堅牢パソコンとして、世界で最も売れているノートパソコンが、タフブックである。
タフブックの第1号機は、1996年9月に発売した「CF-25」だ。レッツノートが、1996年6月に発売してから、3カ月後に登場しており、レッツノートと同様に、2026年に30周年の節目を迎える。
だが、レッツノートとタフブックは、まったく異なる流れのなかで生まれたものであり、別の誕生ストーリーが存在する。
では、いかにしてタフブックが誕生したのだろうか。その歴史を追ってみた。
タフブックの源流、堅牢な海外向けPC「CF-41」
タフブックの源流を辿ると、1994年9月に発売したノートパソコン「CF-41」に行き着く。タフブックのブランドが付く前の製品であるが、タフブックの代名詞である堅牢性の片鱗を感じさせるノートパソコンだったともいえる。
開発を担当したのは、当時の情報機器事業部であり、レッツノートが特別プロジェクト室から生まれたのとは異なるルーツを持つ。情報機器事業部では、海外PCメーカー向けにIBM互換機のOEMビジネスを主軸に展開しながら、自社ブランドによる海外事業の拡大を模索している段階にあった。
ある日、パナソニックの海外営業部門に、ひとつの提案が持ち込まれた。
「CD-ROMドライブを内蔵したノートパソコンを作ってもらえないか」――。
1986年に民営化された英国ガス会社であるBritish Gasからのオファーだった。
British Gasは、すでに複数のPCメーカーに同様の打診をしていたが、いずれも色よい返事が得られずに、パナソニックに白羽の矢を立てたのだ。
British Gasが、CD-ROMドライブの内蔵にこだわったのには理由があった。
同社では、保守を行う作業員たちが、分厚い紙の作業マニュアルを現場に持ち込み、それを参照しながら作業を行う方法を取っていた。だが、移動の際の負担が大きかったり、対象のマニュアルを忘れてしまい作業が滞ったりといった課題が発生していたのだ。 そこで、マニュアルを電子化して、CD-ROMに焼き、これを作業現場で再生、表示できるパソコンを求めていたのである。
だが、複数のパソコンメーカーが、製品化を断ってきた案件である。それには理由があった。
当時は、CD-ROMドライブを搭載したノートパソコンが作れるパソコンメーカーがまだなく、ノートパソコンの用途も、基本的にはオフィス内に設置した利用を想定したものだった。過酷な現場に持ち運んで利用する用途に、CD-ROMドライブを搭載するのは難しいと考えられていたのだ。
しかし、自社ブランドによるパソコン事業を確立したいと考えていた海外営業部門は、現場で使える新たなノートパソコンを、日本の開発部門に提案。他社には実現できないモノづくりによって、差別化を図ろうとしたのだ。他社が入り込めないニッチな領域にこそ、ビジネスチャンスがあると考えたのである。
開発チームは試行錯誤の結果、耐衝撃性の課題をクリア。キーボード部分を持ち上げ、内部のドライブに直接CD-ROMディスクをセットするユニークな構造を採用し、現場でCD-ROMが利用できるノートパソコンの製品化に成功したのだ。
この結果、完成した「CF-41」は、堅牢ノートパソコンとしては、世界で初めてCD-ROMドライブを内蔵した製品に位置づけられ、British Gasからは、約7100台の大型受注を獲得。これが、海外におけるパナソニックブランドのパソコン事業の礎を作ることになったのである。
CF-41は、1990年に稼働した兵庫県・神戸市の神戸工場で生産されており、日本のモノづくりの強みを示すことにもなったともいえる。
現場が求めたのは「工具」、タフブックの開発がはじまる
「CF-41」によって、大型受注を獲得したパナソニックは、早速、次の一手に踏み出した。それは、より頑丈なノートパソコンの開発であった。「CF-41」の成功をもとに、現場で使える堅牢性に、パナソニックブランドのノートパソコンが差別化できるポイントがあると感じたからだ。
