日本マイクロソフトは5月29日、開発者向けの年次イベント「de:code 2019」を東京都港区のザ・プリンス パークタワー東京にて開催した。本稿では、基調講演の様子をお届けする。

はじめに登壇したのは、日本マイクロソフト 代表取締役社長 平野拓也氏。冒頭で、MicrosoftのAIサービス「Cognitive Services」を活用し奈良県・興福寺の阿修羅像の年齢を推定したプロジェクトを紹介した。

  • 日本マイクロソフト 代表取締役社長 平野拓也氏

同プロジェクトでは、仏像がつくられた時代背景への理解を深めるため、奈良大学の学生らが200体ほどの仏像の写真をもとに各仏像の表情を分析し、推定年齢や感情を調査した。この結果、阿修羅像の年齢は23歳と推定されたという。また、奈良の仏像の表情は喜びの数値が高いが、鎌倉の仏像は怒りの表情が多いことなどもわかった。

続けて平野氏は、今年4月に火災による被害を受けたフランスのノートルダム大聖堂を3Dデータで再構築するスタートアップと提携したことなども紹介し、「AIは一部の人のものだけではなくなってきている。デジタルテクノロジーが産業でも家庭でも使われるようになってきて、すべてがつながっている状況となっている。開発者やITエンジニアにとっては多くのオポチュニティがある時代だと思う。Microsoftは、地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにしていく」と語った。

具体的には、Azureを土台に、Dynamics 365、Microsoft 365、Azure Gamingといったクラウドプラットフォームを4つの柱として提供することで、デジタルトランスフォーメーションに対応し、ビジネスを推進していく考えだ。

  • プラットフォームとオポチュニティを提供していきたいとした平野氏

2019年内にHoloLens2が全国のトヨタ販売店へ

そして平野氏は、トヨタ自動車のMR(Mixed Reality)を活用した取り組みの最新事例を紹介した。トヨタ自動車は以前から生産現場における3DデータやVR/MRの活用を積極的に進めている。

今回、平野社長が紹介したのは、自動車の整備作業における修理・点検業務での活用だ。トヨタ自動車では現在、Microsoft HoloLensを活用することで、従来の紙やWebの作業手順書・修理書を、3Dの作業手順書・修理書として実現する検証を進めている。2019年内には、HoloLens2の導入を開始し、3D作業手順書・修理書が全国のトヨタ販売店へ順次展開されていく予定となっている。

「直感的に作業ができるので、作業レベルの標準化や品質の維持、習熟度の加速が期待できる。現在は、Dynamics 365 Guidesの活用に向けた検証を進めているほか、Azure AIを活用して、作業ミスや作業漏れを検出する機能の開発を進めている」(平野氏)

  • 整備作業におけるMR活用のイメージ

自動運転スタートアップとの提携を発表

基調講演では、平野氏より自動運転のスタートアップ アセントロボティクスとの協業が発表された。アセントロボティクスは今後、マイクロソフトのスタートアップ支援プログラム 「Microsoft for Startups」に参加し、Azureを活用した技術開発を進めていく。アセントロボティクスの代表取締役 石﨑雅之氏は今回の提携について、「今後販売予定のロボット向けAIソリューションを、マイクロソフトのネットワークを活用することで一緒に市場に持っていければ」と説明している。

  • アセントロボティクス 代表取締役 石﨑雅之氏

どういった根拠で判断に至ったか説明できないAIのブラックボックス問題が指摘されているなか、アセントロボティクスが目指すのは、ホワイトボックス化されたAIの開発だ。石﨑氏によると「運転操作がどのような形で行われたかをトレースでき、それを説明できるロジックをAIに組み込んでいる」という。

自動運転の課題は、通信環境のインフラが整っている整備された環境でしか実現しないことにあるとする石﨑氏。「たとえば住宅街では、人間が乗っている車は他の車と譲り合うことができるが、現状の自動運転車は立ち止まってしまう。当社では、こうした交通環境でも、人間のように周囲の環境を把握して自動運転をすることができる技術の実現を目指している」と、人間の認知に近いレベルで判断や意思決定ができるAI開発への思いを語っていた。

アプリとデバイスの中心にいるのは「人」

続いて、米マイクロソフト バイスプレジデント ジャレッド・スパタロウ氏が登壇し、Microsoft 365の最新動向について説明した。

  • 米マイクロソフト バイスプレジデント ジャレッド・スパタロウ氏

スパタロウ氏は「70年代後半から80年代初頭はアプリ中心の世界だった。アプリを使うためには多くのコマンドを覚え、ツールの使い方を学ぶ必要があった。しかし、iPhone、iPadといったデバイスの登場によってこうした世界が変わった。今はこれに次ぐ第3の波が来ている。現在は、アプリもデバイスも中心にない。中心にいるのは『人』だ。アプリやデバイスは、今や人のクリエイティビティをサポートするものとなった」としたうえで、Microsoft 365はアプリおよびデバイスをクラウドでつなぐことで人々の生産性を上げていくものであることを強調した。

つなぐという点では、特にMicrosoft Graphが重要な役割を果たす。Microsoft Graphは、Office 365やAzure Active Directory、Windows 10などをREST API経由で操作することで、各サービスを統合することができるもので、たとえば、Outlook上で会議などの予定を調整することが可能になるなど、ユーザーの生産性向上が期待できる。

  • Microsoft Graph

また、スパタロウ氏は、米国で今月行われたMicrosoft Build 2019でも発表されたWindows TerminalWindows Subsystem for Linux 2(WSL2)などについても触れた。

Windows Terminalは、コマンドプロンプトやPowerShell、WSLのユーザーのために設計されたターミナルアプリで、「自分のワークスペースを望む形でつくることができる」とスパタロウ氏が説明するように、複数の画面をタブによって切り替えることが可能。日本語や絵文字を含むUnicodeをサポートしている。オープンソースで開発されており、GitHubからソースコードを入手することができる。

Windows Subsystem for Linux(WSL)は、今回のバージョンアップによりパフォーマンスと互換性が向上。Dockerのサポートも追加された。Windows Terminalと組み合わせることで、Linux開発者にとってWindows 10がより使いやすいものになったといえるだろう。

  • 基調講演は、約3時間の長丁場となったため、合間に"元・女子高生AI"「りんな」が登場し、会場の雰囲気をほぐした。人の息継ぎを再現した歌声によるりんなの新曲や、平野氏によるダンス動画がりんなによって披露された。動画は、AI技術を活用し、平野氏が15分間自己流で踊り続けた動画に、プロダンサーの動きを組み合わせることで生成されたものだという。元の動画とは比べ物にならないくらいキレのあるダンスを平野氏が踊っている作品になっており、会場の笑いを誘っていた。