Twitterが出資し、著名なオープンソース・アーキテクトやエンジニアと共にソーシャルメディア向けのオープンな分散型の標準を開発している「Bluesky」が、1月21日に発足以来の大きなアップデートになる「 Ecosystem Review」を公開した。これが偶然なのか、それともこのタイミングを狙ったものなのか分からないが、トランプ問題が一段落した今、Blueskyのアップデートが提供される意義は大きい。

今、Twitterが困難な状況に置かれている。下は昨年12月から今年1月のTwitter株の推移だ。1月にトランプ前大統領のアカウントを凍結させてから急落した。

  • トランプ氏の再煽動の危険性が高いと見てトランプ氏のアカウントの永久停止に踏み切ったTwitter、大統領の発言力をも弱らせる影響力が懸念されることに

    トランプ氏の再煽動の危険性が高いと見てトランプ氏のアカウントの永久停止に踏み切ったTwitter、大統領の発言力をも弱らせる影響力が懸念されることに

トランプ前大統領の支持者が6日に連邦議会議事堂に乱入した事件を受け、TwitterやFacebookが「暴力の扇動」を理由に同氏のアカウントを凍結。一度解除されたものの、トランプ氏が沈静化を呼びかける一方で、大統領選で不正があったという主張を変えず、支持者を刺激し続けたため永久停止処分となった。

Facebookも同じように対応して株価を落としたが、トランプ氏が大統領時代に最も活用していたソーシャルメディアがTwitterであり、Twitterが凍結に踏み切った影響は大きい。サンフランシスコを拠点とする分析会社Zignal Labsの調査によると、複数のソーシャルメディアサイトがトランプ前大統領のアカウントを凍結させた翌週、選挙不正に関する会話のメンション数が250万件から69万件に72%も減少した。

トランプ氏は支持者を「愛国者たち」と呼び、新大統領の就任式までに新たな暴力を誘発する可能性があった。とはいえ、一企業が独断で大統領の発信を奪うのが適切なのか。言論の自由の観点から考えると、意志表明の自由の制限は、企業のサービス規約ではなく、法に基づいて行われるべきである。

1月13日にTwitterのジャック・ドーシーCEOは「(永久停止は)Twitterにとって正しい判断だったと信じている」としながらも、「Twitterで@realDonaldTrumpを永久停止にしたことと、それまでの経緯は称えられるものではなく、誇りにも思えない」とツイートした。

USA Todayの調査では、永久停止処分がトランプ支持者を刺激する可能性が懸念される中でも、61%がTwitterによる今回のアカウント停止を支持した。しかし、同時に一企業の判断で大統領の発言を封じこめられる影響力が危惧されている。

これが意味するのは、TwitterやFacebookといった一部の巨大な中央集権型プラットフォームに独占されたソーシャルメディアの限界だ。

中央集権型から分散型へ回帰

ティム・バーナーズ=リー氏が理想とするWebは、誰もが情報を共有して協力できるオープンなプラットフォームである。かつてTwitterはミニブログのプラットフォームとして広く開発者に開放されていた。ツイートを楽しめるユニークなクライアントがサードパーティから続々と登場し、今よりも自由にTwitterを利用できた。だが、オープンで公益的であるほど収益化が難しく、サービスを継続し、マネタイズしていく過程で中央集権型へと舵を切った経緯がある。以下は、2019年にBlueskyを発表した時のドーシー氏のツイートだ。

初期段階のTwitterは非常にオープンで、SMTP(電子メールプロトコル)のような分散型のインターネット標準になる可能性があると多くの人が見ていた。でも、様々な理由から私達は別の道を選び、Twitterの中央集権化を進めていった。当時はそれが合理的だったが、長い時間を経て多くのことが変わった。

ドーシーCEOは、中央集権型のソーシャルメディアプラットフォームにユーザーが集中する現状について3つの問題を指摘している。1つは、いじめや誤解を招くような情報といった近年深刻化する問題を、ソーシャルメディアがグローバルポリシーで一元的に対処する負担の重さ。ソーシャルメディアの価値がかつてのコンテンツのホスティングと削除から推奨アルゴリズムにシフトしているが、推奨アルゴリズムは概してプロプリエタリなものであり、ユーザーが別の推奨アルゴリズムを選択したり、代替となるサービスを構築することができないこと。そして既存のソーシャルメディアが、健全な情報をやり取りする会話より、論争や怒りを引き起こすコンテンツや会話をインセンティブとしていること。

今はブロックチェーンのように収益化を含めて分散型のアプローチを形にできるテクノロジーが現れている。だから、Blueskyを発足させた。

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Blueskyの「Ecosystem Review」は、Mastodonが採用する「ActivityPub」、オープンソースのメッセージングプロトコル「XMPP」、ティム・バーナーズ=リー氏のプロジェクト「Solid」など、様々な既存の分散型システムやアプリケーションに触れ、発見性、プライバシー、モデレーションなどソーシャルネットワークの重要な要素をどのように扱い、またそれらのシステムをベースにしたサービスがどのようにスケールアップし、相互運用を実現しているか、マネタイゼーションやビジネスモデルなど、幅広いトピックを取り上げている。

  • 「Ecosystem Review」は、イベントプラットフォームHappeningを作ったJay Graber氏をオーサーに、Mastodon開発者のEugen Rochko氏、P2PブラウザBeaker BrowserのPaul Frazee氏、ActivityPubのChristopher Lemmer Webber氏、InterPlanetary File SystemプロジェクトのMolly Mackinlay氏などが協力

ドーシー氏は、影響を受けた論文としてマイク・マスニック氏の「プラットフォームではなくプロトコルを:自由な言論への技術的アプローチ」を挙げている。そうした情報を総合して考えると、Blueskyは一部の巨大プラットフォームがソーシャルメディアをコントロールする状態を、標準プロトコルを通じてもっと大規模な競争が広がるようにしようとしている。Twitterも標準プトロコルを利用するサービスの1つになり、同じプロトコルを利用する新たなサービスとの競争に直面するという点では今のように安泰ではない。だが、社会の言論の自由を守るというような重責から解放され、Twitter独自の推奨アルゴリズムやユーザー体験の開発に注力できるようになり、そうした競争を通じてソーシャルメディアの進化が加速すると期待できる。分散型のシステムによって、政府による検閲など疎外された環境にある人達の言論を保護することも可能になる。

ただし、Blueskyはまだ初期段階で、脱中央集権化をActivityPubのような既存の分散型のシステムをベースに実現するのか、それとも一から新たなスタンダードを構築するのか、現時点ではまだ分からない。自由であることのリスクも考えられる。例えば、過激な保守派や陰謀論者が集まっていたParler(連邦議会議事堂の事件の後にサービス停止に)のようなSNSも、分散型のプロトコルを利用して活動することが可能になる。分散型のアプローチが本当に正しいのか、これまでの様々な取り組みを通じて分かってきたことをまとめているのが現段階である(極右グループの活動に使われていたSNS「Gab」のMastodonサーバーが排除に至った経緯など)。

Blueskyのプロトコルが形になるとしてもこれから長い時間を要するが、トランプ問題でソーシャルメディア・プラットフォームの影響力に多くの人が注目している。ユーザーのデータや富が集中する問題の議論だけで終わらずに、この機会に次世代のWebのあり方にも議論が広がってほしいと思う。

  • これまでのレビューに基づいて現在必要な人材を集めているBluesky、「構築には時間がかかる」としているが、完全に透明なプロセスで行うことを約束している