日清製粉グループ本社・瀧原賢治社長を直撃!《環境激変の中、主要食糧を扱う会社の経営の舵取りは?》

世界経済大荒れの中で、 自分たちの役割は

 ─ 世界経済は米国のトランプ政権の高関税策などで先行き不透明感は高まっていますが、瀧原さんの現状認識を聞かせてください。

 瀧原 3年前の社長就任の頃、ウクライナ・ロシア問題で想像もしなかったことが起きました。ウクライナは小麦の大産地で、日本は輸入していませんが、供給懸念から国際相場が影響を受け、小麦価格が暴騰しました。今ではそうした状況は収束したと言えます。

 日本では今、30年間動かなかった〝ヒト・モノ・カネ〟がやっと動き出しました。インフレ環境下で人件費、物価、金利が上がっています。そういう中で、今までとは全く違う経営の舵取りをしていく必要があると思っています。

 これまでのデフレ経済では物の価格はどんどん安い方にシフトしてきた面があります。それはもちろん消費者にとってはいい話ですが、世界から見ると日本は少し特殊な世界でした。

 訪日外国人客が日本の食べ物は美味しくて「安い」と言う。原材料価格等のコスト上昇が止まらないインフレ環境下で、われわれのような食を扱う業界が、どういう姿勢で、いかに対応するべきか。非常に重要なミッションです。

 ─ 原材料価格上昇で利益を確保するというのが難しい経営課題ですが、そういう状況下で米国トランプ政権の高関税政策です。この世界の政治状況についてはどう見ていますか。

 瀧原 ウクライナの問題は解決していませんが、地政学リスクも含めてアメリカ新政権の動きを見ていますと、今までの概念、考え方でとらえてはいけないと強く感じます。

 グループ内の各社長にも話をしていますが、今後何が起きるか想定できない以上、リスクへの感度を高めていくと。ただ、あらゆることに準備はできませんので、何か起きたときに対応できる〝瞬発力〟が最も必要だと考えています。

 アメリカの関税政策が実行に移される中で、日米間の貿易にも大きな影響が出てくると思います。今まであったものが、必ずしも守られない。その前提で経営の舵取りが必要です。

 わたしとしては、当社のステークホルダーへの責任を果たし、守るために重要になっていくのはとにかく瞬発力、というのが今の環境認識です。

 ─ 変化が激しい中、自分たちの存在意義は何であり、日清製粉グループの社会的役割は何だと考えますか。

 瀧原 コメと並ぶ主要食糧である小麦粉をつくる製粉事業が当社グループの基盤ですので、国民の日々の食を支える、つまり安定供給が、わたしどもの役目だと思っております。

 多くの方が少なくとも1日1回は、小麦粉を加工したパンや麺、菓子などを口にされているのではないかと思います。

 食品、なかでも主要食糧というのは、人が生きていく上でなくてはならないものですから、製粉事業は基本的に、高価格品、高付加価値品を扱う性質の事業ではありません。それよりも、消費者の皆様に合理的な価格で、安全・安心な食べ物が日々届くよう、お客様にいつでも安定的に商品を供給することが一番の役割だとそう思っています。

 ─ 昨年からコメの流通価格が高騰していますね。

 瀧原 ええ。店頭から米が消えてしまうと、こういう現象が起きるのかと。もし小麦粉で同じことが起きたら…と想像しました。そうならないようにしていくのがわれわれの社会的責務だと思っています。

 コメはあって当たり前、安くて当たり前でした。無くならないとその存在の本当の価値がわからない。しかし、その世界が一変することが今回起きました。小麦粉も普段はあまり気が付かれない存在ですが、わたしどもは125年間、そのように食を支える会社として続いてきました。

 ─ 何においても当たり前にあるということ自体を見直すときですね。

 瀧原 はい。食を支える企業、そして供給を途絶えさせない責務があるわれわれは、信頼が非常に重要であると思っています。創業以来の私どもの社是「信を万事の本と為す」というのは、要は信用がすべてですということ。

