ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」がスタートして4年が経とうとしている。これまでSAPから立ち上がった事業は下記の13件におよぶ(2017年12月時点)。

  • MESH
  • Fashion Entertainments
  • HUIS
  • wena
  • AROMASTIC
  • PROJECT REVIEWN
  • isuca
  • toio
  • Qrio
  • エアロセンス
  • ソニー不動産
  • エーテンラボ
  • Nimway

一つの事業としてはまだまだ小ぶりな存在であり、世間の誰もが知るWalkmanやPlayStationのような存在になっているとは言いがたい。ただ、Qrioやwenaなど、そのセグメントでは着実に支持されるプロダクトも出てきた。B2CデバイスからB2Bソリューション事業まで、幅広い案件が存在するが、このうちソニーお得意のコンシューマー向けデバイスについては、専用サイト「First Flight」で販売されている。

実はこのサイト、ただの通販サイトではなく、クラウドファンディングのシステムも兼ねている。なぜソニーが、スタートアップの資金調達でよく利用されるクラウドファンディングの仕組みを活用するのか。同社 新規事業創出部 FF事業室 統括課長 First Flightプロジェクトマネージャーの小澤 勇人氏に話を聞いた。

  • ソニー 新規事業創出部 FF事業室 統括課長 First Flightプロジェクトマネージャーの小澤 勇人氏

【特集】
ソニー変革の一丁目一番地、SAPのいま

2018年3月期の通期決算予想で、過去最高益となる6300億円が見込まれるソニー。イメージセンサーやテレビなど、既存製品の収益力向上、シェア増がモメンタムを作り出している。一方で、かつてのソニーファンが口を揃えて話す「ソニーらしさ」とは、ウォークマンやプレイステーションを生み出したソニーの社訓「自由闊達にして愉快なる理想工場」の賜物だ。世界中の大企業が新機軸のイノベーションを生み出す苦しみに陥るなか、ソニーは「SAP」でそれを乗り越えようとしている。スタートから4年目に突入するSAPの今を見た。

達成率1696%、驚異の評価を受けた「Qrio」

クラウドファンディングとは、Web上で実現したいアイデアを公表することで、その企画趣旨に賛同した人から資金を調達する造語だ(クラウド=不特定多数の群衆やWeb、ファンディング=資金調達の意)。海外ではKickstarterやIndiegogo、日本でもサイバーエージェント系のMakuakeや、起業家の家入一真氏が立ち上げたCAMPFIREなどがある。

特にMakuakeでは、First Flight立ち上げ前の2014年9月にFES Watch(Fashion Entertainments)、12月にはQrioを実際にプロジェクトとして走らせている。

「SAPとして、お客さまのニーズを確かめないといけない。もちろん、事前に定性的、定量的な調査は行っているものの、それだけでは『本当に買ってくれる人のニーズを把握できるか』と言われると難しい。アイデアを見せ、値段を提示して、購入まで行き着くのか。テストマーケティング、あるいはファクト調査としてのクラウドファンディングだったんです」(小澤氏)

実際に、これらのプロダクトは大きな反響を呼んだ。FES Watchは目標金額216万円に対して299万6888円の達成率138%、Qrioに至っては目標金額162万円に対して2748万9780円の達成率1696%と、潜在的な市場の把握に役立った成功事例となった。

  • MakuakeでQrioを展開、目標金額を大きく上回った(画像はMakuakeより)

「ただ当時、私たち自身がクラウドファンディングをテストマーケティングとして利用した後に、商品を継続販売するための『ECサイト機能』までシームレスに顧客を誘導できるサイトがなかった。だから、First FlightをSAPとしてスタートさせたんです」(小澤氏)

名指しで「頑張って」

2015年7月に立ち上げたFirst Flightは、クラウドファンディングからECサイトまでの機能をシームレスに繋げるだけでなく、ソニーのサイトとしてソニーファンが、製品のファンが集いやすい環境構築を目指している。

「クラウドファンディングをやったことで、よく『なんで、資金調達をソニーがやるのか』と聞かれるんですが、もちろん資金集めが目当てではありません(苦笑)。私たちは、作った商品に対してお客さまがどういう価値を求めているのか、どういう価格を求めているのか、どういう意見を持っているのか、『本当の声』を知りたいんです」(小澤氏)

プロジェクトに投資した人たちは、即座に開発メンバーに対してコメントができるため、「機能の要望から今後のストラテジまで、幅広いご意見をいただいています(笑)」(小澤氏)。細かい数字は開示できないとしていたが、既存製品のメールアンケートや各種ワークショップのインビテーションに対して、「(アクションの割合が)数倍のレスポンスがある」という。

  • First Flight

これは、既存製品が悪いわけではなく、SAPならではの特性だと小澤氏。通常の製品では、既存セグメントの新商品として長いスパンで製品ライフサイクルが回ることで注目が薄れるのに対し、「既存の商品カテゴリがない製品を出しているSAPだから、"新しいモノ"への熱量がとても高い。コメントされる方々は、商品発売前から、見たこともない製品にお金を出していただいているわけですから、良い点、悪い点合わせて伝えたい熱い思いがあるんだなと、ひしひしと感じています」(小澤氏)。

そうした顧客に対して「熱い思い」を増す仕掛けも忘れてはいない。例えば、プロジェクトリーダーはもちろん、メンバーまでも実名でプロジェクトの進捗報告に登場させ、「自分たちはこういう思いで、この製品を作っている」という身近さをアピールしている。ソニーという大企業では中の人の顔が見えにくいと思われる逆を突いた仕掛けで「各種プロジェクトのコメントには、名指しで『頑張ってください』という応援がつく。担当者たちもうれしいですよね」と小澤氏も喜ぶ。

中の人が見えれば、製品が届く前、届いた後の不満も、より具体的な意見として伝える人が増える。「最初はコメントの検閲もいざとなれば想定していたんですが杞憂に終わりました。1年半発ちますが、『悪口』は1件もない。お客さまもプロジェクトを担う一員として、不満をある種『良い意見』として書いてくださっています」(小澤氏)。