2023年8月から9月に沖縄で開催されたFIBA バスケットボール ワールドカップ2023。アジア最上位で大会を終え、パリオリンピックの出場権を獲得した男子日本代表AKATSUKI JAPANの大活躍は、記憶に新しい。

「トム・ホーバスヘッドコーチは日ごろから『バスケットボールをメインのスポーツにする』という思いで戦っている」と話すのは、日本バスケットボール協会(以下、JBA) 事務総長の渡邊信治氏だ。

同協会では、SNSの積極的な活用によって大会を盛り上げただけでなく、オフラインの施策も合わせて実施することで新規層を取り込み、国内におけるバスケットボールの存在感を高めることに成功したという。

コートに立つ選手・スタッフの思いを、より多くの人々に届けるべく奔走したJBA。W杯の熱狂を裏側で支えた取り組みについて、渡邊氏にお話を伺った。

  • 日本バスケットボール協会 事務総長 渡邊信治氏

1人でも多くの人に、バスケットボールに触れてもらえるように

渡邊氏は、大学卒業後フジテレビに入社し、第一線でスポーツ番組の制作やイベントのプロデュースに関わってきた。業務を通じてバスケットボールは本来もっと注目されるべきスポーツだと感じ、JBAに転職したという。

「2022年当時は、まだバスケットボールがメジャースポーツにはなっていない印象がありました。だからこそ、W杯ではより多くの方々にバスケットボールの素晴らしさを知ってもらおうと思いました」(渡邊氏)

同大会は沖縄アリーナで1次ラウンドと2次ラウンドが開催することが予定された、日本代表にとっては自国開催のW杯。JBAとしては当然、世界トップレベルの大会の日本開催を盛り上げていきたいと考えた。

そこで、かねてからバスケットボールに親しんできたファンだけではなく、新規層に広く魅力を知ってもらうことを目標に掲げたのだという。

「B.LEAGUEの開幕から5年が過ぎ、各チームの頑張りのおかげで観戦文化が根付いてきました。一方、これまでバスケットボールを見てこなかった多くの方々に見てもらわなければ、日本のバスケットボール文化は閉鎖的になってしまうと思いました」(渡邊氏)

SNS施策から観戦文化の醸成まで、手段を問わず一丸を目指した

1人でも多くの人々にバスケットボール日本代表の姿を伝え、応援してもらいたい。そうした思いを込め、JBAではオンラインとオフラインそれぞれの特長を活かした施策を実施。確かな手応えを得ていった。

元テレビマンだからこそ注力したSNS施策

W杯における日本代表の試合は、地上波民放2局で全5試合が生中継された。そのため、地上波での生中継がアメリカ戦の1試合のみとなった2019年の前回大会に比べれば、かなり多くの人に見てもらえることはあらかじめ予想できた。しかし、元テレビマンである渡邊氏はそこで満足しなかった。「マスメディアは瞬間最大風速を出すことができる」(渡邊氏)からだ。

「テレビなどのマスメディアは影響力の大きい媒体です。ただし、放送されるボリュームに限りがあるため、一時的な盛り上がりで終わるリスクもはらんでいます。そこで、最大風速をより大きくするためにも、一過性の盛り上がりにしないためにも、SNSやYouTubeなど、オウンドメディアのような媒体を活用した施策へ注力しました」(渡邊氏)

新規ファンとなり得る若年層を取り込むために行ったSNS施策では、YouTube、Instagram、X(旧:Twitter)、TikTokなどプラットフォームごとに担当スタッフを配置し、積極的な運用を開始。テレビ以外の接点で、時と場所を選ばずにバスケットボールやAKATSUKI JAPANへ触れてもらうことを強く意識した。

中でも、日本バスケットボール協会のYouTubeチャンネルで投稿されているシリーズ企画「INSIDE AKATSUKI」に注力したという。同企画は、代表活動中のチームにカメラが密着し、強化合宿や試合の裏側に迫るドキュメンタリーだ。通常の試合映像では観られない選手・スタッフの表情に迫る番組として、W杯では1カ月前から練習場やロッカールーム、移動中にも密着して動画を撮影した。

