STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)は3月19日(欧州時間)、18nm FD-SOI+ePCMをSamsung Electronicsと共同開発し、次世代のSTM32マイコンに適用することを明らかにした。

これと並行する形で同社は複数のSTM32シリーズの新製品ならびに既存ラインアップの拡充を実施。4月3日、そうした最近のSTM32製品に対する取り組みに関する説明会を開催し、日本市場に向けた取り組みなどを含めた現状を説明した。

2024年上半期に新規2ファミリの追加と3シリーズの拡充を実施

STM32シリーズは、これまで32ビットマイコンシリーズであったが、2019年にマルチコアマイクロプロセッサ製品「STM32MP1シリーズ」を投入して以降、STM32というプラットフォームとして展開が図られてきた。そうした背景もあり、2024年も3月に立て続けに新製品として、超低消費電力の「STM32U0シリーズ」第2世代STM32マイクロプロセッサ「STM32MP2シリーズ」が新たなシリーズラインアップとして追加されることが発表されたほか、既存製品の拡充として、低消費電力シリーズの中でも性能として上位となる「STM32U5シリーズ」に「STM32U5G9」を、ワイヤレスSoC「STM32WBA5シリーズ」にBluetooth Low Energy(BLE)に加えZigBee、Thread、Matterなどにも対応した「STM32WBA54/55xシリーズ」を、ハイパフォーマンス製品群「STM32H7シリーズ」に「STM32H7R」および「STM32H7S」をそれぞれ追加したことを発表している。

  • STM32の製品ポートフォリオ

    STM32の製品ポートフォリオ。黄色い枠が2024年に発表された新製品 (提供:STマイクロエレクトロニクス、以下すべてのスライド同様)

同社日本法人STマイクロエレクトロニクスのマイクロコントローラ&デジタル製品グループ マイクロコントローラ製品 マーケティング&アプリケーション部長のパオロ・パルマ氏は、「STM32プラットフォームを活用することで、ローエンドからハイパフォーマンスまで、エッジのコンピューティングニーズに対応することができるようになる。そうした中でもセキュリティ要件などを最新のものにしていく必要もあり、こうした新製品の投入を随時行っている」と説明する。

  • パオロ・パルマ氏

    説明を行ったSTマイクロエレクトロニクスのマイクロコントローラ&デジタル製品グループ マイクロコントローラ製品 マーケティング&アプリケーション部長のパオロ・パルマ氏

5つの新製品それぞれの特徴

エッジの機器に対する攻撃も増えていることもあり、セキュリティの強化が求められている。そのため、これら新製品群はいずれもSESIP(Security Evaluation Standard for IoT Platforms)Assurance Level 3(SESIP3)の認証取得を前提として開発されており、これにより2025年に義務化が予定されている米国のCyberTrustマークやEUのRED(Radio Equipment Directive:無線機器指令)などといったサイバー保護要件の厳格化に対応することができるようになるという。

また、各シリーズも、それぞれの最新の市場ニーズにマッチした新機能が搭載されている。例えばSTM32WBA54/55xシリーズでは、Matterなどの各種の無線通信規格への同時対応のほか、BLE Audio規格への対応によるオーディオ・ブロードキャスティング機能といったものも対応している。STM32MP2シリーズでは、同社初となる64ビットCPUとしてArm Cortex-A35コア×2を採用したほか、リアルタイム処理用にCortex-M33、GPUやVPUに加えNPUも搭載。AI処理をプロセッサの負荷状況やアプリケーションの要求に応じてCPU、GPU、NPUに振り分けることを可能としている。STM32H7R/Sシリーズは、同社マイコンとしては最高性能となるCortex-M7(動作周波数600MHz)を採用し、最大200MHz DTR(Double Transfer Rate)の高速シリアル/パラレルメモリインタフェースによるリアルタイム処理(実際はDTRなので400MHzの転送速度、そこにキャッシュを加えることで600MHz動作にリアルタイムで対応するという)を可能とするという。STM32U0シリーズは、前世代のSTM32L0シリーズと同様のCortex-M0+を採用するが、プロセスを110nmから90nmに微細化し、それに伴い動作周波数を32MHzから56MHzに引き上げたことで、低消費電力化と高性能化を実現。これにより、例えば水道メータでは従来製品比で38%、産業用センサ(環境センサ関係)で50%の消費電力の削減を可能としたという。STM32U5G9はSTM32マイコンとしては初めてNeoChromVG GPUと高度なグラフィックアクセラレータを搭載した製品で、ベクタグラフィックスによる組み込みディスプレイ上の描画を可能とする。これにより、ビットマップなどのグラフィックデータ容量を削減することができるようになるほか、グラフィック演算処理に対するCPUの負荷低減が可能になるという。

