量子ビット50個以上を用いた大規模な量子シミュレータの動作実証に成功したとの研究成果が、独立した複数の研究グループから相次いで報告されている。これまでに作製されたことのある量子シミュレータは最大で量子ビット数20程度だった。マサチューセッツ工科大学(MIT)などのグループと、メリーランド大学(UMD)などのグループによる2つの研究論文が、科学誌「Nature」(11月29日付け)に同時掲載された。

  • MITとハーバード大学のグループは、51個のルビジウム原子を使った量子シミュレータを作製した(出所:MIT)

    MITとハーバード大学のグループは、51個のルビジウム原子を使った量子シミュレータを作製した(出所:MIT)

量子シミュレータは汎用の量子コンピュータではないが、量子力学的効果を利用することによって、ある種の問題をシミュレーションしたり、特定の方程式の解を求める計算などを古典的コンピュータよりはるかに高速に行ったりすることができるシステムである。

MITとハーバード大学の共同研究では、レーザー冷却技術を用いて絶対零度近くに冷却した51個のルビジウム原子を鎖状に並べ、量子相転移が起こるようにした。51個の原子の列は、1個おきに励起した状態(リュードベリ状態)となり、反強磁性体における磁性状態に類似したパターンが形成される。この原子の鎖列を利用して、プログラム可能な量子シミュレータを実現したとする。

UMDと米国標準技術局(NIST)の研究グループも、53個の量子ビットを並べてリュードベリ状態を作ることによって量子シミュレータを実現したと報告している。こちらは量子ビットとしてイットリビウムイオンを用いている。

量子シミュレータは、量子もつれ状態にある量子ビット間の相互作用を調べたりするのに使うことができるため、大規模な量子コンピュータの設計などに役立つ可能性があるとされている。

たとえば原子またはイオンのスピンを量子ビットに利用する場合、量子ビット同士の磁性相互作用をシミュレーションする必要があるが、量子ビット50個程度のシステムを考えると磁性相互作用によって取りうる可能な状態は1000兆を超え、量子ビット数をさらに1つ増やすごとに状態数も2倍に増える。こうしたシミュレーションを古典的なコンピュータで行うことは困難であり、実際に量子ビットで構成された量子シミュレータを使って計算を行うことになる。

今回どちらの研究グループも、超伝導回路を用いて作った人工原子ではなく、自然に存在する原子またはイオンを量子ビットとして利用している。自然の原子は本質的にどれも同じで区別がつかず、人工原子にみられる遷移振動数の微妙な違いなどがないため、量子ビットとしては理想的であると説明している。

また今回報告したアプローチは、量子ビット数を100以上に増やしたより大規模な量子シミュレータにも有効であると考えられている。