「Neiman Marcus」「Lord & Taylor」「JC Penny」といった百貨店。ショッピングモール運営大手の「Washington Prime Group」。アパレルの「Brooks Brothers」「J. Crew」「Lucky Brand」。グリル料理レストランの「Sizzler」、ピザの「California Pizza Kitchen」、「Ruby Tuesday」といった飲食チェーン。レンタカーの「Hertz」。フィットネスジムの「Gold’s Gym」や「24 Hour Fitness」。楽器店の「Guitar Center」など。新型コロナ禍の1年で米国では数多くのビジネスが破産を宣告した。

その一方でコロナ禍を通じて成長したビジネスもある。テレワークをサポートするIT企業、オンラインショップとEコマースプラットフォーム、自粛生活でニーズが拡大したゲームやデジタルエンターテインメント、物流、そして医療・衛生など。

そうした中、米国で今、「スモールビジネス」がコロナ禍の予期されていなかった勝者として注目を集めている。メリーランド大学の経済学者であるJohn Haltiwanger氏が6月に発表した論文「Entrepreneurship during the COVID-19 pandemic: Evidence from the business formation statistics」によると、2020年にスモールビジネスを中心とした起業数が過去最高を記録した。

  • 国勢データから、米国における新規事業の月間申請数の推移。2020年は2〜3月に落ち込んだものの、後半に急増。コロナ禍が新規事業や新たな市場開拓のチャンスにつながっている(Entrepreneurship during the COVID-19 pandemic)

    国勢データから、米国における新規事業の月間申請数の推移。2020年は2〜3月に落ち込んだものの、後半に急増。コロナ禍が新規事業や新たな市場開拓のチャンスにつながっている(Entrepreneurship during the COVID-19 pandemic)

COVID-19の感染が拡大し始めた昨年3月時点で、米国では全体の約8.5%、およそ60万件が事業を完全閉鎖すると見られていた。中でも大きな影響を受けると分析されたのが中小事業であり、悲惨な状況が予想されていた。

ところが、それから1年。連邦準備理事会(FRB)が今年4月に公表したデータによると、米国の1年間の倒産件数は当初の予想を大きく下回る20万件以下。中小事業への影響、雇用への影響が予想より抑えられている。その原因をFRBは明らかにしていないが、大きく2つが指摘されている。

1つは、新型コロナウイルス対策として中小企業向けに提供された「給与保護プログラム」(PPP:Paycheck Protection Program)という融資プログラムだ。2.5カ月分(上限1000万ドル)の人件費を融資し、条件を満たした上で給与や保険料、家賃などの支払いに充てた場合は返済が免除される。トランプ政権が昨年3月下旬という早い段階で総額2兆ドルの大型経済対策を成立させ、その支援の柱としてPPPを設けたことで、新型コロナ禍を通じて多くの中小企業が給与や家賃の支払いを継続できた。

サブプライムローン問題の時と比べると、2007〜2008年は、住宅バブルが崩壊し、株式市場も急落。景気減速に企業は体力を奪われ、銀行が融資を停止したことで回復に時間がかかった。対照的に、コロナ禍では何兆ドルもの政府支出が行われ、中小企業を対象とした手厚い支援、そして連邦準備制度(FRB)の量的緩和政策によって金融危機が回避された。金融機関の財務体質が悪化することなく、コロナ禍にあっても事業家が必要とする投資への資金を獲得できている。

Wall Street Journalの「Small Businesses on One Chicago Street Struggle to Meet Demand as Covid-19 Restrictions End」によると、シカゴのロスコーストリートには50近いビジネスがひしめき、その内の5つがコロナ禍で倒産した。しかし、経済状況に底力があり、ワクチン接種拡大に伴う再オープンの波に乗って10の新しいビジネスが誕生した。

ただし、そうした店舗を持つスモールビジネスの伸びはテキサスやフロリダ、ジョージアのような比較的家賃が低い州・地域で勢いがあり、カリフォルニアやニューヨーク/ニュージャージーのようにコロナ禍で家賃が下落してもまだ高い地域は回復が鈍い。

ところが、カリフォルニアなどでの新事業申請も多いのだ。その背景にあるのがもう1つの理由、リーマンショックの時にはなかったEコマースプラットフォームの存在である。Shopifyの創業は2006年、Stripeは2009年に誕生した。今日のスモールビジネスは、それらを利用して簡単に事業のオンライン化や新たなEコマースビジネスの立ち上げを実現している。Haltiwanger氏によると、今や新たな事業申請の3件に1件が実店舗を持たないオンライン小売りである。

  • 2019年から2020年に新規事業申請件数が増えた事業カテゴリーのトップ10、最も伸びたのは「Non-store Retailers」(Entrepreneurship during the COVID-19 pandemic)

米国に暮らしながら日本のニュースにも毎日触れていると、日本と米国でポストコロナに向けた再開の意識の違いを感じる。感染者の増加を抑えられた日本にとって再開はコロナ禍以前の状態を示すのに対して、感染者の爆発的な増加で日常の生活やビジネスが破綻した米国ではコロナ禍前にはもう戻らないという意識が強い。再開は再構築であり、例えばコンタクトレスやハイブリッドな働き方が常態になると見られている。それを機に多くの人が新たな事業に挑んでいるのが、2020年後半から続くスモールビジネスの起業ブームを呼び込んでいる。もちろん、「喉元過ぎれば…」で以前と同じような生活が可能になったら再構築の意識が霧散する可能性もあるのだが、ワクチン接種拡大後もコロナ禍の影響が残る中で変化のスピードは速い。

日本の視点から日本と米国を比べると、感染拡大を抑えられてきた日本とワクチン接種拡大で再オープンが始まった米国、「経済を回す」ことに関してそれほど大きな差はないように見えるかもしれない。だが、米国はポストコロナの再構築に突き進んでいる。再開の意識の違いが将来、今のデジタル化の遅れのような差になってあらわれる可能性が懸念されるところだ。