こうしたオンライン施策を実行するには、選手たちとの信頼関係の構築が大前提となる。舞台裏でもカメラを回すとなれば、なおさらだ。そこで、大会期間中は内部の信頼あるチームスタッフが中心となってカメラを回すなど、チームへの配慮も怠らなかった。

INSIDE AKATSUKIがチームの裏側を手厚く紹介するドキュメンタリー要素が強い一方、Instagramのリール動画やTikTokには、スーパープレーの動画や、選手がじゃれ合う様子など短尺で分かりやすい動画を多数投稿していった。これもまた、バスケットボール観戦をより親しみやすくするための策の一つだ。

@jbaofficial 大逆転勝利後のロッカールーム!最後に登場するヒーローマコ! <a title="比江島慎" target="blank" href="https://www.tiktok.com/tag/%E6%AF%94%E6%B1%9F%E5%B3%B6%E6%85%8E?refer=embed">#比江島慎 #AkatsukiJapan #バスケ #沖縄 ♬ オリジナル楽曲 - 日本バスケットボール協会(JBA)

大会後に同協会から公表されたデータによれば、期間中に日本代表のSNSアカウントのフォロワー数は激増。8月25日のW杯開幕から9月10日までのわずか数週間でYouTubeはチャンネル登録者数が18,000人増加、Instagramでもフォロワー数が148,108人増加したという。

応援文化を醸成する、アリーナの雰囲気づくり

オンライン施策で多くのファンを引き付けた先には、アリーナや各イベントへの来訪が待っている。ただ、W杯が始まる前のアリーナでは、来場者からの「応援方法がわからない」といった声もJBAの耳に入っていたそうだ。

「サッカーや野球と比べると、私が協会に入った2022年には、まだ応援の仕方や日本代表チームのイメージが定着していなかったんです。そこで、改めて『AKATSUKI JAPAN』のコンセプトに立ち返り、“アリーナを赤に染める”ことを意識しました」(渡邊氏)

JBAでは応援Tシャツなどのグッズも赤を基調としたものを多く販売し、アリーナを真っ赤な色に染めることからスタートした。今年2月に行われた強化試合では、応援Tシャツ付きのチケットも販売。応援グッズを身に着けやすい応援文化の醸成に尽力した。

大会前には、W杯の日本代表候補に入っていた全選手のグッズを製造・販売した。グッズサプライヤーであるファナティクス・ジャパンのリソースをフル活用し、親善試合やW杯の会場には応援Tシャツと、名前入りタオルなどの応援グッズが並んだ。

  • 応援グッズを身に着けてAKATSUKI JAPANを応援するファンたち(提供:日本バスケットボール協会)

これらの施策が功を奏し、試合会場はたちまち応援グッズで真紅に染まった。「日本一丸」のチームスローガンを体現するようなアリーナの雰囲気が、チームの快進撃を後押しすることとなったのである。

施策で得た手応え「ムーブメントができていると実感した」

渡邊氏曰く、こうした施策の効果を感じたのは大会直前だったとのこと。W杯開幕から1カ月半前の7月に浜松で行われた強化試合のチケットが、販売開始からわずか2日で全席完売となったのだ。さらに、会場のグッズショップは数百メートルの行列ができるほどの盛況ぶりを見せたという。

「チケットの完売速度にも驚きましたが、何よりバスケットボール日本代表を応援しようというムーブメントができていると実感できました」(渡邊氏)

その後、強化試合を終えて決戦の地・沖縄へ舞台を移すこととなるが、もともと沖縄に根付いていた「バスケットボールを応援する文化」がより一層ムーブメントを醸成したと渡邊氏は振り返る。会場となった沖縄アリーナは、昨季B.LEAGUE王者の琉球ゴールデンキングスのホームグラウンドでもあり、現地の“バスケ熱”も後押しとなったそうだ。

