経営幹部や特殊なスキルを持つ人材、その他企業が求める要件を満たす人材をピンポイントで発掘する「エグゼクティブ・サーチ」。この業界で有名なのが、世界5大ファームのひとつである、外資系人材ファーム、ハイドリック・アンド・ストラグルズでパートナーを務める渡辺紀子氏だ。

  • ハイドリック・アンド・ストラグルズ ジャパンデスク 日本企業担当 総責任者 渡辺紀子氏

数々の人材と向き合い、著名経営者の移籍にも数多く関わってきた人材のプロに「引き出す技術」を聞いた。

やり甲斐がある企業トップとの仕事

エグゼクティブ・サーチの発祥は米国だ。終身雇用が中心だった日本で、この手法が取り入れられるようになったのは30~35年ほど前のこと。人材の流動性が高まり、経営課題が不透明になっている昨今、既存の人材では経営が上手くいかないと悟った会社は、社外から優秀な人材を登用しようとする。ここ10年はそんな機運が高まっているという。

「10年前は、エグゼクティブ・サーチを通じて登用するのはせいぜい部長クラスでしたが、ここ3年ほどは外部から経営層を取るのがトレンド化しています」と渡辺氏は語る。

渡辺氏は東京大学中国文学科を卒業後、豊田通商に入社。中国勤務などを経て2011年に大手エグゼクティブ・サーチ会社、縄文アソシエイツに入社した。総合商社からヘッドハンティング会社への転身だった。

「10年前、日本でトップのヘッドハンターから『渡辺さん、この仕事向いてるよ。やってみない?』とお声がけいただいたのがきっかけでした。ただ、こんなに長くこの業界にいるとは、想像していませんでした」(渡辺氏)

2015年にはハイドリック・アンド・ストラグルズへ移籍し、現在はジャパンデスクとして日本企業担当の総責任者も務める。大半の仕事が経営者やCEOからの直接の依頼で、自分よりも優秀な人材を採用しようとするトップとの仕事に面白さを感じているという。

「依頼には大きく2つあります。1つは『俺の右腕を連れてきてほしい』というざっくりしたオーダー。もう1つは求めるスキルを挙げた上で『こういう人が欲しい』という具体的なオーダー。前者だと私の頭の中のデータと独自で作ったデータベースを元に仮説を立て、依頼者に持っていきます。イマジネーションが必要ですね。後者だとデータベースやWebを中心に探します。どちらも意外とアナログな進め方です」(渡辺氏)

世間話から見えることは数知れず

1日に最低5件のアポイント(転職候補者との面会)を入れ、日々多くの人材とコミュニケーションを重ねる渡辺氏は、相手の性格や特徴、本音をどう見抜き、引き出しているのか? レジュメ(履歴書や職務経歴書など)に沿って話を進めるのではなく、世間話から入るのが渡辺流だという。

「まず、その人に関連する世間話を振るんです。例えば、化粧品業界の人なら『インバウンドが冷え込んできましたね』というように。返ってくる反応で、どれだけ業界のことを勉強しているのか、話をロジカルに展開できるのか、地頭が良いかなどがわかります。いわゆる“面接上手”な人は、レジュメの内容をベースに話すのは得意ですが、世間話に対応するのは苦手な傾向があると感じます」(渡辺氏)

たとえば、業界の話を振っても自社のトピックしか話せない人もおり、どれだけマクロなモノの見方ができているかや、視野の広さも世間話を通じて見えてくるのだという。

根拠ある自信を導き出す方法

では、本音が見えてこない相手にはどう対応するのか。あえて「怒らせる」のもひとつだという。渡辺氏にそれを教えたのは前職の社長だというが、渡辺氏は相手を怒らせたくはないため、代わりに、少し強めなことを言うという。

例えば、候補者が希望する業界について「今その業界に行くのはやめた方がいいのでは?」と振ったとき、自信のない人からは「そこがダメなら私はどこへ行けばいいんですか!」などと強めな返答が来る。一方、自信のある人からは「そうなんですね。であれば…」と冷静な返しがあるのだという。

他にも見ているのは、自分の人生を自分の言葉で語れるかどうか。渡辺氏は「(キャリアの内容を綴った)レジュメはストーリー」だと話す。自分はどういう人間として生きてきたのかをストーリー立てて語れる人は、自分を客観視できている人だという。

「第三者的視点から見れない人はエグゼクティブにはなれない」と渡辺氏はシビアに見る。

「この人と会うと学びがある」と思われる人でいる

渡辺氏の信条は、人材探しを依頼してくれた経営者と候補者、双方に幸せになってもらうことだという。だから、A社とB社とどちらに行くかで揺れ動く候補者がいても説得することはしない。

例えば、渡辺氏が候補者に紹介したい会社をA社、候補者がA社との間で迷っている会社をB社とする場合、候補者がB社に行きたいと思っている場合、渡辺氏は2社それぞれの良いところ、悪いところをプロの目線で客観的に伝える。その上で、候補者の人生の優先順位を尋ねたり、妻(夫)や子どもなどのステークホルダーの話をしたりして、そこからフラットに考えてもらうことを心掛けるという。

「そもそも転職は人生を左右することですから、候補者に自分の意見を押し付けることはしません。転職先ではできるだけ長く働いてほしいですし、そこで成功してほしいという思いが強くあります」(渡辺氏)

最後に、渡辺氏に依頼をしてくる経営層との関わりで大事にしていることを聞くと、「“渡辺さんと会うと学びになるなあ”と思ってもらえる人でいること」だという。

知り合いの経営者が渡辺氏に仕事を依頼するのは1年に1~2人程度。決して多くはない。ただ、会う度に「最近人材のお悩みはありますか?」と聞くのは嫌がられる。とはいえ、仕事が発生したときだけ会うのも、関係を継続するには足りない。

これに対し渡辺氏が実践しているのは、年3~4回面談の機会をもらい、その人が知りたいと思われる話題を提供することだという。話題のニュース×人材という切り口で、転職の成功事例や人材を通した経済の動きなどを伝える。

「渡辺さんと会うといい話ができる、楽しい、と思ってくださったら、最後に『実は最近こういうことで困っていて…』と人材に関する悩みを打ち明けてくださる経営者も多いです」(渡辺氏)

「自分がお手伝いした人には今より幸せになってほしい。そんな仕事がしたい」。こんな思いを持って仕事と情熱的に向き合う渡辺氏。仕事で相手の本心を探ったり、相手の性格に合わせた対応をしたりするには、一人ひとりと実直に向き合うことが求められる。渡辺氏のやり方から学び、自身に活かせることは多いはずだ。