Googleは6月11日、YouTubeを活用してビジネス目標を達成した広告を表彰するアワード「YouTube Works Awards Japan 2024」をヒカリエホール(東京都 渋谷区)で開催した。同イベントでは審査員による「Creative Talk」が行われ、YouTube広告をビジネス成長に生かすためのポイントが語られたので、受賞作品を交えながら紹介したい。

トークテーマは「YouTubeでブランドはつくれるのか」。YouTube広告でブランド価値を最大化し、共感を生み、ファンを育てるストーリーテリングについて議論された。

トークセッションに参加したのは以下のメンバー。
・KDDI コミュニケーションデザイン部 部長 合澤智子氏
・サン・アド コピーライター / クリエイティブディレクター 岩崎亜矢氏
・テレビ東京 制作局長 伊藤隆行氏
・Wieden+Kennedy Tokyo シニアコピーライター 太田祐美子氏
・電通 クリエーティブディレクター 塚田由佳氏

ファシリテーターはアワードの審査員長でTBWA HAKUHODO チーフクリエイティブオフィサーの細田高広氏が務めた。

  • 細田高広氏

    細田高広氏

YouTubeでブランドは作れるか

トークは2つのセッションに分けて進行。前半は受賞した広告動画を振り返りながら、YouTube広告がブランドに良い影響を与えた例が紹介された。

実話ストーリーを再現したモンスト

細田氏:従来のYouTubeはプロモーションに使われる機会が多かったのですが、近年、特に今年は、絆やブランドを作る役割が大きくなっていることを感じました。まずはこちらの動画をご覧ください。

ホントにあった #俺たちのモンストーリー |祖母篇【モンスト公式】

細田氏:こちらの作品はBest Brand Lift部門で部門賞を獲得しました。部門代表審査員を務めた合澤さん、受賞のポイントは何でしたか。

合澤氏:ブランドリフトを一過性で上げる手法はいろいろありますが、モンストは特に長期的な目線でブランドを築けていると思いました。キャンペーン動画はさまざまな目的で作りますが、どんな目的であっても、その先にブランドを築いていこうと気持ちは大切にしようと思っていますし、その観点で審査しました。

  • 合澤智子氏

    合澤智子氏

細田氏:長期的にブランドに資するものって何なんだろうと考えることがあります。ブランドリフトは時間が経てば下がってしまう印象もありますが、合澤さんがおっしゃるように、一度上げたブランドリフトを積み重ねていく「ブランドビルド」によって、どんどん相乗効果を生み出す広告をどのように作ればいいのかを議論した覚えがあります。太田さんはいかがですか。

太田氏:モンストはカテゴリとしてはソシャゲ(ソーシャルゲーム)です。ソシャゲはすでに"〇連ガチャ"のように「売れる型」が決まっているかと思います。その中で、あえてその型を破った気概や心意気が素晴らしいです。

それだけでなく、クリエイティブの仕上がりがとにかく良いなと思っています。この広告は本当にあったエピソードを使っていますが、本当にあったエピソードを使う広告は再現ドラマのようになってしまい、面白いものを作るのが難しい面もあります。モンストは仕上がりのクオリティも高く、その手腕も評価しています。

  • 太田祐美子氏

    太田祐美子氏

細田氏:その通りだと思います。エピソードの再現はよくある手法ですが、一歩間違えると安っぽくなってしまい、逆に共感しにくくなってしまいますね。塚田さんはいかがですか。

塚田氏:お二人の言う通りだと思います。ユーザーから実際のエピソードを募集して再現していますが、キャストや演出にこだわって丁寧に作られているからこそ、クスッとできるような広告に仕上がっています。

私自身はモンストをしませんが、モンストをしている人にもそうでない人にも「モンストをやっている人たちって愛らしくて良い人なんだな」と思わせる作品だと思います。コミュニティを大切にする姿勢が評価できました。

  • 塚田由佳氏

    塚田由佳氏

細田氏:すごく重要なポイントだと思います。私たちは広告においてターゲットをすごく意識しますが、ブランド作りにおいては「使う人だけが本当にターゲットなのか?」と悩みます。「使わない人にどう見えるのか?」がブランドには大事な視点です。

