新型コロナウイルスの影響でテレワークが急速に拡大する中、多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速しています。2020年5月に発表された3,770名のIT部門のリーダーを対象に行われたCitrixの調査では、IT幹部リーダーの72%が「テレワークへの急速な移行によってDXが加速している」と回答しました。

しかし、そのDXの波に乗り切れていない業界もあります。その典型的な例は金融業界です。金融業界にはもちろん、扱う情報の機密性、止めることのできないインフラとしての重要性といった特性がありますが、DXが遅れている要因の一つはレガシーシステムです。

レガシーシステムは、以前からDXの壁として指摘されてきました。経済産業省が2018年に発行した「DXレポート」でも7割の企業がレガシーシステムをDXの足かせと感じ、保守・運用が属人的になり続承が難しいと感じていることが明らかになっています。これは2025年問題としても注目を集めていますが、システムの開発・メンテナンスを行ってきた人材が定年退職する2025年にはレガシーシステムの延命保守が難しくなることが懸念されています。この問題は、2018年の時点で「レガシーシステムはない」と答えた企業が唯一0%だった金融業界ではより深刻です。

  • 「既にレガシーシステムがない」と回答がゼロだった金融業界 出典:経産産業省DXレポート

APIの活用でレガシーシステムを解体せずにDX推進

しかし、レガシーシステムを解体して再構築するとなると、IT部門に大きな負荷がかかります。その一つの打開策として注目されているのがAPIを介したレガシーシステム内の情報を活用する方法です。

その方法とは、レガシーシステムは解体せずそのままにしておき、レガシーシステムにつながるAPIを用いてよりユーザービリティの高いシステムでそのデータを活用するものです。この方法であれば、既存のITシステムに対して新たな価値を提供することが可能になります。オンプレミスとクラウドを活用したハイブリッドな環境の構築も可能になります。

そして、API活用を一歩先に進め、新しい銀行業のあり方を提案しているのが住信SBIネット銀行です。「NEOBANK」というブランドを掲げ、バンキングと生活の一体化を目指している同行は、API基盤などを通じて銀行サービスの必要な機能を提携先のサービスに融合して、顧客に提供するBaaS (Banking as a Service)でオープンバンク化を進めています。

求められる高いセキュリティを実現する

システムをよりオープンにしてAPI連携を進めるにあたっては、強固なセキュリティが必須です。「2021 Data Breach Investigations Report」によると、62%の企業がアプリケーションのセキュリティにあまり自信を持っておらず、43%の企業がアプリケーションに対するセキュリティ侵害を経験しています。アプリケーションやAPIはリスクを抱えている可能性が高く、モビリティの向上とマルチクラウドの採用は、単にアタックサーフェスを広げる可能性もあります。このため、すべての環境で強力なセキュリティ体制を実現する必要があるのです。

こうした中、近年注目されているゼロトラストセキュリティという考え方は、セキュリティ境界線の内側と外側を区別しないセキュリティ対策であり、APIを活用してサービスを連携している環境に適しています。「Cybersecurity Insiders Application Security Report 2018」では、脆弱性の92%がネットワークではなくアプリケーションに起因すると報告されており、あらゆる種類のアプリケーションをセキュアに保つことが重要になってきます。

しかし、金融庁が2021年6月30日に発表したゼロトラストの現状調査と事例分析に関する調査報告書では、ゼロトラスト・アーキテクチャの導入や積極採用に向けた取り組みを進めている金融機関はまだ少数ということが明らかになっています。

業務の複雑性や扱うデータ機密性から、DXがなかなか進まないといわれている金融業界ですが、コロナの影響で人々の暮らしが変化し、非接触型キャッシュレス決済や、外出自粛要請に伴うオンラインバンキングの利用の増加など、さまざまな場面でデジタル化が進む現在、デジタル化は必須となってきています。それに加え、デジタル庁設立により社会インフラのデジタル化の流れで、金融業界はこれまで以上にデジタル化が求められるでしょう。

そして、店舗を持たずインターネット上だけで限定的なサービスを提供する代わりに、使い勝手がよく、すっきりした経営形態によって、安い手数料や高い預金利息を提供するネオバンクの登場など、銀行としての競争力のためにも欠かせない要素になってきます。そして、他の業界同様に、DX推進は柔軟な働き方を実現し、優秀な人材の確保にもつながります。システム面でも働き方の面でも、より早く脱却することが今後の経営課題になることは間違いないでしょう。

著者プロフィール

國分俊宏 (こくぶん としひろ)

シトリックス・システムズ・ジャパン 株式会社 セールス・エンジニアリング統括本部 エンタープライズSE本部 本部長

グループウェアからデジタルワークスペースまで、一貫して働く「人」を支えるソリューションの導入をプリセースルとして支援している。現在は、ハイタッチビジネスのSE部 部長として、パフォーマンスを最大化できる働き方、ワークライフバランスを支援する最新技術を日本市場に浸透すべく奮闘中。