シナモンAIは、2016年に代表取締役Co-CEOの平野未来氏、同じく代表取締役Co-CEOの堀田創氏、執行役員 戦略提携担当 兼 Head of Executive Office 家田佳明氏の3名により、設立されたAIベンチャーだ。 AI-OCRエンジン「Flax Scanner」をはじめ受託開発型と製品版のAIプロダクトおよび、AIソリューションの開発を手掛ける。

同社は、国際的なフィンテック情報を発信するメディアやイベントを手がけるFinTech Global(英:ロンドン)が発表する「AIFinTech100 2023」に国内企業で唯一選出されるなど注目の企業だ。今後、株式上場も視野に入れている。そこで、会長 兼 CSDO(チーフ・サステナブル・デベロプメント・オフィサー)の加治慶光氏に、AI市場の今後と同社の成長戦略を聞いた。

加治慶光
株式会社シナモン 会長 兼 CSDO(チーフ・サステナブル・デベロプメント・オフィサー)

富士銀行、広告会社を経てケロッグ経営大学院にてMBA修了。日本コカ・コーラにてコカ・コーラ、ジョージア、長野オリンピック大会等担当。タイム・ワーナーにて映画宣伝部長として、“マトリックス”、“A.I.”等の作品を手がける。ソニー・ピクチャーズ移籍後バイス・プレジデントマーケティング統括として“スパイダーマン”、テレビアニメ”鉄腕アトム”などに関わる。その後、日産自動車にて高級車担当マーケティング・ダイレクターとしてシーマ、フーガ、ティアナ、ティーダ、スカイライン、NISSAN GT-R等の市場戦略構築・実施を指揮後、関連会社オーテック海外事業部部長に。米、欧、亜における海外事業戦略構築・実施を担当。後2016東京オリンピック・パラリンピック招致委員会にエグゼクティブ・ディレクターとして出向、帰任しゼロエミッション事業本部主管兼グローバルマーケティング本部主管として、Nissan LEAF世界導入に参画。2011年~2013年12月まで内閣官房官邸国際広報室参事官として、震災対応、ソーシャルメディア、2020招致、ダボス会議、クールジャパン、観光インバウンド戦略等を担当。後文部科学省参与。2014年2月よりアクセンチュア株式会社 チーフ・マーケティング・イノベ―ター(CMI)。現グロービス経営大学院教授。鎌倉市参与、観光庁マーケティング戦略本部委員。2019年11月、シナモンAI会長に就任。

2019年の11月にシナモンAIに入社されたということですが、入社のきっかけを教えてください。

加治氏:アクセンチュアを辞めて鎌倉市で働いていたときに、シナモンAIに出資をしている知人から、以前コンサルティング会社でB2Bの仕事をやっていたことが役に立つのではないかということで、お声掛けいただきました。AIにも興味もあり、(Co-CEOの)平野のことは前から知っていましたので、この3つが組み合わさって、すぐに決めました。

入社の際、加治さんにはどういう役割を期待されていたのでしょうか?

加治氏:大企業に対しての売上を作っていくための手伝いや資金調達などです。ベンチャーキャピタルの方を通じてお声掛けいただいているので、できるだけ早い時期のイグジットに向けた手伝いも重要でした。平野や堀田、家田が描いている夢は、ずっと大きなものでした。もちろん、イグジットに際する準備を整える目標はあったと思いますが、通過点に過ぎず、人工知能の力で世の中を変えたいということは、ずっと言っていました。

入社当時、シナモンAIの課題として、どういったものがあったのでしょうか?

加治氏:4年前は、営業プロセス管理をいれようとしたり、海外との連携が途上だったりと、今と比べるといろいろなことが整備されていませんでした。当時はアメリカやシンガポールにも会社がありましたから、それらに分散しているものを整えていく必要がありました。働いている人たちも、だんだん会社が大きくなるにしたがって、自分たちの思っていることと違う点も出てきましたから、チームをどう作っていくのかということはすごく気にしていました。これらは、スタートアップではよくある話であり成長痛のようなものだと思って克服してきました。

この4年間、どういったことをされてきたのでしょうか?

加治氏:何でもできることはやってくれという感じだったので、いろいろなチャレンジをしてきました。資金調達もそうですし、大企業のお客様に営業に行ったり営業チームとともにチーム力を上げたり気合を入れて、強い営業チームにするということもやってきました。

シナモンAIの現在の主力事業は何でしょうか?

加治氏:AI-OCRの技術が非常に優れているので、もともとはそこが中心だったのですが、大規模言語モデル (LLM)の開発・導入支援や、NLPと呼ばれる自然言語処理の仕事が最近はすごく増えてきています。ベトナム(ハノイ・ホーチミン)に大きなラボがありますが、ベトナムの人たちがお客様のニーズに合わせてAIを作っています。

ベトナムで開発を行っている理由は何でしょうか?

