ここに「世界との戦いを諦めていない人物」がいます。
『相棒』『TIGER & BUNNY』『どろろ』など、テレビドラマや映画、アニメの楽曲を手掛けてきた日本を代表する作曲家、池頼広氏です。
そんな池氏には、もう1つの顔があります。
2026年で10周年を迎えた、デジタルカードゲーム『Shadowverse(以下、シャドバ)』シリーズの作曲家としての顔です。
文・取材=松永華佳
編集・取材=小川翔太
シャドバのゲーム音楽はシリーズを通して、池氏が作曲してきたものです。
単一タイトルの楽曲を、特定の作曲家が担当することは珍しいことではありませんが、シャドバのような運営型のゲームはやや事情が異なります。
シャドバに登場する多様なクラス/リーダー(キャラクター)には、それぞれに魅力的なテーマ曲が用意されており、タイトル画面、ストーリーモード、対戦中など、シーンに応じたユニークな楽曲が数多く制作されています。
加えて、数ヶ月ごとに追加のカードパックが販売されるため、そのたびにPV用の新たな楽曲が作られ続けます。またシャドバは「eスポーツ」でもあるので、世界大会のテーマ曲など、イベントのために特別な楽曲が新たに作成されることもあります。
そんな中、2026年6月20日~21日、シャドバ10周年記念イベント「Shadowverse Fes 2026」(幕張メッセ)にて、池氏の指揮によるオーケストラコンサートが実施されました。
今回は、特別インタビューとして、終演直後の池氏にお話を伺いました。
シャドバの楽曲は全て「オーケストラで演奏すること」を想定して作っている
──池さんは10年前からシャドバの楽曲制作に携わっていますが、2025年に『Shadowverse: Worlds Beyond(以下、シャドバWB)』が新作タイトルとしてリリースされるという大きな節目がありました。新作リリースにあたって、Cygamesからの楽曲についてのオーダーに変化はありましたか。
シャドバWBでは、新しく「シャドバパーク」という空間が作られるということもあり「ライトタッチな音楽を増やしたい」というリクエストがありました。
ただ、蓋を開けてみると、アクション曲は派手な方が良いという話になり、最終的にはどんどん激しくかっこいい曲が中心になっていきました。
──『シャドバWB』リリースにあたって、池さんが楽曲制作で意識されたことや盛り込んだ要素はありますか。
実は、今回のようなオーケストラでのコンサートがあっても「演奏できる」ように書いていました。
以前、2020年にも幕張メッセでのコンサートを実施したので、オーケストラとしてコンサートをやった時に再現性がある楽曲になるように意識していました。
──「またオーケストラで演奏するかもしれない」という想定で書かれたということですか。
そうですね。ゲームの音楽を書こうとすると、オーケストラで再現性がないことをいくらでも書けてしまうんですよね。
ただ、シャドバの楽曲については、オーケストラコンサートがあった時に、きちんと皆さんに元に近い形でお届けできるように作曲しています。
──今回のShadowverse Fes 2026におけるオーケストラコンサートでは、1日目は前作シャドバの楽曲、2日目はシャドバWBの楽曲が演奏されました。この10年間、数々のシャドバの楽曲を作られてきた中で、最も挑戦的だった楽曲はどの曲でしょうか。
Cygames主催としての初の世界大会「Shadowverse World Grand Prix 2018」に向けて作った楽曲の「大いなる決闘」ですね。
当時、僕はちょうどアメリカに仕事で行っていて、スタジオに向かってる途中で、SNSで話題になっていることを周りが教えてくれました。
そして、スタジオに着いたらケーキやクラッカーでみんながお祝いをしてくれたんです。「どうしたの?誕生日じゃないよ」と言ったら、「iTunes Storeで1位になってる!」と、みんなが教えてくれ、非常に驚きました。
「大いなる決闘」は、何が世界大会でウケるのか、どういうものが聴いている人の記憶に残るのかと本当に悩んで書いたので、特に印象に残っています。
──どういう点にこだわって作られたのでしょうか。
世界大会だからかっこよくないといけないし、覚えやすさも意識しました。ただ、「覚えやすい」と「かっこいい」がなかなか共存せず、苦労しました。
メロディーが覚えやすいと、聴いた時にすぐキャッチできるんです。雰囲気だけ覚えられる曲というのは、映画音楽などでもよくあるんですが、ちゃんとメロディーが覚えられる方が良いなと思っていました。
