2014年4月に、ソニーで誕生したのが「Seed Acceleration Program」、通称・SAPだ。代表執行役社長 兼 CEO の平井 一夫氏の肝いりで始まったプロジェクトで、「新たなビジネスコンセプトをスピーディに事業化する」というミッションを背負っている。
現場でSAPを統括するソニー 新規事業部門 副部門長 兼 新規事業創出部 統括部長の小田島 伸至氏は、SAPのコンセプトについて「ソニー本体が手がける既存の事業体と被ることなく、飛び地を開拓しなくてはならない、新規事業創出専門の事業といえる。スタートアップに着目した組織として誕生しているが、事業を継続的にやっていくことがミッションだ。起業家人材を育成しつつ、ソニー社内にいる匠の人材を束ねてプロ集団にしていくのが狙いであり、このコンセプトは3年が経過していまでも変わらない」と話す。
【特集】
ソニー変革の一丁目一番地、SAPのいま
2018年3月期の通期決算予想で、過去最高益となる6300億円が見込まれるソニー。イメージセンサーやテレビなど、既存製品の収益力向上、シェア増がモメンタムを作り出している。一方で、かつてのソニーファンが口を揃えて話す「ソニーらしさ」とは、ウォークマンやプレイステーションを生み出したソニーの社訓「自由闊達にして愉快なる理想工場」の賜物だ。世界中の大企業が新機軸のイノベーションを生み出す苦しみに陥るなか、ソニーは「SAP」でそれを乗り越えようとしている。スタートから4年目に突入するSAPの今を見た。
SAPは、単に電機メーカーが社内スタートアップを支援して、「新しいハードウェアを量産しよう」としているわけではない。小田島氏は「SAPの基本はプラットフォーム型にある。コアをソニーが持ち、他のプレイヤーが得意なコンテンツを持ち寄ってくれる世界を目指している」と語る。
確かに、SAPが事業化したものを見ると、プラットフォームとして機能しているものばかりだ。例えば「AROMASTIC」という5種類の香りを持ち運べるカートリッジ式のパーソナルアロマディフューザーがある。本体のボタンを一押しすると、気体拡散方式(ドライエアー方式)により、自分だけがアロマの香りを楽しめるようになっている。
SAPとしては、本体やカートリッジなどのプラットフォームを構築する一方、香りのオイルは、イギリスのニールズヤードレメディーズやyuicaなどのアロマを専門とする会社が提供する。「アロマ業界はソニーにとってはまさに飛び地。飛び地なので、全く新しい販路を開拓しないといけない。しかし、飛び地にソニーのフラグを立てることに価値がある」(小田島氏)。
一方、SAPでの取り組みが成功し、ソニーの将来に欠かせない存在になったことで、ソニーグループに取り込まれた事例もある。
スマートロックの「Qrio」はもともと、ベンチャーキャピタルのWiLと組んで会社を立ち上げた。しかし、2017年8月に「ソニーのスマートホーム戦略に合致する」として、nuroなどを手がけるソニーネットワークコミュニケーションズ(SNC)に移管され、同社の子会社となった。
「Qrioはサービスのアイデアが豊富で、ユーザーに刺さる提案ができている。一方でSNCはネットワーク関連の知見が豊富。いま、SNCには家の中でつながる製品が集められており、Qrioと連携すれば誰がいつ、帰ってきたかがわかる。これから面白い提案が期待できそうだ」(小田島氏)
現在、SAPのある新規事業部門のトップは十時裕樹氏が担当だ。十時氏はXperiaを手がけるソニーモバイルコミュニケーションズの社長でもあり、SNCの社長でもある。「スマートホーム戦略は十時が俯瞰して見ている。彼の知見と判断を仰ぎながら、SAPを進めている」(小田島氏)
今後、あらゆるものがネットにつながる時代になっていくが、十時氏がSAPをはじめとして、ソニーモバイルやSNCを見ていることもあり、IoT時代におけるネット連携にも強みを発揮できることになりそうだ。
欧州部隊が日本のSAPに与えた影響
SAPでは1年目に社内外の人が集まり、ワークショップなどを行ったり、試作機を作れる「Creative Lounge」を設立。2年目には早くもプログラムのなかから製品化したものが出てきた。3年目以降は社外のスタートアップを対象にしたオーディションを実施。さらにスウェーデンに「SAP Europe」を設立するなど、海外展開も始まっている。
小田島氏は「スウェーデンはもともとソニーモバイルのR&D施設があり、世の中に全く新しいモノを出していきたいという人が多かった。いまではヨーロッパのSAPが独自に進化し、その取り組みが日本に反映されているものもある」と語る。
SAPでは、ビジネスアイディアを審査するオーディションが開催されるのだが、SAP Europeではその模様を、社員食堂などでライブビューイングするという試みが行われた。そうしたことにより、ほかの社員を巻き込み、気づきを与えることにつながったため、日本でもライブビューイングが導入されたのだという。
そんなSAP Europeから生まれた第一号の事業化案件として、スマートオフィスソリューションの「Nimway」がある。ソニー独自の屋内位置情報認識技術を活用し、オフィスの会議室の場所や空き状況、同僚の居場所が一目でわかるというものだ。ヨーロッパではフリーアドレスのオフィスが多いことからニーズが高まっている案件で、スウェーデン企業の導入を起点に、ヨーロッパ各国の大手企業らが導入を検討しているという。
小田島氏は「フリーアドレスのオフィスは、欧州では圧倒的に多いが、日本ではまだ導入しているところは少ない。日本でフリーアドレスのオフィスが増えたときには、向こうで完成度が高まったNimwayを日本に導入できるのではないか」と期待する。