こうして始まったW杯初戦、日本代表はドイツ代表に敗戦してしまう。

しかし、試合後にドイツの主力選手でNBAでも活躍する“ワグナー兄弟”のモリッツ・ワグナー選手、フランツ・ワグナー選手が「自分たちが勝っているはずなのに、日本のシュートが入った時に大歓声が起きる。自分たちが負けていて、何をやってもうまくいかないような錯覚を起こすほどの雰囲気だった」と明かしたという。

「会場ではファンの皆さんがTシャツやタオルを身に着けて、チームを後押ししてくれました。私も何十年とバスケットボールを見てきましたが、こんな雰囲気は感じたことがありませんでしたね」(渡邊氏)

W杯に挑んだ選手たちの思い

このドイツ戦では、スポンサーとの兼ね合いでチケットが完売したはずのスタンドに多数の空席が生まれてしまう予想外のトラブルがあった。

試合後、チームの主力である渡邊雄太選手ら一部の選手たちが一斉にSNSで疑問を呈したことも後押しとなり、JBAをはじめ多くのステークホルダーが問題解決に取り組んだ。結果、国際バスケットボール連盟との連携の上で、わずか2日後の第2戦目には空席チケットの再販売を実施。正真正銘、満員のアリーナを作ることができた。

「選手たちは背水の陣で臨んだ大会だった」と渡邊氏は話す。

「中心選手として戦った渡邊雄太選手、富樫勇樹選手、比江島慎選手、馬場雄大選手は、オリンピックや前回のW杯では1勝もできず、国際試合では特につらい思いをしたと思います。その中で、日本のバスケットボールの将来を考えて臨んでくれて、結果を出してくれました。大会が終わった後、彼らは『日本でW杯ができて良かった』と本心で語ってくれました」(渡邊氏)

バスケットボールを「メインのスポーツ」にするために

今大会を振り返って、渡邊氏は「いろいろな施策をやってよかった」と語る。

「トム・ホーバスヘッドコーチは普段から『バスケットボールをメインのスポーツにしたい』と話してくれています。今大会を経て、多くのファンの方々がバスケットボールに触れる機会を増やせました」(渡邊氏)

今回のW杯で日本代表はアジア最上位の好成績を残し、来年開催されるパリオリンピックの出場権を得た。選手・スタッフはもちろん、JBAとしても五輪へ向けた準備や活動が始まる。

渡邊氏曰く、「今回活躍したプレーヤーだけではなく、これから新たに代表候補に入ってくる選手たちにもフォーカスを当てた企画を進めたい」と話す。まずは2月から開催されるアジアカップ予選がマイルストーンとなるそうだ。

現段階で、渡邊雄太選手や富永啓生選手など海外でプレーする選手の招集は難しい見通しで、B.LEAGUE所属選手を中心としたメンバー編成が予定される。

そんな代表候補の活躍を見ることができるB.LEAGUEも10月に開幕。開幕前の時点でチケット購入枚数が昨季比201%増を記録するなど、大会後のバスケットボール観戦文化の定着も幸先良い滑り出しを見せている。

渡邊氏はインタビューの最後に、今大会への思いを正直に語ってくれた。

「ホーバスヘッドコーチや選手に心からに感謝したいです。普通だったら『この場面の撮影は控えてほしい』とか『ここはメディアに取り上げてほしくない』という話題も全て話してくれました。チームの勝ち負けだけではなく、日本でのW杯がバスケットボールを広めることに大きく寄与する、との気持ちをもって協力的に動いてくれて本当に良かったです」(渡邊氏)

チームとの信頼関係構築や、自国開催でのアドバンテージ、さらにはSNSなどデジタルマーケティングも駆使して、日本代表を盛り上げたJBA。快進撃を見せたチームの裏側には、選手と一体になって文化の醸成に力を尽くした人々がいた。

  • 渡邊氏が持っているぬいぐるみはFIBA バスケットボールワールドカップ2023 公式マスコットの「JIP」