スポーツ業界においても、今やテクノロジーの活用が当たり前となっている。野球では投手の投球をボールの回転数やスピードなどから分析したり、サッカーの一部国際大会ではオフサイドをトラッキングカメラで自動判定したりと、今まで目視で判断していたものを正確かつ定量的に計測できるようになった。
バスケットボール界も、その例外ではない。2度のB.LEAGUEチャンピオンに輝き、多くの日本代表選手を輩出している強豪チーム・アルバルク東京では2010年代からテクノロジーの導入を徐々に進め、チームの強化に生かしているという。
今回は、同チームが2019年に導入した屋内測位トラッキングシステム「KINEXON」とそのデータ活用について、アルバルク東京 スポーツパフォーマンス ディレクターの荒尾裕文氏にその歩みと成果を聞いた。
選手のコンディションを調整するには? 他競技から得た「ヒント」
B.LEAGUEが開幕したのは2016年。アルバルク東京はそれ以前の実業団リーグ時代から常に上位争いを繰り広げていた屈指の強豪だ。しかし、毎シーズン後の振り返りでは年々悩みの種が増えていたという。
「現場の感覚を基にその年ごとの振り返りはできても、そこには数値的な根拠が乏しかったと感じています。実業団リーグからB.LEAGUEになって試合数が倍以上に増えていく中で、選手たちのコンディションの維持と、ピークをどう調整するかが毎シーズンの課題となっていました」(荒尾氏)
最初は選手の心拍数を計測し、それぞれの練習が選手にどれほどの負荷をかけるのかを計測していた。だが本格的にテクノロジーの導入を検討したのは、サッカーの世界大会において、とある強豪国が選手の生体情報やパスのスピードなどを全て最新テクノロジーで計測・分析し、チームの強化に生かしているのを知ったからだという。荒尾氏は「バスケットボールでも絶対に必要になる取り組みだと感じた」と当時を振り返った。
選手に負荷をかけずに導入できたのが決め手に
選手の動作情報を測るシステムの導入を決めたアルバルク東京は、複数の製品を検討した。しかし、バスケットボールは接触の激しいスポーツであるため、計測器具を選手が身に着けること自体、ハードルが高い。テストの段階で器具が壊れたり、専用のインナーを着用しなくてはいけなかったりと、どれも最も優先すべき選手のプレーに支障をきたす可能性があった。
その中で、選手の負担が最も軽かったのがKINEXONだったという。器具は小さく軽量で、ユニフォームや練習着に留めればすぐに計測ができる。荒尾氏曰く「故障もほとんどない」と耐久性も十分だそうだ。
現在は、練習中と試合中の選手の動作について、十数個の項目から計測している。練習場では18カ所にセンサーを設置し、選手の様々な動作や、速度などのデータを収集。試合中は会場で計測されるデータと連携し、練習時と同様に記録している。
定着に向け意識した2つのポイント
小さいとは言え、器具を身に着けるのは選手にとって多少の違和感があるはずだ。導入したシステムの利用をチームへ定着させるためにどのような工夫を行ったのだろうか。
「チームに定着させるために苦労したポイントが2つありました。1つは、選手への負荷を最小限にすること。2つ目は、チーム内で指標とする共通の用語を作ることでした。それをいかにチームへ浸透させるかを何より大事にしていました」(荒尾氏)
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練習着にクリップで端末を留める形式(左)と、ユニフォームに縫い付けられたポケットに端末を入れる形式(右)で選手の装着負担を軽減(提供:アルバルク東京)
選手はもちろん、監督やスタッフの入れ替えも発生しやすいのがプロスポーツ界である。どの業界でも共通認識を持つことは重視されるが、人が入れ替わればブレが生じやすい。これを回避するために、共通の用語やその必要性をチームに叩き込んでいったという。
現在は、試合で計測されたデータを基に、5段階の負荷レベルを設定。それを基準に練習プランを組み立てている。選手には、1人1人に10項目程度の計測データが紐付いている。指標についてもチーム内で共通の言語を設定し、フィードフォワード、フィードバックに活用している。
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練習中の移動データを計測し、リアルタイムで分析用の画面(右下)に反映している(提供:アルバルク東京)
加えて、昨シーズンには練習場にAI自動追尾カメラ「Synergy Live」を設置した。これによりKINEXONで蓄積した数値データと、録画した映像データの紐付けが可能になり、ダッシュボード上で一元管理できるようになったという。
計測したデータに「依存しすぎない」理由とは
計測したデータはヘッドコーチやコーチングスタッフ、ジェネラルマネージャーに逐次共有しており、試合の分析や選手のコンディション管理に大きく役立てられているという。また、試合におけるパフォーマンス分析に留まらず、負傷から復帰する選手へのマネジメントにも有効活用できていると荒尾氏は語る。
「最高時速約30 Kmを記録していたとある選手が、筋肉系のけがで離脱してしまったことがありました。復帰後に数値を見てみると、負傷前のトップスピードが出せていないことが分かりました。復帰してから調子が悪いようには見えなかったので、我々も数値を見て気づかされたんです。本人のキャパシティを超えて負傷が再発しないよう、負荷のコントロールをすべく個別の練習メニューを組んで対応しました」(荒尾氏)
その一方、選手に対しては、「求められればデータを提示するが、つぶさな報告は控える」という方針に今年から切り替えた。過去には細かく伝えていた時期もあったそうだが、荒尾氏は「選手が数字に依存しすぎないようにしている」と話す。
「基本的には、特定の数値について、高いから良い、低いから悪いとは評価していません。調子の良し悪しは選手自身が感じ取れる部分が大事なので、本人の主観を尊重し、その上で補助的な裏付けとして数値を活用しています」(荒尾氏)
今後は選手のパフォーマンス向上へ向けて多様な連携を目指す
テクノロジー導入の目的となっていた「選手の負荷を把握してモニタリングし、パフォーマンスをより向上させる」という点には荒尾氏も手応えを感じている。今後は、チームや育成年代も含め、選手のパフォーマンス向上へ向けてさらなるデータ収集と活用を行いたいという。
「例えば、育成年代の選手がプロ選手を目指す場合『そのためにどのような体作りをすれば良いのか』という壁にぶつかるはずです。一例ですが、1対1の場面でドライブする際の加速度やその時の映像を分析して、『上達のために必要なトレーニングはこれだ』と定義できるようになるのが理想形です」(荒尾氏)
アルバルク東京では将来的に、モーションキャプチャなどの映像認識技術を活用するとともに、収集したデータを選手の詳細な生体情報とも連携し、選手に対してより正確なマネジメントを行うことを目指している。例えば、関節の動きなどを可視化できるようになれば、選手の特性に合わせたトレーニングメニューを組むことができるだろう。先述のSynergy Liveの運用と併せて準備が進んでおり、数年後には理想を実現できるように着々と進行しているそうだ。
荒尾氏は、テクノロジーを活用する上での指針を次のように語ってくれた。
「本来、人の手では膨大な時間と手間がかかる作業をテクノロジーに委ね、得られた数値を読み解き活用することが、我々コーチやトレーナーのあるべき姿だと思っています。また、数字に依存しすぎないことも心がけています。『数字がこう言っているからこうしよう』と単純に考えるのではなく、数字をきっかけに選手、スタッフが持つ主観と照らし合わせて意思決定することが大事だと思っています」(荒尾氏)