ソフトウェア開発を手掛けるサイボウズは7月24日から8月2日にかけて、全国各地を回り、中小企業の経営者をターゲットとした「DX経営スペシャルセミナー」を地方銀行11行と共催した。同セミナーは岩手県や山形県、石川県、長崎県など12の地域で一斉に開催され、デジタルへの抵抗感やIT人材不足が障壁となってDXが進んでいない中小企業の経営者に対して、DXの考え方や、同社のノーコード開発ツール「kintone(キントーン)」の活用例などを紹介した。
本稿では、7月26日に長崎県・佐世保市で開催された十八親和銀行との共催セミナーの様子をレポートしよう。中小企業のリアルな声を聞いた。
サイボウズ青野社長「地方銀行は最高のパートナー」
十八親和銀行が運営する美術品の展示施設「十八親和アートギャラリー」に佐世保市内の経営者が約20人集まった。普段から十八親和銀行と付き合いのある企業や、すでにkintoneを導入している企業、これからDXを推進しようとしている企業など、さまざまな企業が集まった。
初めに、サイボウズ 代表取締役社長の青野慶久氏が、ビデオメッセージで講演を行った。「あらゆる変化に耐えるこれからの組織とDX ~経営者のミッションとは?~」と題した講演では、予測不可能なあらゆる変化に耐えられる組織づくりと、それを支えるDXについて語られた。
青野氏は冒頭、離職率が28%にも上り、4人に1人が退職をするような厳しい状況にあったサイボウズを振り返った。「創業当初は離職率が20%以上と高いのが当たり前だったが、従業員一人ひとりの個性が違うことを前提にした人事制度『100人100通りのマッチング』を導入してから離職率が劇的に下がってきた」と語り、2023年現在では、離職率が5.5%とIT業界においては低いことを強調した。
日本経済新聞社が2024年5月に発表した調査「プラチナ企業TOP100」では、サイボウズは上場企業約2300社の中で、最も働きやすく、かつ働きがいが高い「プラチナ企業」と位置付けられている。同調査により、社員のやる気が高まると生産性が上がり、業績も向上することが明らかになった。
青野氏はこの調査結果に対して「働きやすさと働きがいは、相反するものではなく両立できるものだ。最新のITツールを導入したり、社員の状況に応じて在宅勤務を導入したりすることも重要だが、一番大切なことは、とにかく対話をすることだ」と持論を述べた。
続けて「意見や考え方がぶつかることは面倒なことかもしれないが、『この人はどうしてこんなことを言うのだろう』と考え、対話して議論して相手の考え方を理解し、落としどころをみつけないといけない。この文化を作り上げることで強い会社になる」と断言した。
では、そうした組織を支えるためのDXはどのように実現していくべきだろうか。
経済産業省はDXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。
青野氏は「DXには段階がある。まず第1段階は『デジタイゼーション』。これは簡単に言うと、さすがに手書きはもうやめて、せめてパソコンで入力しませんかという段階。そして次の段階は『デジタライゼーション』で、デジタル化されたデータを活用してプロセスを見直す段階。そして最後が『デジタルトランスフォーメーション(DX)』だ。これは1年2年で実現できるものではなく、企業文化の醸成やDX人材確保、実現するためのITツールの導入などが欠かせない」と説明した。
同氏は続けて「日本には他国と比べてIT人材が少なく、日本で開発されるシステムの約9割が外部に委託して開発しているのが実態。丸投げすることはお金も時間もかかる。クラウドコンピューティングが主流な現代においては、SaaS形式の業務システムを選んで購入して利用し、不要になったら解約するといったことが簡単にできるようになった」と振り返った。
その上で、「世の中にたくさんシステムがあるが、自社にピッタリと適合するものがない場合も多い。自分たちで自社にあるシステムを開発できるノーコード開発ツールも広がってきている」と解説した。
地方銀行は地方の中小企業に対してデジタル化を支援している。サイボウズは全国の地方銀行と連携し、ノーコード開発ツールを活用したデジタル化支援を展開している。2024年7月現在、23行の銀行と協業しており、今回のセミナー開催もその一環だ。
青野氏は「地方企業のDXの要になるのは地方銀行だ。システムを開発する際は、業務をよく理解し寄り添ってくれるパートナーが欠かせない。地方銀行は最高のパートナーだ」と語った。
