急速なデジタル技術の進化に加え、コロナ禍による消費行動や価値観の変化、デジタルネイティブ世代へのシフトにより、顧客はこれまでになく大きく変化し、多様化している。こうした時代において、いかに顧客理解を経営に実装し、顧客起点の改革を進めていけばよいだろうか。

ベストセラー書籍『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(発行:翔泳社)の著者であるStrategy Partners 代表取締役社長 西口一希氏が、1月27日に開催されたビジネス・フォーラム事務局×TECH+フォーラム「Marketing Day 2022 Jan. 顧客起点にビジネスを構築するマーケティング経営」で解説した。

「顧客起点」とは何か?

「顧客志向」「顧客基点」という言葉はよく耳にするが、「『顧客起点』はそれらとはまったく別の概念である」と西口氏は言う。前者では自社のブランドや事業ありきで顧客を考えるが、後者は自社ビジネスの有無問わず、顧客の視点から全ての物事を見るという考え方だ。

「例えばミネラルウォーターの販売企業であれば、通常は競合や配荷、店頭販売の状況などが第一の検討事項になり得ますが、顧客起点では、水道水で十分だと思っている人や浄水器を導入したため買う必要がない人など、ミネラルウォーターを購入していない層まで含めて顧客として捉えた上で、自社がどうあるべきかを考えていくのです」(西口氏)

日本企業のDXが抱える3つの課題

多くの企業がDXに取り組む中で、うまく改革が進まないという声も多くある。西口氏によると、企業が抱えているDXの課題は大きく3つに分けられるという。

まずは、目的が欠如しているケースだ。DXにはさまざまな定義があるが、大まかには、リモートワークやハンコの廃止、RPA導入などで業務効率化を図る「業務DX」、現在のビジネスモデルをデジタル世界へ適合する「事業DX」、デジタル世界だからこそ成り立つ新たなビジネスモデルを模索する「夢想DX」に分けて考えることができる。DX推進に悩む企業は、この3つのタイプのDXのうち、自分たちがどれを目指しているか分からない場合が多いと指摘する西口氏。「そもそもDXを通じてどのような顧客価値をつくろうとしているのかが不鮮明なまま推進しようとしていることが問題」と警鐘を鳴らす。

2つ目の課題は、デジタル世界と物理的な世界とが完全に分かれつつあることだ。スマートフォンを使いこなしデジタルの世界でコミュニケーションを取ることが日常的になっている10~20代の若者と、TVを主な情報源としている50代以上とでは、価値観も判断基準も違う。特にDXを進めていく上では、この2つのマーケットは全く異なるものとして捉える必要がある。しかし、日本企業は生産年齢人口の構成や経営層のデジタル技術への知識不足などにより、経営においてデジタルに対するキャッチアップがしづらい構造になっている。

DXの手段ばかりに気を取られてしまうのも課題の1つに挙げられる。デジタル技術の把握と活用に忙殺されてしまい、結果として手段のみが先行。どのような顧客へどのような価値を提供しているのか分からないまま投資が行われている状況に陥りがちだ。西口氏によると、自社ビジネスが当該マーケットで100%のシェアを取った際、顧客の人数はどれくらいになるかという質問に答えられる経営者はほとんどいないという。売り上げベースで答えることはできても、人数に置き換えることができないのだ。

しかし、人数×単価×購買頻度が分からなければ、“地図がないまま仕事をしている状態”と同じ。さらに、顧客がどんな世界の住人なのかも重要なポイントになる。顧客がデジタルの世界で過ごしているか、物理的な世界で過ごしているかで、取るべきリーチの手段は大きく異なり、マーケットを誤るとスケールしにくい時代になってきているそうだ。

「少なくとも現在の顧客、離反している顧客、認知しているが未購買の顧客、未認知の顧客の数を把握しておかなければ、DXへの投資効果は期待できません」(西口氏)