──それは世界大会の楽曲以外でも意識していますか。
シャドバの楽曲全体で意識していますね。
──これは愚問かもしれませんが、池さんでも作曲に苦労した楽曲というのはあるのでしょうか。
新弾カードパックのPV曲はかなり地獄な仕事です(笑)。2ヶ月に1度、テーマ曲を書き続けるのは、結構大変です。
ローウェンは友達に吹いてもらった、ラヴサインは「スパイスの匂い」がする
──PV曲だけでなく、各クラスのリーダーにもかっこいいテーマ曲を作られていますが、その中で印象に残っているものはありますか。
ローウェンのテーマ曲ですね。金管のフレーズの限界に挑戦した楽曲です。幸い、金管楽器の演奏者が友達にいて、楽曲を書いてから「こんなの吹ける?」と聞いたら「大丈夫だよ」と言ってくれたので、良いものができたと思います。
──シャドバWBのリーダーのテーマ曲の中では、どの楽曲が印象に残っていますか。
伽藍のテーマ曲が印象に残っています。中華風のサウンドや武術のイメージを盛り込むような工夫をしました。
あとは、ラヴサインのテーマ曲は、レコーディングで苦労もしたし、ちょっと面白かった楽曲です。メロディーを聞いた時に、スパイスが匂い立つような雰囲気を意識しました。
シャドバというのはゲーム中にメインストーリーを除いて、あまりキャラクターの人格が出てくるわけではないので、設定資料のようなものはいただきつつも、自分のなかでストーリーを膨らませて、キャラクターのイメージをつけながら制作しています。
──「スパイスが匂い立つ…」なんとなくわかる気がします。他にも、個人的に思い入れが強い曲はありますか。
前作シャドバ第15弾の「Ultimate Colosseum / アルティメットコロシアム」は、挑戦的でしたし、大好きな楽曲の一つです。楽曲の収録時に、搭乗している飛行機が落ちかけて、アリゾナの空港に緊急着陸をしました。その影響で少しレコーディングに遅れる事件が発生したこともあり、印象に残っています。
シャドバ10周年を記念した楽曲『Unbound Chronicles / エンドレス・レコード』も、ソプラノのソロが入っていてかっこ良いので気に入っています。皆さんが絶対知ってる「あのメロディー」をオープニングから入れようと前から考えていたんです。
シャドバWBの楽曲にも、もちろんシャドバ時代の血が脈々と流れています。意識しなくとも、自然とそうなっていくんです。例えば、伽藍にローウェンの要素があったり、キャラクターのデザインが近かったりすると、勝手にイメージが寄っていってしまう部分があります。
「流行り」に乗らない曲作りで、作曲家としての社会的責任を果たす
──池さんが作られた楽曲は、どの曲も「シャドバらしさ」があるなと感じるのですが、何か意識して入れている要素はあるのでしょうか。
自分でも意識しているわけではないのですが、シャドバイズムがありますよね。
例えば、『相棒』シリーズの楽曲も手がけているのですが、「相棒の曲は全部相棒っぽい」と言われます。シャドバも10年もやっていると、「全部シャドバっぽい」となるんでしょうね。
また、安易に流行りに流されないようにはしています。シャドバとして大事にすべきことを大切にしています。それがシャドバイズムなのかもしれません。
作曲家としてのチャレンジの一環でいたずら心を持ちながら、作曲家としての社会的責任をちゃんと果たしていきたいと考えています。
──お話を聞いていて、池さん自身がシャドバの世界観を心から楽しんでいらっしゃるような印象を受けました。シャドバの楽曲制作で、どんなところにワクワクしたり、インスピレーションを感じたりしますか。
いたずらっ子みたいな感覚なんです。「今までやったことないし、こんなことやってみようかな」みたいな感じで、とりあえず案を出してみるんです。
言った後に「これはまずいかも」と後悔することもあるんですが、言ったからには頑張ってやり遂げています(笑)。
10周年の楽曲も、いつもと違う感じで、かつ10周年っぽくというリクエストがあったので、「じゃあやったことないし、ソプラノソロでも入れてみますか?」と言ってみました。
──いたずら心でやってみようとなったアイディアは他にもありますか。
アクション曲に関しては、ほとんどの楽曲がそうですね。例えば、金管プレイヤーの顔が思い浮かんだ時に、「彼にこんな譜面を吹かせてちょっと困らせてやろう」とか(笑)。そんないたずらっ子な感覚で書くこともあります。
