今回は、航空機というか、半分は宇宙に突っ込んだ話を取り上げてみたい。実のところ、目新しい話題ではないが、最近になって広まっている種類の話題ではある。それが「航空機からの衛星打ち上げ」。

航空機を1段目の代わりにする

普通、人工衛星を打ち上げる時は、地上からロケットを使って発射する。我が国でも、鹿児島県の内之浦や種子島で、衛星打ち上げのためのロケット発射が行われている。

こういう場面で使用するロケットはたいてい多段式(2~3段が一般的)で、1段目でゼロから加速して、それが燃料を使い果たしたら切り離す。そして2段目のロケットに点火して、また加速する。三段目についても以下同文。そして、積荷(ペイロード)となる人工衛星は、最上段に載せられている。

理屈の上では、大型で大推力、かつ燃焼時間の長いロケットで一気に所要の速度まで加速することもできそうなものだが、実際にはそれはやらない。多段式にすれば、空になった燃料タンクやロケット本体を段階的に切り離して身軽にできるので、2段目、3段目のロケットにかかる負担は少なくなる。結果として、上の段ほどコンパクトで身軽にできる。

では、本稿の本題である「航空機からの打ち上げ」ではどういうことになるか。ロケットにペイロードを搭載するところは同じだが、そのロケットを飛行機に載せて離陸させる。そして、空中でロケットを切り離して点火、上昇させる。つまり、地上から加速するとともに高度をとる第一段ロケットの仕事を、代わりに航空機にやらせるのだといえる。

この方法には、いくつかのメリットがある。

まず、1段目ロケットの代わりを務める航空機は、用が済んだら地上に戻ってくるわけだから、再利用が可能である。ロケットを使い捨てにしなくても済むわけだが、ロケットを搭載して上昇するには相応に大型の機体が必要になるため、圧倒的なコストダウンになるかというと、疑問はある。

しかし、別のメリットもある。それは、発射地点をある程度、自由に選べるようになること。陸上から発射するには、まず衛星打ち上げに適した場所に土地を確保して、管制センターや射点などの設備を整えなければならない。衛星を投入する軌道の関係、そして打ち上げに必要な加速の関係から、できるだけ赤道に近く、南側が開けた場所が好ましいのだが、そんな都合のよい場所が必ずあるとは限らない。

しかし航空機から発射する場合には、その「都合のよい場所」から離陸させなくても、そこまで飛行機が飛んでいけばよい。発進する飛行場が内陸にあっても、そこから洋上まで飛んだ上でロケットを切り離す、なんていうこともできる。

しかし、デメリットもある。ロケットとペイロード・全体のサイズと質量は、それを載せる発射母機の搭載量で制約される。ストラトローンチのように、ばかでかい専用機を作ってしまうケースもないわけではないが、普通は既存の大型多発機を転用するので、機種選定の時点でロケットの規模も決まってしまう。

現時点では、比較的小型のロケットを使い、低高度の軌道に小型の周回衛星を打ち上げる用途がメインになっている。その背景には、こうした制約があると考えられる。

ペガサス・ロケット

この手の、航空機を使った衛星打ち上げとして歴史が長いのは、オービタル・サイエンス(現在はノースロップ・グラマン)が開発したペガサス。最初の打ち上げを実施したのは1990年だから、もう30年を超える歴史がある。ロケットのサイズは全長16.9m(拡大型のペガサスXLでは17.6m)、ペイロードは443kg。

  • ペガサスXLロケットを胴体下に搭載したL-1011トライスター改造機 写真:USAF

    ペガサスXLロケットを胴体下に搭載したL-1011トライスター改造機 写真:USAF

これを、当初は米航空宇宙局(NASA : National Aeronautics and Space Administration)が保有しているB-52の翼下兵装パイロンに吊るして飛ばしていた。その後、ロッキードL-1011トライスターを改造した専用機「スターゲイザー」を使用するようになって現在に至る。「スターゲイザー」の場合、ロケットは胴体下面に新設したパイロンに吊るしている。

トライスターを使ったロケット空中発進というと、デイル・ブラウンの小説『スカイ・マスターズ』にも出てくるが、こちらはロケットを機内に搭載して、それを外部に投下・発進させるという設定だった。しかしそれでは、発射の際にいちいち、機内の与圧を解除しなければならないから手間がかかるし、構造上も面倒になる。現実には、「スターゲイザー」のように外部搭載にする方が無理がない。後で出てくる他の事例もみんな、外部搭載である。

その他のロケット

ストラトローンチは、マイクロソフトの共同創業者として知られる故ポール・アレン氏と、スケールド・コンポジッツの創業者であるバート・ルータン氏が、2011年に設立した会社。この会社がすごいのは、発射母機から新規に起こしてしまったことで、それをスケールド・コンポジッツが手掛けた。

その機体が、「モデル351ストラトローンチ」。翼幅が117mもある双胴機で、左右の胴体を一枚の主翼でつないでいる。そして、胴体の外側部分に、プラット&ホイットニーのPW4056エンジンを3基ずつ、合計6基を並べた。打ち上げロケットは、左右の胴体の間の主翼下面に吊るす。燃料やロケットも含めた総重量は、540トンもあるそうだ。

  • 翼幅が117mにわたる双胴機「モデル351ストラトローンチ」。左右の胴体を一枚の主翼でつないでいる 写真:スケールド・コンポジッツ

ただしロケットのほうは新規開発を断念、ペガサスを使うことになった。それなら「スターゲイザー」でよくないか? という話になりかねないように思えるのだが……といっていたら、ポール・アレン氏が亡くなった後、事業は足踏み状態にある。ストラトローンチは2021年4月に2度目の飛行を実施したものの、同機の今後がどうなるかは予断を許さない。

このほか、ヴァージン・ギャラクティックが2012年に発表した「ランチャーワン」がある。ペイロード300kgのロケットをボーイング747-400に搭載して空中発進させるもので、2021年1月に初めて、打ち上げを成功裏に実施した。6月にも、米陸軍の実験衛星打ち上げに成功している。

そして7月20日に、韓国の大韓航空が、747-400を使った打ち上げロケットの空中発進について、実現可能性研究に乗り出すとの報道があった。まだ実現可能性研究の段階だから、具体的なスペックまで云々するのは時期尚早。

ヴァージン・ギャラクティックにしろ大韓航空にしろ、母機に747の名前を挙げているわけだが、ペイロードが大きいだけでなく、民航の余剰機を手に入れやすい事情があるのかもしれない。COVID-19に起因する需要減退のせいで、経済性に劣る4発機の出番が減り、機材がだぶついている昨今ならなおさらだ。

2021年8月11日11時17分、訂正:記事初出時、宮崎県の内之浦と記載しておりましたが、正しくは鹿児島県の内之浦となりますので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。