神奈川県立希望ケ丘高等学校 (以下、希望ケ丘高校) は、神奈川県最初の県立中学校である神奈川県尋常中学校として設立された、122 年の歴史を誇る公立高校です。昭和 25 年に現在の名称へと改称され、学区制と男女共学が実施されました。「自学自習」「自律自制」「和衷協同」をもとに教育を行っており、自主性・自発性を重んじた校風が特徴です。

平成 30 年 4 月、同校は文部科学省より「新たな価値を創造できる人材を育成する課題研究を中心とした体系的な学びの研究開発」を行うスーパー・サイエンス・ハイスクール (SSH) として指定されました。また全国 ICT 教育首長協議会の「Microsoft Education ステップ モデル校」として ICT 環境も積極的に導入。生徒の「学び方改革」を推進するだけでなく、教職員の「働き方改革」にも ICT を活用して積極的に取り組むことで、生徒に対して確かな学力を身に付けることのできる機会を提供しています。

ペーパー レスを基点に、教員の働き方を変える

社会は急激に変化していきます。未来の社会を自立的に生きていく、変化に対応しながら社会の中で活躍していく――そんな人材を輩出するために、学校教育には今、改善と充実が求められています。この対象は学習指導のみに限定されません。学校という組織・空間の在り方にも及ぶのです。

一例を挙げましょう。今日の学校が抱える大きな課題の 1 つに、教員の勤務状況があります。長時間労働が問題視され日本人の働き方の見直しが求められる中、生徒達のお手本となるべき教員集団もまた、働き方を改革する必要に迫られています。勤務時間を削減しながら学習指導等の教育活動を充実させなければならない。そこでは、組織や空間にある課題をクリアにして、教務以外で発生する作業量を圧縮していくことが必要なのです。

SSH に指定される希望ケ丘高校は生徒の学びを深める数々の取り組みで広く世に知られていますが、令和元年度より「県立高校生学習活動コンソーシアム」に参画した日本マイクロソフト社と連携して「教員の働き方」をテーマとした取り組みも積極化しています。学校現場には、実際にどのような組織的・空間的課題が、教員の働き方を阻害する要因として存在するのでしょうか。神奈川県立希望ケ丘高等学校 宮地 淳 校長は、毎日のように行われている会議を一例に挙げます。

「本校で言えば、例えば全日制で 60 名近くいる教員が集う『職員会議』を月に 1 ~ 2 回開催しており、この他にも担当学年の教員が集まる『学年会議』や特定職務に関係する教員で行う『グループ会議』が毎週のように行われています。学校運営上の重要事項に関して企画立案をする『企画会議』もあるため、教員たちは毎月、10 ~ 12 回は会議に参加せねばなりません。教員は様々な時間割の中で授業や生徒指導を行っています。全員の時間を合わせるのは不可能に近く、会議の準備に時間がかかることもあって、学校現場では "会議のために教材準備する時間が取れずに遅くまで学校に残る" といった状況が毎日のように起こっています」(宮地 校長)。

  • 神奈川県立希望ケ丘高等学校 宮地 淳 校長

参加者が議題のプリントされた紙資料を持ち寄って行う従来型の会議では、宮地 校長が触れたように、遅い時間まで教材研究をすることとなる "教員の工数負荷の増加" を引き起こします。会議のたびに膨大な数の紙資料を配布するため、机上の圧迫や情報セキュリティなどの面でも課題がありました。

「情報共有は学校運営において不可欠です。会議そのものは否定すべきではないでしょう。ただ、今の会議体に固執する理由はありません。課題をクリアにできるならば、会議や情報共有の在り方、空間はどんどん変えていくべきです。」宮地 校長はこう言及し、2019 年 8 月に希望ケ丘高校として、会議のペーパー レス化に着手したことを明かしました。

学び方改革で利用する Microsoft Teams を、働き方改革にも適用

希望ケ丘高校では現在、Microsoft Teams (以下、Teams) を利用して会議のペーパー レス化を進めています。

同校が Teams を導入したのは、これが初めてではありません。同校は 2018 年、グループ課題の協働研究を通じた生徒の「学び方改革」を進めるため、ステップモデル校プロジェクト実証校で構築した生徒利用環境での Office 365 を導入。生徒間や生徒と教員間のコラボレーション基盤として、全ての生徒と教職員に対して Office 365 や Teams のアカウントを発行していました。

