予約などもあるため、どんな商品がどんな顧客に売れたのかも把握している。そこからはさまざまなことが分かる。例えば、売上を支えているのは誰か、どの分野で勝っていてどこで負けているのか、ロイヤリティの高い顧客、低い顧客はそれぞれどんな商品を買っているのかといったことだ。つまりデータから具体的なかたちで顧客のペルソナが見えてくる。そのため、何を強化すればよいのか、誰に何をレコメンドすればよいかも分かるというわけだ。
「ロイヤリティプログラムを強化したり、D2Cを進めたりするべきなのです。デジタル化を通してお客さまとつながり続け、顧客理解を深めれば、全ての企業がLTV経営できるようになります」(奥谷氏)
ユニファイドコマースで顧客への提案力をさらに高める
LTV経営ができれば顧客への提案力を強化できるが、そこで重要になるのがオムニチャネルを越えたユニファイドコマースである。オムニチャネルは店舗やECなど言わば収束型。SEPHORAがインフルエンサーを活用したように店員以外も加えてユニファイドコマースをつくるのだ。
顧客時間社では、顧客の全情報を統合し、個々の顧客に特化した商品やサービスを提供していくものをユニファイドコマースと定義している。これを実現しているのが、ビンテージショップから出発してサステナブルファッションブランドへ進化しているアメリカのReformationという企業だ。Retail Xと呼ばれる自社システムを開発し、店舗やEC、サプライチェーン、顧客などのデータを包括管理している。これは言わばオムニチャネル統合ツールであり、在庫の最適化はもちろん、顧客ごとに最適な提案やリターゲティングも可能だ。つまり顧客体験と業務生産性をともに向上させているわけである。
「こうしたシステムをしっかりつくり、そこでプロダクトデータや顧客データをシームレスにつなぐことが重要になってきているのです」(奥谷氏)
あらゆるデータで顧客を深く理解する
もう1つ重要なのが、データドリブンに顧客を理解することだ。そうすればデータとAIを活用して新たなビジネスを生み出すことも可能になる。前述のノードストロームの例で言えば、顧客の理解に基づいて、服を売るだけでなくスタイリストのサービスという新たなビジネスを生み出している。
その好例が、Scintillaと呼ばれるデータ分析プラットフォームを活用しているウォルマートだ。このプラットフォームでは、顧客行動についてどこで何を買ったかだけでなく、顧客のコミュニティからの情報もあわせることで、どのようにその商品を理解して買ったか、それをどう使ったかも把握して、リテールメディアに応用している。さらにその情報はリアルタイムにメーカーにも共有していて、顧客とメーカーが直接つながることもできるほか、最近ではテレビメーカーのVIZIOを買収、家庭のテレビもリテールメディアとして活用できるようになるなど、顧客との接点の多様化を進めている。
「ウォルマートはPOSデータ、顧客データのCDP、商品データのプラットフォームを整備し、顧客のオンとオフのカスタマージャーニー、使用後の体験データまで全て把握したうえでリテールメディアを活用しています。日本の小売業の何歩も先を行っているのです」(奥谷氏)
最後に奥谷氏は、経営視点での考え方について、「事業目的を達成するためにどんな顧客価値を提供するのかを考えるべきであり、そのために必要なのが顧客戦略である」と話し、改めて顧客体験設計の重要性を強調した。
「どれくらいの売上や利益が必要であるかという事業戦略を立てる一方で、高い精度での顧客理解ができるようにしておけば、顧客提案力が上がりますし、成功しても失敗してもそのデータは返ってきます。デジタルを活用して、優れた顧客体験をつくっていただきたいと思います」(奥谷氏)