 そして、もう一つの社是として「時代への適合」があります。すべてのステークホルダーにしっかりと対応して信頼を積み重ねると同時に、時代の変化に適合していかなければ、どんな企業も残っていけないと考えています。

 ─ 創業理念を大事にしながら変化対応をはかっていくと。

 瀧原 はい。当社は1900年の創業から今年で125周年で、長年親しんでいただいているパスタのブランド「マ・マー」も70周年と歴史がありますが、今般ブランドを刷新し新商品投入やリニューアルを実施しました。いつまでも初心を忘れず、時代に合ったアップデートをしていくつもりです。

価格設定について

 ─ 現在、日本で消費される小麦の調達先は、アメリカ、カナダ、豪州が中心と聞いていますが。

 瀧原 はい。小麦は国内産が15%、残りの85%を米国、カナダ、豪州から輸入しています。輸入小麦は半分が米国産です。

 米国の産地は、中西部もありますが、日本向けの小麦は北西部のパシフィックノースウェストというところが主な産地です。モンタナ、アイダホ、ワシントン、オレゴンのあたりです。日本向けの小麦は大変広大な土地で生産されています。モンタナは一州で日本と同じ面積です。日本への小麦の輸出港はポートランド(オレゴン州)です。

 ─ 世界経済では円安が続いていますが、このことはどう考えればいいですか。

 瀧原 当社グループにとっては、為替変動の影響は実はトータルするとニュートラル(中立)なんですね。製粉事業の半分は海外ですから、円安状況下では海外の利益を円に換算するとプラスになると。

 一方、加工食品事業は、パスタの生産は約半分が海外ですし、パスタソースも海外生産比率が高く、それらを国内用に輸入するモデルです。

 国内工場で作っている商品でも原材料は輸入が多いので、調達という意味ではコスト高になり、円安傾向が続く環境は、加工食品にとっては厳しくなります。この両方のバランスで、当社はグループ全体で見たときに通常は経営上問題ない範囲で収まるということです。

 ただし、為替変動が急激に起きる場合はなかなか苦しい。即座に生産拠点の移動とはいきませんから、急激な場合は対応が間に合わず難しいことがあります。そこら辺を含めて、長期的に為替がどうなっていくかを見極めながら、拠点等も考えていかなければいけません。

 ─ 物価高に対して実質賃金マイナスで節約志向が続いています。新商品開発をどう行っていますか。

 瀧原 当然、懐具合によって消費行動は変わっていきます。現在は、価値があるものにはお金を払うという消費行動が多くのシーンで見られると思います。価値ある商品を市場に出し続けることを目指しています。

 一方で、リーズナブルなものを求めているお客様もいらっしゃいます。そういう方向けに容量規格を変更したり、あるいはもちろん調達面や製造面でも工夫し、安価な商品も展開させていただいております。〝松竹梅〟の選択肢から選べる、そんなラインアップになるよう商品に工夫を凝らしています。

 ─ 価格設定についてはどう考えますか。

 瀧原 原則、原料小麦は年2回政府売渡価格の改定があり、当社小麦粉の価格もその上げ下げに連動します。加工食品事業では、小麦以外のコストアップ分は転嫁し値上げする場合が多いですが、戦略的に据置、あるいは下げる場合もあります。こうした価格転嫁は浸透してきてはいると思いますが、家庭用商品の価格帯は、お客様心理、ニーズもとらえながら判断をさせていただいているというのが現状です。ラインを見極めて価格設定に対応しています。

 会社としては、お客様のニーズに合った商品開発をしていくのが一番だと思っております。この『マ・マー 早ゆでスパゲティ FineFast』という茹でる時間が通常7分のところ3分など半分以下になるパスタはそうした商品の代表例で、おかげさまで右肩上がりの成長を続けています。早ゆでスパゲティは日本のほかトルコでも作っています。トルコは良質なパスタ用小麦の調達で利点があります。その拠点を活用し、この春から欧州での販売も開始します。