「もともとは、部活動や学校外の活動で忙しい中、限られた時間しか集まることができない生徒たちの学習を支援するために Teams を導入しました。ただ、放課後の生活がそれぞれ異なる生徒たちが Teams を活用しながら上手に情報共有を行っている様子を見て、"われわれ大人の仕事にも適用できるんじゃないか" "教員の働き方改革に活用できるのではないか" と感じたのです」(宮地 校長)。

宮地 校長の触れた期待は、生徒グループとのコミュニケーションで Teams を活用していた教員の中にも僅かながら芽生えていたといいます。これを形にすべく、希望ケ丘高校ではまず、校務環境の Office365 で Teams の活用を始めました。全教員が参加する「職員会議」において印刷資料の配布は行わないことを決定。Teams で共有する資料を各教員が校務 PC で参照する形式をルール化しました。

また、学年や教科、グループなどの単位で Teams 上にチームを用意することで、学内のコミュニケーションを Teams に集約。学外との連絡は電子メールを、学内とのコミュニケーションは Teams を、という風土を作っていくことにより、会議以外の業務にもペーパー レス化を広げていくことを画策しました。

  • 校務 PC の他、スマート フォン上でも同じ Office365 Teams を利用することができる。特に会話機能は連絡や意見発信ツールとしても有効だ

    校務 PC の他、スマート フォン上でも同じ Office365 Teams を利用することができる。特に会話機能は連絡や意見発信ツールとしても有効だという

4,500 枚の紙資料を100 分の 1 にまで削減。Microsoft Teams は、情報を "自分事化" させる力を持つ

希望ケ丘高校は Teams によるペーパー レス化の試みについて、2019 年 8 月よりスタートしています。電子メールには無い「Teams だからこそ有している利点」について、神奈川県立希望ケ丘高等学校 福田 浩之 副校長は、情報の "自分事化" だと説明します。

「Teams は、ユーザー体験がメールとはまるで異なると考えています。チーム内で全体に連絡事項を投稿する、誰かにメンションを付けて連絡する。取り組みの最初こそ、『メールの一斉送信や Cc での送信と何が違うのか』と意見する教員もいました。ただ、運用をスタートして 1 か月ほどでこうした意見は耳にしなくなり、全体に対して投稿した情報をほぼ全ての教員が把握するようになりました。Teams はチャット型で直感的に扱えるため、大きな抵抗を生むことなく現場に受け入れられたのだと思います。メールではどうしても『見ていない』といった先生が多くいましたから、Teams は、そこでやり取りされる情報を "自分事化" させる力を持っていると感じました」(福田 副校長)。

この利点は、ペーパー レス化の対象とした「職員会議」の中で、成果として表れています。

希望ケ丘高校では、2019 年 8 月から取材時点 (同年 11 月) までの間で、 4 回の「職員会議」を開催しています。従来の「職員会議」では、例えば 55 名が参加する場合、参加者全員が 20 枚前後の印刷資料を参照しながら会議に臨んでいました。4 回の開催で印刷される紙の枚数は、[55 人 × 20枚 × 4 開催] と 4,500 枚にも達します。それが 2019 年 8 月以降では、4 回の会議で印刷された用紙の枚数はわずか 50 枚に留まっています。この 50 枚も、説明にあたりどうしても紙が必要という理由から印刷されたものです。会議の場においていかにペーパー レスが浸透したかが伺えるでしょう。

「『職員会議』のペーパー レス化は、思ったより抵抗感なく進みました。印刷にかかる工数の削減や資料の修正が会議直前までできるなど、多方面でペーパー レス化の効果を感じています。もちろん、まだペーパー レス化した領域は全体の一部に過ぎず、実際に職員室を見ればまだまだ紙だらけな状況です。ただ、"変えていける" という手応えは感じています。『職員会議』こそ強制的にペーパー レス化しましたが、これをきっかけにして、教員が自発的にペーパー レスの領域を広げていっているのです」(宮地 校長)。

