先日開催されたガートナー ジャパンの年次カンファレンス「Gartner IT Symposium/Xpo 2023」。多くのセッションで「AIとどう向き合っていくか」「AIをどのように活用していくべきか」といったAIに関する話題が挙げられた。中でも大きく印象に残ったのが、基調講演に登壇した米Gartnerのディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト兼フェローのデーブ・アロン(Dave Aron)氏と、ガートナー ジャパンのバイス プレジデント アナリストである片山博之氏が用いた「AI-Ready」というキーワードだ。ガートナーではAIが日常になる時代を迎えるにあたり、企業側もそれに対する備えが必要だと提言している。では具体的に、AI-Readyな企業になるためには何が必要なのか。
そこで今回、ガートナー ジャパン ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリストの亦賀忠明氏に、同社が提言するAI-Readyについて詳しいお話を伺った。
多くの日本企業はReadyはおろか、AIの本流にもたどり着いていない
AI-Readyの重要性について、亦賀氏は「AIとの共生が当たり前の時代が来る。これに企業はしっかりと対応していかなければいけない」と話す。では実際のところ、日本企業はAIを採り入れる準備がどのくらいできているのだろうか。同氏はガートナーの調査結果から、AI-Readyである企業はわずか15%に過ぎず、残りの85%はいまだ“POC止まり”、“ベンダー任せ”、もしくは事例を探している段階か、“何もしていない”状態だと明かす。
「日本企業に関しては、まだまだReadyなどと言える状況ではありません。『AIを導入すると儲かるのか』、『そのAIは使えるのか』といった「なのか」の問いを発する経営者は多く、議論の本流にも入っていないという印象です」(亦賀氏)
同氏はさらに「AI-Readyではないと、今の産業や企業は衰退、消滅してしまう」と続ける。AIの普及・進化は人類にとって新たな産業革命になるほどのインパクトを持つ。それに気が付かないということは、古い時代と共に“終わっていってしまう”ことを意味する。10数年前までは“いつかそんな時代が来るかもしれない”という説レベルだったものが、今まさにリアルになってきており、「ここで気が付かなければ、いつ気が付くのかというくらいの大きな変化」(亦賀氏)なのだ。一方で、変化にはオポチュニティ(機会)とリスクがある。
「リスクの方ばかりに目を向けず、オポチュニティだと捉えましょう。そうすれば、ゲームチェンジャーになれる可能性も秘めています。今我々は、産業革命に行くのか、それとも衰退、消滅かの時代の大きな分かれ目にいるのです」(亦賀氏)
AI-Readyになるための「3つの考え方」
ガートナーが提唱するAI-Readyには、「AI-Readyの原則を策定する」「データをAI-Readyにする」「AI-Readyのセキュリティを実装する」という3つの考え方がある。これらを達成することで、企業は「AI-Ready」と呼べる状態になれるというわけだ。
日本企業はもっと大きなスコープで見るべき
1つ目に挙げられている「AI-Readyの原則」について、亦賀氏は「『AI-Readyにしよう』という掛け声だけでなく、データやセキュリティといったことを含め、包括的に考えることが重要」と説明する。さらにガートナーがAI-Readyの原則として定義する「灯台となるもの」という表現を引用し、「企業は、AIで何をしたら良い、また、してはならないかが見えない人たちに対して、灯台の原則を用意する必要がある。灯台の原則とは、特に全てが新しく、または不透明に見える場合に、何をするか、何をしないかを明確にして、前進する道を照らす声明」だと話した。ここで重要なのは、経営層がトップダウンで指示するだけでなく、現場の人間がきちんとテクノロジーを使いこなせるようになることだ。
一方で日本企業のAIとの向き合い方については、「業務改善のレベルを超えた、もっと大きなスコープにしていくべきだが、ほとんどの企業で、そういうストーリーができていない」と懸念を示す。亦賀氏は、今は江戸時代から明治時代に移行したときのような変化が起きていると主張する。日本に黒船が襲来した江戸末期、人々は“これからは新しい時代が来る”という兆しを感じていたが、実際にどのようになるのかの具体的な想像はついていなかっただろう。それと同じことが今、起きているというのだ。しかし、江戸時代と今とでは1つ違う点もある。江戸時代から明治時代への変革には、欧米諸国という見本があった。今はそうしたお手本はなく、さらに未来が見えづらい。だからこそ、いち早くその兆しを掴み、自ら灯台の原則を策定し、従業員に方向性を示すことが重要だ。