佐世保市の地方企業が「kintone」を体験
青野氏の講演の次に、kitoneを活用したアプリ開発の説明が行われた。kintoneは、ノーコードで業務アプリが開発できるクラウドサービス。2023年12月末時点で導入社数は3万2800社を超え、毎月650社が新規で導入している。
東証プライム企業の3社に1社が導入しており、2023年のkintoneの売上高は130億円(前年比25%増)を突破した。難解なプログラミング言語を覚えなくても直感的にアプリを作れるのが特徴で、kintone導入担当者は、非IT部門が93%を占めている。
kintoneは、用途を自分で考えて、それに適したアプリを自分で作成することができる。勤怠管理や日報の提出、在庫管理、会議室の予約、問い合わせ対応といったさまざまな用途にkintoneは活用できるのが特徴だ。
今回のセミナーでは、“特定のスキルは必要なく簡単にアプリを作ることができる”ことが強調された。「データベース」や「プロセス管理」、「コミュニケーション」といったkintoneの代表的な機能が紹介され、実際にサイボウズの社員が活用している「通勤交通費アプリ」や「わくわくFAQ」といったアプリのデモが披露された。
説明を行ったサイボウズの藤原寿樹 氏は「ノーコードツールは、デジタル化のきっかけになるツール。現場主体のkintoneを使って、自分たちで始められるデジタル化に取り組んでほしい」と参加者に呼びかけていた。
講演後、参加者は実際にkintoneを触り、サイボウズ社員や十八親和銀行行員から、使い方を教わっていた。
地方銀行のデジタル化支援「しっかりと伴走」
佐世保市に本社を置き、主に九州地方でスイミングスクールを展開するビートスイミングクラブの経営に携わる緒方ひとみさんも参加していた。従業員516人を抱える同社は、約1年前にkintoneを十八親和銀行から紹介され導入した。導入前は、紙での処理がほとんどで「デジタルなんてないような会社」(緒方さん)だったが、現在はほとんどの事務作業をペーパーレス化しているという。
ノーコードで手軽にアプリを開発できる点がkintoneのメリットだが、「やりたいことはたくさんあったが、どのように開発したらいいのかよく分からなかった。十八親和銀行の担当者さんが隣に付きっ切りでサポートしてくれた」と緒方さんは振り返る。
「今では基本的には自分でアプリを作ってみて、分からないことがあれば十八親和銀行の担当者さんに聞いている。すぐ対応してもらえることは心強い」と、緒方さんは伴走してくれる存在の大切さを語った。
十八親和銀行は2019年にデジタル化支援のコンサルティング業務を開始した。2019年当時からサイボウズとの協業を開始しており、DX推進を図る企業にkintoneをはじめとしたサイボウズ製品を紹介している。加えて、どこから手をつけたら良いかが分からない企業向けに、事前準備からプランニング、そして実行支援までのコンサルティングを提供している。
「kintoneなどのITツールを売ることがわれわれの目的ではない。地方企業のDXが進み、地域が活性化することで当社の将来ユーザーを獲得できるといった考えのもと進めている取り組みだ。ITツールを提供するのは手段の一つで、目的は業務の改善だ」と十八親和銀行 デジタル化推進部 デジタル化支援グループ 主任調査役の岩瀬祐樹氏は説明した。
2024年7月現在、長崎市と佐世保市で合計14人のITコーディネータの資格を有するコンサルタントを抱えており、これまでに200件以上の顧客のデジタル化に関する相談に対応してきたという。
ITコーディネータは経済産業省の推進資格で、事業者のIT利活用に向けて、経営者に寄り添った助言を行う。全国に約6500人が有資格者として活動しているという(2020年時点)。長崎県内で活動しているITコーディネータの有資格者は少なく、一つの金融機関で14人の資格取得は珍しいとのこと。
「デジタル化を図りたい企業に対しては常に伴走する体制を構築している。一足飛びにありたい姿にたどり着くことは難しいので、しっかりとフェーズを区切って、そのフェーズごとの最終目標を明確にし実行していく。その繰り返しを伴走しながら支援している」と岩瀬氏は語った。
「DXという言葉が独り歩きして、多くの地方の中小企業はハードルの高いことだと思ってしまっている。単純に日報を紙からデジタルにするだけでもDXに近づいていると言えるだろう。そうした小さな成功例をどんどん積み重ねていくことが重要だ」(岩瀬氏)