日本で”吉本興行を辞めて独立する人”が注目された先週、米国でもクリエイターエコノミーが話題になった。

1月25日に米Facebook傘下のInstagramがクリエイターおよびビジネスのための分析ダッシュボード「Professional Dashboard」の提供を開始した。TikTokに対抗するショート動画サービス「Reels」の提供を昨年の春・夏に拡大し、次のステップとしてコンテンツクリエイターの収益機会の拡大に努め始めた。翌々日にFacebookが2020年10~12月期決算を発表した際にSheryl Sandberg氏(COO)はReelsについて、提供国が50カ国を超え、今はそれを活かしたマネタイゼーションの仕組みを構築する初期段階であるとした。

1月26日にはTwitterによるメルマガサービス「Revue」の買収が明らかになった。フリーランスのライターやジャーナリスト、または所属していた編集者が独立してニュースレターで独自のメディアを展開するケースが増えており、メルマガはニュースサービスの1つとして大きな存在になろうとしている。New York Timesによると、Facebookも同様のサービスの開発を進めているという。

  • リンクやビデオ、ツイートをドラッグ&ドロップし、情報豊富なニュースレターを簡単に作成できる「Revue」

    リンクやビデオ、ツイートをドラッグ&ドロップし、情報豊富なニュースレターを簡単に作成できる「Revue」

そして同じ26日に、YouTubeのSusan Wojcicki氏(CEO)がオープンレター「Our 2021 Prioritiesを公開、その中で過去3年間でコンテンツクリエイター、アーティスト、メディアに支払った金額が300億ドルを超えたことを明らかにし、引き続きクリエイターをサポートしていく姿勢を強調した。YouTubeの今後の可能性として、昨年インドから初期ベータを開始したショート動画サービス「Shorts」を真っ先に挙げた。

ひとつひとつは小さなニュースだが、先週一週間の動きを総合すると、クリエイターエコノミーの台頭、それに危機感を募らせる巨大ソーシャルメディアという構図が浮き彫りになる。

クリエイターエコノミーとは、独立したコンテンツクリエイターやアーティスト、キュレーター、コミュニティビルダーなどを中心に構築されている経済圏を指す。それらの仕事を支援する様々なソフトウェアツールやサービス、クリエイター達によるブランドも含まれる。

2020年はクリエイターエコノミーが急成長した年だったと言える。

  • 「TikTok」が世界で25億ダウンロードを突破。
  • ゲーム実況/配信「Twitch」のストリーマー数が倍増。
  • アーティストやクリエイターの収益化を支援するプラットフォーム「Patreon」が600万ユーザーを達成、9月に900万ドルの資金を調達した際の評価額は12億ドルだった。
  • メルマガの「Substack」でサブスクリプション契約するユーザーが25万ユーザーを突破、上位10のパブリッシャの年間売り上げの合計は1000万ドルを超える。
  • インフルエンサーメッセージ動画「Cameo」の2020年の動画販売が100万本突破。

新型コロナの世界的な流行によって、人々の生活様式が大きく変化し、それは大企業からスタートアップ、個人まで、ビジネスのあり方を大きく変えることになった。そうした中で、既存の巨大ソーシャルメディアのようにノイズだらけの環境ではなく、クリエイティビティを重んじて評価するサービス、製作や収益化をサポートするツールやサービスがクリエイターの支持を集めた。そして価値のあるコンテンツが消費者を惹きつけ、クリエイターの収益化の可能性が広がるというプラス循環が見られる。Knight Instituteがトップ100ソーシャルメディアプラットフォームのポピュラリティの順位をサービスの種類別にスコア化したところ、クリエイター型が1285ポイントでトップ。以下、2位ソーシャルメディア(978ポイント)、3位チャット(958ポイント)だった。

  • ユーザーの支持を背景に成長するクリエイター型のソーシャルメディアプラットフォーム、Knight Insutituteの「Top 100: The most popular social media platforms and what they can teach us」

これまで巨大IT企業は、新たに台頭してきたスタートアップを買収して取り込むことで新たな市場を手に入れてきた。しかし、今FacebookやGoogleは、米当局による反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いの訴訟に直面している。下院の反トラスト小委員会において、FacebookによるInstagram買収(2012年)は潜在的な競争相手の無力化が目的だったと指摘されるなど、買収に踏み切りにくい。加えて、近年のフェイクや誤解を招く情報の流布の問題で人々の不信感や嫌悪感の高まっているのも逆風となって、クリエイター重視の新進のサービスやツールの躍進を許している。どのようにアプローチすれば、クリエイターと利用者の関心を取り戻せるか‥、近年見られなかったソーシャルメディア大手の苦悩が伝わってくる。