癒しを届けるオリックス不動産

細田氏:では、次の作品を見てみましょう。オリックス不動産が展開した、すみだ水族館と京都水族館のキャンペーン「どうせスキップできない広告ならペンギンの話」です。

すみだペンギン相関図2024より「ヨモギとちょうちん」

細田氏:この作品は新しいチャレンジを称えるBreakthrough Advertiser部門で部門賞を獲得しました。岩崎さん、審査においてどのような議論がありましたか。

岩崎氏:この広告のグラフィック自体は交通広告などで以前から使われていたものです。長く使われていたグラフィックをYouTube動画広告にそのまま移行するのではなく、小さなエピソードに焦点を当ててコンテンツ化したアイデアが面白いと思いました。

スキップできない強制視聴の広告はどうしても嫌な気持ちが伴いますが、この広告はどんどん次のエピソードを見たくなりますし、水族館に行ってみようという気持ちを湧き起こさせる仕組み作りが上手だなと思いました。

  • 岩崎亜矢氏

    岩崎亜矢氏

細田氏:ペンギン相関図は長く愛されているコンテンツでした。このように、長く愛されているものを大切にしながら、新しい伝え方にチャレンジしていくのが、ブランドを作り上げていく秘訣かと思います。伊藤さんもこの広告を推していましたよね。

伊藤氏:この広告大好きですね。「どうせスキップできないなら」という逆説的な表現をきっかけに、人間関係ならぬペンギン関係を持ってきて、どろどろの関係性を激情ではなく落ち着いたナレーションで見せるという、逆張りの多い広告を癒しと共に届けています。これを作った人は結構狙っていると思います。ストレートというよりは裏をかいてくる、巧みな人だと感じます。

  • 伊藤隆行氏

    伊藤隆行氏

審査員の涙を誘ったセイバン

【セイバン公式】ランドセル選びドキュメンタリー篇

細田氏:この広告は審査会でも、ハンカチで目を押さえる人が続出していました。審査会という冷静な場であっても心を動かした作品です。太田さん、この広告が愛された理由は何だと思いますか。

太田氏:私はこの4月に息子が小学校に入学して、まさにランドセル選びは我が家でも去年のホットなトピックでした。息子はドラゴンの紋章が入ったようなランドセルを欲しがっていたのですが、親としては「うーん……」と思ってやんわりと無難な紺色に誘導した覚えがあります。したがって、すごく胸が痛くなりました。

この広告は、ランドセル選びを超えて親子の関係性をすごく考えさせられる作品だったので、みんなに愛されたのではないでしょうか。親は自分の子供に自分の意思を持って選択できる大人になってほしいと思っていますが、実は親自身がその足かせになっているのではないかということがグサッと刺さりました。

細田氏:今からドラゴンのランドセルを買ってあげても遅くないんじゃないでしょうか(笑)。岩崎さんはどうでしたか。

岩崎氏:私も4月に子供が小学校1年生になりました。そのため、審査員というよりも視聴者に近い気持ちで見てしまいました。この作品は、親と子のギャップにフォーカスを当て、この動画制作に行きついたという流れが、いちブランドの姿勢としてすごいなと素直に思いました。

「こういう問題がある」というものに対して、ブランドとしてどう捉えて、ユーザーにどう伝えると良いのかといった話し合いがあってこの動画制作に至ったのではないかと想像しています。子供の意思を尊重しようというメッセージを、「子供の好きに大事に」のような一般的なコピーに落とすのではなく、秘密を少しずつ解明していく動画の構成にしたことで、広告を長く見せる工夫や技が素晴らしいです。

細田氏:この広告は収益やビジネスインパクトを超えて自社のブランドパーパスを表現し、社会的意義のあるコミュニケーションを展開したキャンペーンのForce for Good部門を受賞しました。この広告はGoodなだけでなく、結果的にはビジネスにも影響しています。Best Sales Lift部門で選ばれても良かったのではないかという議論もありましたね、合澤さん。

合澤氏:この動画を見ていただくと、とても多くの長文コメントが付いています。私たちも広告を出稿した際にはどんなコメントが付いているのかを見ますが、この広告主のセイバンはコメント欄を見て「本当にやってよかった」と思っているはずです。

