第47代米国大統領に就任したドナルド・トランプ氏は、2025年1月20日(日本時間21日)に行われた就任演説で、「米国の宇宙飛行士を火星へ送り込み、星条旗を立てる」と宣言した。
式典に招待されていた、宇宙企業スペースXを率い、そしてトランプ大統領の最側近となったイーロン・マスク氏は歓喜の声を上げた。
もちろん、トランプ大統領の任期中に実現する可能性は低い。しかし、この発言を軽視すべきではない。たとえ実現しなくても、米国の宇宙開発に大きな変化が起こるす可能性があり、それは日本にも大きな影響を与えるからである。
発言の背景にあるもの
トランプ大統領の就任演説における有人火星飛行のくだりは、演説の後半、次のような文脈で出てくる。
“The United States will once again consider itself a growing nation - one that increases our wealth, expands our territory, builds our cities, raises our expectations, and carries our flag into new and beautiful horizons.
And we will pursue our manifest destiny into the stars, launching American astronauts to plant the Stars and Stripes on the planet Mars.”
(米国はふたたび成長する国家となるでしょう。富を増やし、領土を拡大し、都市を建設し、期待を高め、国旗を新たな美しい地平線へと運ぶ国家です。そして、私たちは星々への明白な運命(Manifest Destiny)を追求し、アメリカ人宇宙飛行士を火星へ送り、星条旗を掲げます。)
米国大統領が火星に人類を送り込むと公に発言するのは、これが初めてではない。1988年のレーガン大統領、1989年のジョージ・H・W・ブッシュ大統領、2004年のジョージ・W・ブッシュ大統領、そして2010年のオバマ大統領と、有人火星探査に言及した例は枚挙にいとまがない。
そして2017年には、1期目のトランプ大統領が「アルテミス」計画を策定し、月と火星を目指すことを定め、バイデン大統領もそれを踏襲した。
しかし、今回のトランプ大統領の発言は、歴代大統領の発言と明確に異なる点がある。月への言及がなかったことだ。
従来の指針や計画では、細部に若干の違いはあれど、まず月へ再訪し、それを足がかりに火星を目指すという内容であった。
1期目のトランプ大統領が始め、現在も続くアルテミス計画でも、まず月面着陸を果たし、並行して月を回る軌道に宇宙ステーションを造り、さらに月面基地も造り、長期滞在を通した持続的な月探査を行ったうえで、その技術やノウハウを活かして火星を目指す、という方針になっている。
しかし、今回の演説では、月については一言も触れられなかった。もちろん、宇宙政策に焦点を置いた演説ではないこと、大統領令や法律のように一言一句の重要性が高いものではないことから、時間制約などの観点から、単に省かれただけの可能性はある。
ただ、本当に月が眼中にない、あるいは軽視している可能性もある。それを示唆するのが、有人火星探査を積極的に推す人物――イーロン・マスク氏が、最側近にいることである。
マスク氏はかねてより、火星への人類移民を目標として掲げている。同氏が率いる宇宙企業スペースXも、もともとは火星移民のために設立し、それを実現すべく巨大宇宙船「スターシップ」を開発している。
マスク氏はまた、ここ最近、アルテミス計画に対して否定的な発言を続けている。昨年12月26日には、「アルテミス計画は極めて非効率的です。成果を最大化するプログラムではなく、旧態依然とした会社へ与える仕事を最大化するプログラムになっているからです。まったく新しいものが必要です」と述べている。
今年1月3日には、「私たちはまっすぐ火星に行きます。月は邪魔です」とも発言している。
また、昨年には、「2026年に5機のスターシップを火星へ送り、2028年には有人火星探査を行う」とも発言している。
さらに、トランプ大統領はNASAの次期長官として、ジャレッド・アイザックマン氏を指名している(ただし、就任には議会の承認が必要になる)。同氏は2021年と2024年に、民間人宇宙飛行士としてスペースXの宇宙船で宇宙飛行を行い、2024年のミッションでは民間人として初の船外活動も行った。マスク氏と志を同じくしており、マスク氏もこの指名を歓迎する旨を発表している。
第2次トランプ政権の任期は2029年1月までであること、そして基本的に3期目はないことを考えると、マスク氏がトランプ大統領に、「NASAを改革し、アルテミス計画を見直し、私のスターシップを使って月へ寄り道せず直接火星へ向かえば、在任中に宇宙飛行士を火星へ送り込める可能性がある」などと吹き込んだ可能性は否定できない。