 ─ 海外でも同じようなニーズがあるんですか。

 瀧原 そうですね。ヨーロッパは環境意識が高いですから、茹で時間短縮はCO2排出量の削減につながると関心を持っていただけています。昨年、フランスの食品展示会に出た際は一番活況なブースだったようで、その盛況ぶりに驚きましたと他社の方がしらせてくれました。

 ─ 良いものを適正な値段で売るということが日本全体の課題であると思います。しかし、商品価格が値上げになると、物が売れないと。このことについてはどう考えますか。

 瀧原 先ほど申し上げたとおり、さまざまな顧客ニーズに対応できる商品ラインナップを持つことが大事だと思います。その上で、企業の責任は、やはり従業員の賃上げをして、従業員がしっかりと消費できるようにすることだと思っています。

 それは、もちろんわたしどもだけではなく、すべての企業がそういったことをやっていき、だんだんと伝播していくことが大事です。

 ─ 海外市場は比較的値上げがしやすいという文化もありますね。

 瀧原 はい。日本と比較してアメリカでは値上げは比較的許容されやすいですね。その点では、いま一番厳しいのは実はオーストラリアなんです。オーストラリアはすべての価格が高い。オーストラリアドルは現在約1ドル100円前後ですが、人件費は時給25ドル、2500円程度です。

 時給も高いですが、すべてのインフラの価格が高い。そうすると、どうしても一番身近にある食品への支出を削るという動きになってきます。われわれはオーストラリアにも小麦粉やミックス粉の事業があり、そこは苦労しながらやっています。国によって環境は違いますから、海外事業は国ごとに施策を考えながらやっています。

日本の小麦粉は一味違う

 ─ 日本産の小麦粉が海外での評価が高いのはなぜですか。

 瀧原 海外では単一品種の小麦を挽いて粉にするのが通常で、自然の農作物ですから、小麦の品質が毎年変化するのは自然なことだと彼らはとらえています。一方で、日本は各国から調達した小麦のブレンドのノウハウや、小麦粉の品質を安定させる技術を磨いてきました。

 例えばその年に入ってきたアメリカ小麦の品質があまりよくない状態であれば、今回はカナダ小麦の比率を高めようといったように、細かな調整を行います。同じ年でも運ばれた船ごとに品質が全然違うこともある世界ですから、ブレンドや挽き方で品質を一定に整えています。

 そうすることで、お客様がパンを焼くときに常に同じ状態に出来上がる小麦粉を提供することができるのです。これがわれわれの製粉技術です。

 ─ 素材にひと手間加えて付加価値を乗っけていると。

 瀧原 そうなんです。日本で食べるものは、当たり前に品質が安定していますよね。小麦粉の品質が安定していないと、パン、麺などの二次加工製品にも影響が出てくるので、責任重大なのです。カナダにある工場の製造ラインは、そうした日本式を取り入れ、長年かけて作り変えました。北米でのラーメン用粉のシェアは半分以上あると思います。

 ─ 日清製粉はBtoB事業がメインですが、今後新たな需要の掘り起こしをどう行っていこうと考えていますか。

 瀧原 惣菜、中食といったお弁当関係や、冷凍食品の分野は今後非常に伸びていくと思っています。食の外部化が進み、家で作らなくても済む時代になりました。中食・惣菜事業については、1999年ぐらいから挑戦していますが、現在加工食品と並ぶぐらいの規模にまで成長しました。

 例えばコンビニ向け、あるいは流通大手向けの惣菜・弁当・おにぎり・サンドイッチ・麺類。こういうニーズは、海外でも当然ありますから、国内のノウハウを海外にという展開も今後期待できるかもしれません。

 コアである製粉事業でしっかりと収益を稼ぎながら、海外事業や中食・惣菜事業などに投資をしていきたいと思っています。