直接的な広告効果として「〇個売れました」といったことではなく、「ランドセルの買い方をセイバンに教えてもらって、私もこういう買い方でランドセルを買おうと思いました」というコメントの一つ一つが結果として長期的にビジネスにも良い影響を与えるんだろうなと思いました。

細田氏:ここまでの議論をまとめましょう。ブランドリフトやブランドビルドにおいては、一貫して同じメッセージを訴え続けていくことが大切です。それから、セイバンのように他にはない独自の視点や、モンストのように生活者視点で共感を生むストーリーも大切ですね。これを一言で表現すると、「もう1回、出会いたい広告か?」になるかなと思います。

広告はコンテンツになり得るか?

細田氏:では次のトークテーマに移りましょう。ここまでブランドの話をしてきましたが、ここからは「広告はコンテンツになり得るのか」あるいは「コンテンツは広告になり得るのか」についてです。グランプリを受賞した「ありがとう、君の漫画愛」はコンテンツとしても成立すると思いますが、塚田さんはどうお考えですか。

【公式】漫画×Vaundy「ありがとう」

塚田氏:海賊版の漫画に対するキャンペーンであれば通常は「やめようよ」というメッセージになりそうですが、この作品は反対に「海賊版を読まないでくれてありがとう」としたアプローチが素晴らしいです。最後は「#今日も海賊版を読みませんでした」とツイートすることで、自分だけでなく周りの人も巻き込むというムーブメントを起こしたことが、コンテンツとしてクリエイティブのパワーを最大限引き出したように感じます。

Vaundyの楽曲と共に漫画の一コマ一コマがたくさん出てくるので、YouTubeという好きなものを見たい人が集まる場において最強のコンテンツになったと思いました。

  • 塚田由佳氏

    塚田由佳氏

合澤氏:この動画には60作品ほどが出てきますが、これに付随して漫画家の皆さんも共感して作られた作品なんだなというのが見てて感じられました。漫画への愛が動画から感じられて、「私もこういう広告を作ってみたいな、うらやましいな」と思えました。

細田氏:もう一つ、麺ジャラスラブもご覧ください。この広告の審査はいかがでしたか。

日清食品冷凍「一風堂トムヤムクン豚骨ヌードル / 麺ジャラス・ラブ」

岩崎氏:審査は2日間あり、この広告を見たのは初日でした。審査員も初顔合わせでみんなちょっと硬かったのですが、この広告の議論で盛り上がってみんなが一つになったような記憶があります。

「単に売れるだけではダメで、ブランドにとっても作り手にとっても消費者にとっても三方良しの広告が素晴らしい」という審査の基準が明確になった瞬間だったと思います。

  • 岩崎亜矢氏

    岩崎亜矢氏

細田氏:そうでしたね。表現だけ、数字だけの広告で本当に良いんですか?という熱い議論のきっかけになった作品でした。塚田さん、この2つの広告を見て、「広告がコンテンツになる」とはどういう意味だと考えていますか。

塚田氏:広告である以上はもちろん結果も重視しなければいけないのですが、その上で、コンテンツとしていかに愛されるのかも重視しないとYouTube上では無視されてしまいます。みんなに好きだと思ってもらえる作品を残すことが大切だと思います。

細田氏:コンテンツの作り手である伊藤さんはどうお考えですか。

伊藤氏:YouTubeというプラットフォームはエンターテインメントを見に来る人たちが集まっていますので、どちらの広告も好きな人にすごく刺さると思います。そしてどちらも感情を揺さぶってくるような仕上がりです。メッセージがはっきり伝わる、良いコンテンツになっていると思います。

細田氏:こちらの議論もまとめましょう。簡単に表現すると「愛と計算」となるかと思います。「とにかく数字を持っているアーティストを起用すれば再生数が伸びるだろう」という態度は視聴者に透けて見えるなということは、審査をしながら感じました。

そうではなくて、テーマに賛同してくれるアーティストと一緒にコンテンツを作るんだという気持ちが大切だと思います。ただし、愛だけでは結果が伴いませんので、その裏側には打算的な計算も必要になりそうです。

  • 愛と計算が重要