だが、「CF-41」の納入直後に、目指す次の道程が、多くの困難を伴うことを思い知らされる出来事に直面することになった。
海外営業部門の担当者が、アフターフォローのため、British Gasの現場作業者のサービスカーに同乗したときのことだった。クルマのなかに置かれていた「CF-41」の姿を見て、大きなショックを受けた。
現場で徹底的に使い込まれていた「CF-41」の本体や液晶部分が、ボロボロの状態になっていたのだ。日本でのノートパソコンの使われ方からすれば、異常としかいいようがない姿だ。
実際、「CF-41」の使われ方を見てみると、連日、レンチやスパナなどの工具と一緒に作業現場に持ち込まれ、ときには、パイプの点検などのために地下にまで運ばれ、作業後は泥だらけの状態でサービスカーに積み込まれることの繰り返しだったのである。
当時の担当者は、「日本であればケースやカバンに入れて大切に持ちは運ぶが、そんな発想はまったくなく、工具のひとつと同じ扱いだった」と苦笑する。
日本のユーザーのように、高価なノートパソコンだから、丁寧に、大事に使うということではなく、作業の効率化のためには、どんな環境でも、工具と同じ感覚で、徹底して使い込むというのが海外ユーザーの常識であることに衝撃を受けた。だが、同時に、ここにビジネスチャンスがあることを直感したという。
実は、このとき、海外市場では、「堅牢性」を謳ったノートパソコンが、GRiDというメーカーから発売されていた。しかし、大きくて、かさばる割には、性能が低く、現場のニーズを満足させることはできていなかったという。
パナソニックの担当者は、このノートパソコンを入手して、日本に持ち帰り、開発チームに対して、「これを遥かに超える堅牢ノートパソコンを作ってほしい。絶対にヒットする」と提案した。
それをきっかけに、タフブックの開発が本格的にスタートしたのである。その完成までには、3年近い歳月がかかっている。
タフブックで目指したのは、「現場で、道具として働けるパソコン」であった。
欧米では、作業現場へのIT投資が加速しはじめた時期であり、一般的なノートパソコンを現場に導入した結果、相次ぐ故障が発生し、修理コストが増加。IT部門にとっては大きな課題となっていた。現場利用が増加するのに従い、ノートパソコンに対する頑丈さを求める声は日増しに高まっていったのである。
初代タフブック「CF-25」の誕生、堅牢ノートパソコンの象徴へ
パナソニックの開発チームは、「タフなモノ」の条件として、「耐衝撃」、「耐振動」、「防滴」、「防塵」の4点を掲げ、これを追求することを目指した。
とくに、こだわったのが「耐衝撃」である。ノートパソコンが壊れる原因として最も多いのが、運搬中の落下であることに着目。70cmの高さから落下しても壊れないように、キャビネットの材料選定から始めていった。
検討の対象としたのは、カーボン樹脂、マグネシウム合金、アルミニウム合金の3つである。何度も試験を繰り返した結果、比重が1.8と軽量で、衝撃波の減衰特性が優れているマグネシウム合金を採用することにした。
当時は樹脂を使った製品が多いなかで、成形が難しく、歩留まりが悪いというマグネシアム合金をあえて採用したのも堅牢ノートパソコンの実現に向けた強い意思の表れだ。開発チームは、設計や製造方法に改良を加えて、堅牢性と軽量化を両立していった。
また、液晶部の耐久性を高めるために、独自の剛体構造を採用。落下時などの衝撃を両面スポンジで吸収するとともに、たわみによる破損を防ぐためにインターナルバンパーを採用している。
さらに、HDDを保護するためには、新たに開発したゲル状シリコンを使用した特殊緩衝材を使用し、衝撃を吸収するようにしたという。
「耐振動」では、クルマでの移動時に発生する振動に対応できるようにした。欧米では、ノートパソコンを助手席に無造作に放り投げ、長距離移動するというシーンが一般的だ。クルマの振動は不規則であり、持続的であるため、負担が大きい。この振動に耐えることができる構造を検討し、振動周波数の変化にも幅広く対応できる保護用スポンジを採用したという。
