コロナ禍によってモノの需給が急変したことで、2020年以降、サプライチェーンが混乱する事例が相次いでいる。マスクの需要急増・売り切れを経て、海外からの輸入品が市場に出回り、一時マスクが投げ売り状態になったのは記憶に新しい。

資源の最適な配分は古くからの経営課題だ。特に原料調達、生産、流通、販売などサプライチェーンに携わる企業にとっては、サプライチェーンマネジメント(SCM)の高度化が課題解決の手段として注目される。

  • コロナ禍でサプライチェーンの混乱が相次ぐ

日本ブロックチェーン協会が7月27日に開催した定例会では、SCMの高度化に役立つ、ブロックチェーンを活用した新手法が取り上げられた。同手法は先ごろ、EYストラテジー・アンド・コンサルティングが開発、特許を取得したアルゴリズムを用いたもので、SCM最適化に役立つ在庫情報をデータプライバシーを確保しつつ、サプライチェーンを構成する企業間で共有する仕組みとなる。

SCMの課題となる在庫と需給のバランス

そもそもSCMとは、原材料の調達から商品の生産、消費者への販売に至るまでの生産・流通プロセスを一つの企業内だけでなく、複数の企業間で最適化することを目指す経営手法を指す。

定例会に登壇したEYストラテジー・アンド・コンサルティング シニアマネージャーの鈴木顕英(すずきけんえい)氏はSCMについて、「しかるべき時に、しかるべき品物を、適切な量だけ届ける適時・適品・適量が基本的な考え方となる。だが、機会損失を避けるため、小売企業、メーカー、サプライヤーなどは在庫を抱えるのが常であり、需要の急激な変化に在庫の変動が追い付けない点が課題だ」と分析する。

  • EYストラテジー・アンド・コンサルティング シニアマネージャーの鈴木顕英氏

近年では、改ざん耐性、高可用性、透明性という3つの特性を持つブロックチェーンを用いて、企業間でリアルタイムに在庫情報を共有してSCMの高度化を図る案が出てきている。小売店の売り場やサプライヤーの在庫情報を企業間で共有できれば、メーカーは需要を先読みして生産を早めたり、サプライヤーからの調達量を増やしたりできる。サプライヤーも原材料や部品の出荷スケジュールを調整するなど、さまざまな計画を立てることが可能になる。

しかし、在庫情報は営業上の秘密の最たるもので、企業経営上も高度な機密情報だ。開示には慎重になるし、ブロックチェーンを用いているといっても不安は残るだろう。そこで、鈴木氏は在庫情報ではなく、「次回いつ発注が起きそうか」という情報に着目し、「発注予定日」を暗号化してブロックチェーンを介して共有する手法を考案した。

暗号化と「擬在庫量」で自社の秘密を漏らさない

例えば、「小売企業A社→メーカーB社→サプライヤーC社」という順番に発注が行われ、B社は自社の在庫があらかじめ決めた量まで少なくなったら(未引当在庫が発注点に達したら)、自動的にC社に発注することになっているとする。今回の手法では、B社の在庫変化の推移をある時点で計測し、「これまでの実績に基づく変化が続いたら」という成り行きの推計を基に、「B社がC社に発注する日(B社の在庫があらかじめ決めた量まで減る日)」を統計的に算出して、B社のデータプライバシーを確保した形でC社に伝える。

  • ブロックチェーンを介して「発注予定日」を共有する仕組み

基本的にB社からC社に伝わるのは、「Y日後に発注する」という情報のみだ。仮にA社から大量発注があったら、その数を加味した発注日を新たに推計し、当初予定の「Y日後」から前倒しになる「X日後」をC社に共有することになる。

「受注企業は、あらかじめ受注確度を把握し、生産・在庫・出荷計画を柔軟に調整できるため、急な大量発注に慌てて対応したり、過度な在庫投資を回避したりできる。発注企業はサプライヤーからの調達を円滑にできるうえ、『発注計画を事前に伝えられる体制が整っている』ことで、サプライヤーに自社との取引の魅力を訴求できる」と鈴木氏は語る。

なお、情報漏洩のリスクに備えて「Y日後」や「X日後」という発注予定日の情報には公開鍵を用いて暗号化が行われる。加えて、発注予定日の算出の基となる在庫にまつわるデータには可読性を失わせる加工が施されている。具体的には、企業ごとに決めた固有の数値を在庫量に掛け合わせた「擬在庫量」というデータを作成し、企業間で共有する。擬在庫量データは、情報提供企業以外にとって意味を持たない数字の羅列になるため、もしデータが漏洩しても在庫にまつわる情報が他社に渡らない、という仕組みだ。

システム構成としては、プラットフォーム上に発注予定日を予測計算するサーバと、予測データや企業・製品情報などを格納するブロックチェーンを置く実装形態が想定されている。

  • 実装形態のイメージ

既存の施策と組み合わせ、需要予測を精緻に

それでは、ブロックチェーンを用いて今回の仕組みを既存のサプライチェーンに落とし込む価値はあるのだろうか?

鈴木氏によれば、信頼関係がしっかりと構築され、在庫情報が開示できる企業ならブロックチェーンを用いた仕組みを導入する必要はないそうだ。他方で、あらゆる商流、ビジネスシーンで全幅の信頼を寄せる関係性が築けているわけではない。また、多くのサプライチェ―ンは複数の会社が連なり合っているものなので、競合に情報が漏れる可能性も否定できないため、SCMへのブロックチェーン活用には一定の意義があるという。

「情報共有の仕組みがこれだけで完結するわけではないが、SCMのためのさまざまな施策の一つとして機能すれば良いと考える。例えば、これまでも自社のデータを基に自社商品の需要予測はされてきたが、今回の手法は他社の情報で自社の売れ行きを予測する、従来はなかったツールであり、どちらも活用することで予測がより精緻になるはずだ」(鈴木氏)