加治氏:ベトナムの数学の天才が非常に優れていることに平野が気づきました。ベトナムの人材にAIの教育を施せば比較的廉価な労働力が得られ、数学の天才がいっぱいいるので、これが日本の高度な課題の解決に役に立つ考えたのでしょう。日本の理系は縦割りになっており、機械工学や物理学、化学、医学部など、数学の天才がバラバラになっています。ベトナムはコンピュータサイエンスをきちんと系統立て、しかも学部を縦に切り離さず、広く学ぶSTEM教育を国策としてやっています。よりたくさんのAI人材を育てることに効率がよいと気が付いたわけです。

AIは他社の技術をベースにしているのでしょうか? それとも自社開発でしょうか?

加治氏:独自で開発したものが多いですが、今は、OpenAIやGoogleの生成AIプラットフォームを使ってビジネスをしています。われわれの体力では、独自のLLM(ラージランゲージモデル)を作るのはちょっと難しいので。

今は生成AがIブームですが、今後のAI市場をどのように見られていますか?

加治氏:間違いないのは、まだ始まりでしかないということです。市場が非常に大きくなっていくのは間違いないと思います。弊社にはAI-OCRやNLP、ASRなど、いくつか技術がありますが、こうした技術を組み合わせ、LLMは自分たちでは作りませんが、その周辺の活動をしていこうと思っています。競合で大変になるというよりは、大きくなっていく波を、どうみんなで良いものにするのかということ考えるのが重要だと思っています。

シナモンAIの強みは何だと思いますか?

加治氏:経営チームが素晴らしいと思います。平野、堀田、家田の創業者3人のループを中心に、われわれのような経営チームがいるわけですが、それぞれの強みと専門性をうまく使って、3人をバックアップしています。平野も3人の子供を抱えていますし、家田も最近は子供ができましたので、彼ら彼女たちが子供たちを保育所に送っていく時間は、経営の会議をずらしたりすることをみんなでやっています。チームの働き方としてすごく新しい未来を感じます。技術力でいうと、ベトナムの人たちとのやり取りがすごく新しいアジアの風を感じることができます。今、高度AI人材は50人くらいいますが、一般のもっと規模の大きい会社に比べても高度AI人材は多いと思います。

ここ数年の目標はありますか?

加治氏:まずは前年からの成長と目標を一つ一つきっちり達成していくことです。この産業自体がすごく変遷しているので、対前年比何パーセントが適切かというのは、なかなか分からないです。われわれはOODAループ(注1)といっていますが、PDCAのようにきっちり計画を立てて、それを達成していくやり方よりも、世の中の様子を見ながら、目標やチェックする項目を変えていくことを意識しているので、かなりフレキシブルな経営をしていると思います。

(注1)OODAループ:ウーダループ。観察(Observe)、判断(Orient)、決定(Decide)、行動(Act)の頭文字を取ったもの。

売上げを伸ばしていくための施策はありますか?

加治氏:ノーマジックだと思います。淡々と誠実にお客様のニーズを聞いて、それに対してできることをきちっと組み立てていくことが肝要であり、秘密の方策みたいなのはないと思います。営業は担当の執行役員を中心にいいモーメンタムができています。これまでは、どちらかというと技術の方が優れていましたが、営業もうまく育っており、ちょうど今、理想的なバランスで2つの輪がうまく組み合わさって動いている感じです。

先ほどAI-OCRやNLP、ASRなどの得意技術があるというお話でしたが、今後はこういった得意領域に注力していくのでしょうか?

加治氏:生成AIが出てきたことによって、今までバラバラだった入り口を、例えば音声と画像、それからテキストなど、マルチモーダルによりいろいろなところから情報を抽出して組み合わせるということができるようになってきました。われわれもいくつかの技術を持っていますので、それらが組み合わさって、よりお客様が難しいことにチャレンジするときにお手伝いできるようになってきています。何かに特化するというよりは、持っている技術が大きくなっていくと思っています。

これがKCT(注2)という概念で、今までは、「クレーム電話の対応にASRを使う」「申込書に手書きが大変だからOCRでそれを読む」など、バラバラだったのですが、ナレッジをマルチモーダルで組み合わせて1つのところで集中管理することによって、新しい戦略が生み出せます。このKCTを、平野や堀田が最近打ち出しています。

(注2)KCT:Knowledge-Centric Transformation。ナレッジ構造化、ナレッジ利活用、業務データ蓄積、情報抽出の4つのサイクルをまわすことによるナレッジを中心としたトランスフォーメーション。