防塵や防滴のための工夫も凝らされた。利用現場でのトラブルの原因を調べると、オフィスではコーヒーをこぼしたり、屋外では突然の雨に降られたりといった理由が多いことがわかった。そこで、キーボードが水に濡れたり、コーヒーがこぼれたりしても、キーボード下のプレート上で留まり、CPUやHDDなどの重要な部品がある内部までは到達しない構造を採用した。
一方、高性能CPUを採用すると、パソコン本体内にはファンが必要になるが、防塵や防滴のためには、放熱口を開けることができないという相反する要件を解決しなくてはならない課題にも直面した。開発チームは、主要部品の熱に対する課題を整理し、熱が発生する部分をできるだけ分散させたレイアウトを採用することで、熱に弱い部品への影響を最小化。その結果、ファンが無くても安定した性能を発揮できるようにした。
さらに、液晶表面は、アクリルパネルで保護し、キャビネットとの隙間をパッキンでカバー。埃や水滴を本体に侵入しにくくしているほか、すべてのポート部に防水パッキンカバーを取り付けた。
デザインにもこだわりがある。道具箱のようにして使えるように、ハンドルをつけ、キャビネットは、手から滑り落ちにくいように大胆に凹凸を付けた。これも「現場で、道具として働けるパソコン」を象徴するものとなった。
このようにして完成した「CF-25」は、10.4型TFT液晶画面を搭載し、CPUにはPentium(100MHz)を採用。HDDは840MBを搭載するとともに、様々なインターフェースを採用している。高性能を達成しながらも、従来モデルに比べて、約3倍という耐衝撃性能を実現し、堅牢ノートパソコンと呼ぶに相応しい仕様を実現した。
「CF-25」の開発は神戸工場で行われ、生産も同様に神戸工場で行われた。
銃弾に耐える伝説、米警察にハマったタフブックのヒット
「CF-25」の発売とほぼ同時期に、海外営業部門はある情報を入手した。米国において、警察車両にノートパソコンを搭載する大規模国家プロジェクトがスタートするという内容だ。警察車両に搭載するとなれば、当然、堅牢性が求められる。誕生したばかりのタフブックにとっては、まさに「的を射た」市場だ。
パナソニックでは、すぐに専任の営業チームを立ち上げて提案活動を開始した。この迅速な組織の設置が、タフブックの営業活動に功を奏した。連邦制の米国では、各州警察や自治体警察ごとに採用を決定するため、専任営業チームは全米2000カ所以上の警察を訪問し、タフブックの魅力を提案しつづけていったのだ。
堅牢性が求められる環境で、タフブックの性能は見事にマッチした。
そして、あるとき、こんな噂が出回ったという。
「銃撃戦の際、ほかの場所に当たり、跳ね返った銃弾がタフブックにヒットした。だが、それでもタフブックはちゃんと動作した」
この話が評判を呼び、警察だけでなく、FBIなどの政府機関にも、タフブックが導入されていったという。現在も、北米の警察では、数多くのタフブックが導入されており、この領域では、約半分の市場シェアを持っている。
ちなみに、タフブックの名称は、北米の販売会社であるパナソニックPCカンパニー(PPCC)で決定したという。北米向けマーケティング戦略を検討するなかで、ブランディング会社ともに名称を考案。その結果、「タフブック(TOUGHBOOK)」の製品名が誕生した。厳しい環境にも耐える堅牢性を訴求するには最適な名称だといえよう。
一方で、日本では、同じ製品を「PRONOTE FG(エフジー)」と呼んだ。PRONOTEの製品名は、国内向けに展開していたDOS/Vパソコンで使用しており、FGには「Field Gear(フィールドギア)」の意味を込めている。2002年には、国内でも名称をタフブックに統一している。
(続く)