クリエイターエコノミーの今後に目を向けると、中間層の成長がさらなる飛躍のカギになると見られている。クリエイターエコノミーの大きな問題の1つが「スーパースターの経済」が現れていること。プロスポーツや音楽、芸能などの世界に見られるもので、多くの選手や歌手が下積みを通じて低い報酬に苦しむ一方で、トップグループに巨額の報酬が集中する。メジャーリーガーや人気ユーチューバーのようなスーパースターは子供たちに夢を与えるが、スーパースターの経済は巨大企業による寡占と似た状態になり、パフォーマンスにはある程度の差しか存在しなくても競争が阻害され、市場の成長が阻まれる恐れがある。

米国人の7割以上が従業員より自営業者であることを望んでいるにもかかわらず、人々が自営業に踏み切らないのは「不安定な収入」「少ない収入」への恐れからだ。誰でもクリエイティブな才能をアピールして価値のあるコンテンツを届けられる、そうした方向にクリエイターエコノミーを繁栄させていくなら、エコノミーをスーパースターの経済からミドルクラスをより生み出せるものに変えていくべきだ。

例えば、膨大なコンテンツが存在するデジタルの世界ではロングテールが期待ほど栄えていない。理由の1つが、ユーザーが何を検索すればわかりにくく、他のユーザーが消費または購入したものを推薦するだけの基本的なレコメンドシステムに頼っているサービスが少なくないことだ。ユーザーが自分の興味のある分野以外のものを見ることが少なく、フィルターバブルに閉じ込められてしまう。結果、人気のあるクリエイターがさらに増幅され、新規参入者に光が当たりにくくなる。レコメンドシステムで使用するシグナルの幅を広げるのはもちろん、例えばTikTokはフィードに多様性を導入し、ユーザーがこれまでに視聴した動画とは異なる動画をパーソナライズに注入してフィルターバブルに対抗している。ユーザーの好みの多様性に奉仕し、ニッチに力を与える仕組みが、金持ちが裕福になる硬直したコミュニティではなく、新しい才能が次々に現れてくるダイナミックな環境につながる。

音楽は何度も再生され、面白いゲームは繰り返しプレイされて広告機会が増えるが、ポッドキャストで同じエピソードを何度も聞く人は少ない。だからといって、一度しか再生されないコンテンツの価値が低いわけではない。ニッチな需要に応えるコンテンツは、貴重なコンテンツ体験という点で見たら価値は大きい。流行の音楽や面白動画のように爆発的に再生されなくても、少しずつアクセスを積み重ねていくコンテンツを提供できるのもデジタルとネットの大きなメリットである。

広告はクリエイターをサポートしてくれるが、安定した収益のために広告表示を増やすことが目的になるとコンテンツに悪影響が及ぶ可能性も。収益モデルとクリエイターへの支払いを切り離す効果も指摘されている。TikTokのクリエイターファンドのように、才能を発掘し、その才能で生計を立てるのを支援する仕組みは、プラットフォームにとって負担である。だが、いずれ優れたエンゲージメントを生み出すクリエイターへの投資になる。

個人や小規模グループのクリエイターだからこそ、共同でコンテンツを作成したり、コラボレーションを利用してコンテンツの発見を促進するなど、仲間や同業者とのつながりが重要になる。例えば、昨年10月に400万ドルの資金を調達したStir。同社はコラボレーションや共同製作の際の収入の分配、分析ツールやバックオフィスツールの共有といったサービスを提供するプラットフォームとして注目されている。出資者には、YouTubeの共同設立者のChad Hurley氏やPatreonのJack Conte氏などが名を連ねている。オンラインコースを作成・販売するための一連の機能が揃えたプラットフォーム「Teachable」の場合、同じようなビジネスに取り組む教師やコーチがネットワークを作るのを支援するコミュニティ機能がサービスの強みになっている。

現実の世界でも、デジタルの世界でも、誰もが経済的な安定を確保し、上昇志向を持って学び、成長できる道があることが社会やプラットフォームの繁栄につながる。既存のソーシャルメディアも巻き込み、クリエイターエコノミーの「スーパースターの経済」がさらに悪化する可能性もあったが、巨大ITプラットフォームには今、強い逆風が吹いている。これまでの成功を活かし、トップクリエイターに適切なスポットライトを当てながら新規参入者を引き上げるようにバランスをとる。ミドルクラスのクリエイターが増えるように、クリエイターエコノミーが2021年に拡大していくと期待したい。