人間中心社会の実現に立ちはだかる課題

司会:ここまでの流れで浮かんだのはバレエや能ですね。あれらは背景を知らないで見ると、何をやっているのかまったくわからない。見るのであれば、ストーリーを知った上で楽しむという、すでに教養を持っているということが前提に立っていて、そういうものを欧州ではそれなりに残してきた。藤原先生の数学者や物理学者にしても、エジソンが電球を作ったのは知っているけど、エジソンとテスラが同時代で電流戦争なんて呼ばれる技術競争をしていたとかまで知ると、より人間味が感じられる話になってくる。

最初、理系の話をしていましたが、最終的に分野や人間味という話に到達したというのも、AIというのは人間が使う道具であって、そういった意味では人間がどうそれを使いこなすために進化していくか、ということを考えれば反れていないわけです。実際問題、それを、ではどうやって実現していくのかという話は、今、この場で話すレベルの話題ではないので、結論に近づきますけど、人間中心社会となるためには、人間そのものを磨くための努力をしないといけない、という感じですか。

上田:その人間中心社会に向かおうとしている中で、研究者たちを悩ましているのは実は働き方改革です。特に企業に関しては法律順守がmustになっているので、社員に一定の日数以上の休みを取らせないといけない。

研究者という存在は土日もものを考えていたりするわけで、アイデアを思いついたら、それをすぐに計算機上で確認したいわけです。でも、土日に会社のシステムに入ると、休日出勤とされたりしてしまう。確かに、飲食店で1人でオペレーションをしたり、宅配便のスタッフが大変な思いをされているということは是正されないといけないわけですが、すべての職種を一緒に制度として勤怠を考えられてしまうと、逆に困る職種も出てくるわけです。研究者の仕事である、考えることがむしろ止められてしまう。そうなると創造性が殺されていくんです。

研究者が論文を読む、ということは、普通の人が何気なく小説などを読むのと変わらない、目的を持ったわけではない空気を吸うのと同じような行動なわけです。それを土日はやってはいけない、という話になってしまうのは考える必要のある問題だと思います。

藤原:日本の労働条件が悪い、ということはつくづく思いますね。例えば、毎年20~30万人、新しいAI人材を育成しないといけないという話をしているなかで、その数はそんなに簡単に増やせる数ではないわけです。そういう状況の中で、どこに人材が眠っているかというと、女性のさらなる社会参画につながるわけです。つまり、女性がもっと働きやすくするとか、それはひいては知的労働をする人たちの労働条件をよくする、ということが基本になってくると思います。

どういう教育をすれば、みんなAI技術者になってくれるのか、は教育の問題というよりも、そういった待遇の問題だと思いますね。

司会:AI人材を数千万円で雇います、という企業も出てきたわけですから、本当にそれがなりたい仕事になるためには、そういう環境の整備は重要でしょう。一方で、そういった人間として成り立つためには、今日の話のような人間的な魅力を高めていく必要がある。社会そのものの有り様の変化と、人間としての成長、その両輪を同時にやっていかないと、多分、真のAI人材を活用できる人間中心社会にならないのではないかなと思います。なかなか難しい話だと思いますが、ちょっとずつ、社会を変えられるように、まず隗より始めよで、自分自身を見直して、それが社会にも広がって、より人間が人間であることを謳歌できるようになればと思う次第です。お時間が来たようです。皆様、今日はありがとうございました。