  • STM32WBA54/55xシリーズのブロック図

    STM32WBA54/55xシリーズのブロック図

  • 「STM32MP257」のブロック図

    STが初めての64ビット製品とするSTM32MP2の1製品「STM32MP257」のブロック図。STとしては64ビットプロセッサとしてCortex-A57を搭載したSoCの開発を2012年に発表していたが、確かにその製品化の話はその後聞いた覚えがない。また同社、これ以前にも64ビットプロセッサの実用化に向けて、中国科学院計算技術研究所(ICT)と協力したり、古くはSGS-THOMSON Microelectronics時代に日立製作所とSH-5アーキテクチャを発表するなど、さまざまな取り組みを進めてきていた

  • STM32MP25を用いたビデオドアベルのデモ

    STM32MP25を用いたビデオドアベルのデモ。NPUを用いて、カメラに写った顔をデータベースと照合して、誰であるかを瞬時に識別することができる

  • 「STM32H7R/S」のブロック図

    ハイパフォーマンスマイコン「STM32H7R/S」のブロック図

  • STM32H7Sを用いたグラフィックス表示デモ

    STM32H7Sを用いたグラフィックス表示デモ。高い性能を背景に外部メモリから高速に画像データを描画することなどが可能

  • STM32U5G9のブロック図

    STM32U5G9のブロック図

  • STM32U5G9のNeoChromVG GPUを用いてベクタグラフィックスを描画
  • STM32U5G9のNeoChromVG GPUを用いてベクタグラフィックスを描画
  • STM32U5G9のNeoChromVG GPUを用いてベクタグラフィックスの描画とすることで、使用するメモリ容量を大きく削減することができるようになる。画像に写ってるFlash容量は実際にこのデモにおけるベクタグラフィックを用いた場合と用いてない場合の数値とのこと

  • STM32U0シリーズのブロック図

    STM32U0シリーズのブロック図

  • STM32U0を用いた照度計のデモの様子

    STM32U0を用いた照度計のデモの様子。実際に照度センサは搭載しておらず、接続している仏Dracula Technologiesが開発したインクジェット方式の有機太陽電池モジュールで発電した電力量から計算して疑似的に明るさを導き出しているという

次世代の18nm FD-SOI+ePCMは2025年後半から量産を開始

このほか、同社はSTM32マイコンの将来的なロードマップとして18nm FD-SOI+ePCM(組み込み相変化メモリ)プロセスを活用していくことも3月に発表しており、それについても現時点で公表できる情報が語られた。

元々同社は28nm FD-SOIも自社プロセスとして開発し、仏Crolles(クロル)の300mmウェハラインで主に自動車向け製品として活用してきた経緯があり、28nm FD-SOI+ePCMプロセスを採用した車載マイコン「Stellar P6シリーズ(Stellar SR6)」も2022年に発表している。

この28nm FD-SOIプロセスについては、後々Samsung Electronicsへも技術提供されたが、今回の18nm FD-SOI+ePCMプロセスについても、Samsungとの協力で開発されたとする(ただし、どちらがどういった役割を担ったかは非公開。とはいえ、以下の経緯含めて考えれば、ST側が開発のメインであると思われる)。