コンサート初日で披露した、エリカのテーマ曲のアレンジも遊び心からですね。僕自身が作曲している楽曲で、著作権が僕にあるので、何をやってもいいんです(笑)。だから、思い切ってロックにしてみました。
──今年、シャドバは10周年の節目で、今後も長く続いていくコンテンツになると思いますが、今後の楽曲に関して、考えていることはありますか。
実現は大変だとは思いますが、幕張メッセでのコンサートでこれだけ多くの方に喜んでもらえているので、いつの日かちゃんとしたクラシックが演奏できるコンサートホールで披露したいという想いはあります。
「お金払うからコンサートホールでやってくれ」という観客の声があったという話も聞きました(笑)。
あれだけ激しい曲が連続するなんてあり得ない「狂気のコンサート」
──今回のShadowverse Fes 2026でのコンサート作りで意識されたことはありましたか。
Day2のセットリストは、狂気です(笑)。あれだけ激しい曲が連続するなんて、普通のコンサートじゃありえないです。誰か倒れてしまうんじゃないかと心配しました。
特にトロンボーンの人に申し訳なくて、ずっと謝ってました。そんなつもりで書いていませんでしたが、激しい曲を並べたら、トロンボーンがずっと吹きっぱなしでしたね。
──たしかに、途中のトークパートも短かったので、皆さん演奏しっぱなしだったように思えます。
今日トークが短かったのは、実は巻きで進行していたからなんです。
今日のオケメンバーの中で、コンサートが10分押すと次の仕事に間に合わなくなるという方がいたので、トークを少し削らせてもらいました。やはり実力がある方は、あちこちで呼ばれるので忙しいんですよね。
なかなかこの人数で、トップクラスの方々を揃えるというのは難しく、今回のコンサートが実現できたのはかなり奇跡的です。
──Shadowverse Fes 2026でのオーケストラコンサートは、SNSでも反響がすごく、現地で演奏を聴いて泣いた方もいらっしゃったそうです。そういった反響を受けて、どう感じますか。
実は、ずっと僕の楽曲を聴きながらシャドバをプレイしてくれている人がいるというのは、ものすごくプレッシャーに感じているんです。だからこそ、ちゃんとやりたいんです。
嘘なく、「オーケストラっぽい」ではなく、しっかりオーケストラで鳴らせるサウンドを書く。オーケストラでできないものは、僕にとっては嘘になります。そういう嘘をつかないというのは、責任感として持っています。
──『シャドバWB』では、新たに「超進化」というシステムが追加されました。池さん自身が「超進化」したことについてもお聞かせいただけますか。
ここ7~8年くらい、より大きく響くサウンドを求めて、アメリカでレコーディングをしています。
一度向こうで始めてしまったらやめられなくなってしまって、ずっとアメリカでレコーディングをしているので、日本のミュージシャンの皆さんにはちょっと申し訳なく思っています。
やはり、向こうのスタジオは日本のスタジオより大きいんです。今回のコンサートで披露したようなオーケストラの規模ですら、日本のスタジオには入れないんです。
だから、シャドバのPV曲などの録音は、今日のオーケストラよりも大きな編成で、アメリカで録っています。日本でやるとなったら、もうホールでレコーディングするしかないんですよね。
──今回のコンサートでも異例なことや挑戦的なことが多かったように思えます。池さん自身、ゲーム音楽を通じて、伝統的なコンサートやクラシックをアップデートしたい(進化させたい)という想いがあったりもされるのでしょうか。
いえいえ、そんな大それたことは考えておりません。巨匠の作曲家の凄さってのはもう計り知れないぐらいすごいので。
ただ、海外の大きなゲームの音楽はやはりすごくて、そういうのに負けたくないという気持ちはあります。Cygamesのゲーム音楽が負けたら「どこが勝つんだ」と。
──シャドバの楽曲がここまで愛されているのは「ゲームをプレイして何度も楽曲を聞く人」に向けて作られているのは勿論のこと、「世界でも通用すること」「オーケストラで演奏できること」など、「ただのゲーム音楽で終わらせない」と池さんが真剣に向き合っているからなのだと感じました。最後に、このインタビューを通じて、読者に伝えたいことはありますか。
人生諦めずに頑張りましょう。日本で長く生きてきた人間として、みんな諦めずに頑張ろうねと伝えたいです。負けるな日本。
──本日は、ありがとうございました!