「この10年、欧米ではすでにAIを産業革命と捉え、先頭を切っていく企業が出てきています。しかし残念ながら、日本企業は、トップレベルの企業でもまだ先頭集団に入れていません。その多くは、スキルや技術で遅れているというよりもむしろマインドセットやスタイルが前時代的であることに起因しています」(亦賀氏)
AI-Readyになることは、“人間-Ready”になること
では、2つ目の考え方として挙げられた「データをAI-Readyにする」とは、具体的にデータがどのような状態になっていればよいのだろうか。ガートナーではこれを、「安全である」「強化されている」「公平である」「正確である」「統制されている」の5つの基準を満たしているものだと定義しているという。
亦賀氏が特に難しいとしたのが公平性だ。AIのモデルは一定量のデータからつくられる。しかし、このモデルの元となるデータにすでにバイアスがかかっていることも考えられる。例えば、人種構成や男女比など、そもそも社会全体で数値に偏りがあるデータを学習した場合、AIが出力するデータも偏ったものとなる。同氏は「これは決着しない問題であり、良し悪しではない」とした上で、「AI倫理規定などを表明し、自社のスタンスを対外的にコミットすることが必須」だと言う。その他にも、個人情報や機密情報をどう扱うのか、サステナビリティの観点にどう配慮するのかなど、検討すべき点は多い。
「これはAI担当やIT部門の話ではありません。経営者がこのような点をきちんと認識し、組織がAI-Readyになるように、新たなスキル、マインドセット、スタイルを身に着け、指針を表明していくべきなのです」(亦賀氏)
同氏はAI-Readyなデータを考える際に最も重要なものとして、「ピープルセントリック」を挙げる。AIが人を傷つけたりすることはあってはならないし、最も尊重すべきは人間だ。
「AIを採り入れることで、誰の何が良くなるのかを追求していくと、最終的に人間力を高めることになります」(亦賀氏)
AIの進化により、雇用を奪われるといったネガティブな発想を持つ人も多いが、同氏は別な視点を持つことを推奨する。
「現代は、人間が機械にできる仕事をやり過ぎています。すなわち、人間の機械化が進行しています。しかし、今後、AIが進化することで機械にできることは機械がやります。逆に、人間は人間がやるべきことをやれるようになります。このことから、AIの進化は、人間力を取り戻すきっかけとなる。つまり、AI-Readyになることは、人間-Readyになることなのです」(亦賀氏)
影の側面への対応も必須
一方で亦賀氏はAIの影の側面として、ディープフェイク、詐欺といったかたちで悪用されるケースがあることも認める。だからこそ、3つ目に挙げられた「AI-Readyのセキュリティを実装する」ことが重要なのだ。まして、AIによる“でたらめ”の流布は、その影響が大きい。
「AIのようなスーパーパワー(一般の人々の想像を超えたテクノロジー)は間違って使うと、大きな悪影響を与えてしまう可能性もあります。適切に管理されたセキュアな環境できちんとポリシーに従って使うことが大切です」(亦賀氏)
では、そのリスクを鑑み、AIを使用しないという判断をするべきなのか。答えはもちろん「NO」だ。亦賀氏は自動車を例に挙げ、「自動車が登場した時、その便利さから一気に大衆へと普及した。だが、もちろん事故が起こるリスクもある。だからと言って『車は危険だからやめよう』とはならなかった」と説明する。リスクを下げるために運転を学ぶ教習所ができ、運転免許という許可制度が生まれた。AIも同様に、「リスクがあるからと拒否するのではなく、きちんと練習し、気を付けて使うべき」(亦賀氏)なのだ。
最後に亦賀氏は、日本企業が採るべきAIとのスタンスについて、次のようにアドバイスしてくれた。
「AIを『今の業務にどう使えるのか』という風に捉えるのではなく、新しい時代にビジネスをするための『大前提』として認識しましょう。パソコンやインターネットと同じように、これからAIは使うのが当たり前という時代になります。パイロット(操縦士)である人間はコパイロット(副操縦士)であるAIを使いこなすことで、自身の能力を拡張します。これからはAIを使いこなして、人間の能力を拡張させる時代です。企業の経営者は、AIの進化を自分事として自身や組織、また企業そのものを拡張、つまり成長させるものだとポジティブに捉えましょう。そのために、まずはご自身で試して、練習してみることが重要です。AIはゴルフクラブなどと同じです。自分で触って練習しなければ、うまくなりません。一方、どのようなクラブでも最初からうまく使えるということはありません。よって、クラブを買ったらすぐに『できるのか』といった問いをすることは最も避けるべきです。AIをコツコツと継続的に経験し、ご自身を含むすべての人が新たなスキル、マインドセット、スタイルを身に着けられるようにすることが重要です。従業員がAIを駆使するクリエータやアーティストのようになり、そうした人たちが時代にマッチしたワークプレイスの中で、大事にされ、元気になり、活躍できる環境づくりが経営者には求められています」(亦賀氏)