2022年にはGlobalFoundries(GF)と共同で、既存ファブの隣に、300mmウェハファブを建設することで合意。その際も、FD-SOIをベースに、18nmまでのSTの包括的な技術ロードマップを含めた形で提供するという話をしていたほか、2022年には「2022 International Electron Devices Meeting(IEDM 2022)」にて、低消費電力マイコン向け18nm FD-SOIについて発表するなど、技術的な課題を着実に解決してきていた。

28nm FD-SOI+ePCMを採用したのは車載マイコンであったが、18nm FD-SOIはまずはSTM32マイコンに適用するというのが同社の今回のスタンスだが、実はこの計画は少なくとも2019年5月に開催した「Capital Markets Day 2019」の資料(P86)に、STM32マイコン向けに次世代技術として18nm FD-SOIを活用すると記載していることもあり、かなり以前から準備を進めてきたことがうかがえる。

その最大の特長はプロセスの微細化に伴う性能向上と電力効率の向上。例えば40nm CMOSプロセスと比べた場合、電力効率は50%以上向上できるとするほか、ロジック回路の集積度を3倍に向上させることも可能とする。これにより高性能なAIアクセラレータなども搭載しやすくなるという。また、RFノイズは3dB改善できるとするほか、従来の組み込みフラッシュメモリではなくPCMへと変更したことで、搭載できる不揮発性メモリの容量も2.5倍に増やすことができるようになるともする(従来は40nm品で最大4MB)。さらに、3.3V動作が可能であるため、デジタルのみならずアナログのペリフェラルを高集積化することも可能で、産業機器分野の性能向上ニーズに対応することができるともしている。

  • 18nm FD-SOI+ePCMプロセスの特長

    18nm FD-SOI+ePCMプロセスの特長

詳細は明らかにできないとするが、あくまでSTM32マイコンであるため、Cortex-Mコアを採用する予定。2024年後半には特定顧客(αサンプラ)向けにサンプル出荷を開始し、2025年後半からの量産開始を計画している。

  • あくまで32ビットマイコンシリーズとして提供

    あくまで32ビットマイコンシリーズとして提供するということでCortex-Mシリーズが採用されるという

2024年後半からのサンプル出荷ということは現在同社が進めている新工場での製造ではなく、既存の施設で製造しているものと思われるが、製造拠点については非公開としている。ただ、これまでクロルがFD-SOIの製造拠点であったことを考えれば、クロルの28nm FD-SOIラインが改修され、18nm FD-SOIにも対応したか、もしくは新規にラインが立ち上げられたものと推測される(STではSamsungのファウンドリでも量産予定としている)。

日本の顧客の多くがハイパフォーマンスを志向

同社では日本地域の顧客の状況について、「ハイパフォーマンスのSTM32マイコンを選ぶ顧客が多い」という。コロナ禍の前からこの傾向は大きくは変わっておらず、最近でもパナソニック サイクルテック社はSTM32F3を用いて、空気圧センサなしで空気圧をAIで推定することを可能とした電動アシスト自転車を開発したことが公表されている

これまではSTM32F4などが多く採用されてきたが、2023年にはSTM32H5がローンチして以降、徐々にこちらも売れ始めているほか、さらに上の性能を提供するSTM32H7シリーズもかなり日本の顧客が採用しているという。同社では、顧客が自社の製品プラットフォームを構築する際に、将来的なことも考えて、高い性能を選ぶ傾向があると見ており、STM32F4からSTM32H5へとグレードアップする顧客などもすでにでてきていると説明。プラットフォームとして開発基盤を共通化できることで、開発効率の向上などを図りつつ、トレンドであるAI活用というニーズにも合致することが日本市場で受け入れられている背景にある模様である。

なお、今後もSTでは産業分野を中心にエッジAI市場のニーズを受け止めるべく事業活動を活発化させていくとしており、求められるセキュリティ要件の高まりや高性能化に対応できる製品を18nm FD-SOI+ePCMを採用するマイコンに限らず今後も提供していくことで、さらなる事業の拡大を図っていきたいとしている。

  • 日本市場では産業機器をメインターゲット

    日本市場では産業機器をメインターゲットとするが、それ以外の分野からのニーズも幅広いポートフォリオを背景に対応していくとする