宮地 校長のこの言葉を紡ぐように、神奈川県立希望ケ丘高等学校 小林 恵里子 教頭は、自身での Teams 活用も交えながらこう続けます。

「例えば学年主任の先生が同学年の先生の意見を募る際、これまでは紙や口頭ベースでアンケートを行い、それを手作業で集計していました。これを、Microsoft Forms で作成したアンケート フォームを Teams のチーム上で告知する、という形へと変えた先生がいました。実際に私も、学外から視察でご来校する方へのアンケートとしてこれを利用していますが、紙を用意する手間などが省けて非常に便利です」(小林 教頭)。

  • 神奈川県立希望ケ丘高等学校 福田 浩之 副校長、小林 恵里子 教頭

現場の教員が、主体的にペーパー レス化を進める

希望ケ丘高校が推し進めるペーパー レス化は、実際に授業を行っている教員にどのように受け入れられているのでしょうか。

学年主任として学年のリーダーを務める同校の日永 博之 教諭は、Teams による情報共有のメリットを、こう語ります。

「Teams の共有フォルダに会議資料用のフォーマットを置くことで、複数人でファイルを共同して作成でき、いつ更新されたかもわかるようになりました。紙に書いたものを渡し合っていた以前に比べると作業負荷が軽減されましたし、意思の疎通も取りやすくなったと思います。また、日ごろのコミュニケーションについても、例えば電話で欠席の届出があった場合でもチャットに書き込んでおいてもらえればログが残るため、使い勝手が良いです。これらの情報が自分のスマホでも見られるというのが大きいですね」(日永 教諭)。

続けて、同校の福士 徹也 教諭と新山 翔平 教諭は、「職員会議」や学内コミュニケーションのペーパー レス化からスタートした取り組みが、その他の領域にまで派生してきているとコメント。このように語ります。

「私自身、『職員会議』の取り組みを受けてペーパー レス化による効率化をかなり感じています。それもあって今、いろいろな周辺業務についてもデジタル化を進めているところです。例えば、紙の帳票で行っている会議室などの施設予約について、現在、Teams で行えるよう環境を整備中です。Teams の利用開始からそれほど期間が経っておらず ICT を苦手とする先生もいますが、その方々の理解を得ながら少しずつペーパー レス化を進めていきたいと思っています」(福士 教諭)。

「私は生徒会も担当しており、生徒とやり取りするために生徒環境の Office365 Teams に新たに生徒会総務のチームを作りました。生徒達のグループ課題研究で利用するためのチームは既に 2018 年からあったものの、このように授業外で活用するのは初めてとなります。そこで感じたのは、デジタル上に窓口を作ることが "生徒の意見をより多く吸い上げること" に繋がるということです。グループ課題研究で生徒が Teams を使い慣れていることもあり、口頭ベースだった以前と比べると生徒から提案を受ける機会がかなり増えました」(新山 教諭)。

  • 神奈川県立希望ケ丘高等学校 福士 徹也 教諭、日永 博之 教諭、新山 翔平 教諭

ペーパー レス化は、前進あるのみ

Teams を利用し、「学び方」だけでなく教員の「働き方」の改革についても大きな一歩を踏み出し始めた希望ケ丘高校。同校のペーパー レス化や「働き方」に関する取り組みは、今後どのような展開を見せるのでしょうか。

「ICT を苦手とする教員は少なからずいます。全員に対して完全に浸透したかと言えばそうではありません。ただ、先生方の発言にもあったように、ペーパー レス化は、身に染みて実感できるほどの効果があります。一度体験をしてしまったら、もう紙には後戻りできません。前進あるのみだと言えます。ここにあたっては、本校だけで取り組むのではなく、県とも相談しながら進めていきたいと考えています」(宮地 校長)。

神奈川県の県立学校では、現在、生徒の成績に関する業務は教員の机上にある有線 LAN で接続された校務 PC で、決められたサーバー上しか保存が行えない決まりとなっています。そのため、Teams を利用して成績に関するドキュメントを取り扱うことはできません。宮地 校長は、「Teams に成績情報を置けないのはセキュリティ上止むを得ないことです。しかし、例えば会議にしても、実は最もペーパー レス化が有効な会議は、生徒の成績などの個人情報を取り扱う会議となります。成績会議資料などは、その会議のために印刷・配付しますが、会議後すぐに回収し、破棄します。資料を各自のPCで確認できればこれらの作業がいらなくなります。まずは、Teams が使用できない制限がある中で可能な限りの最適な方法を探っていく、それと同時に、県と相談しながら決まり事の見直しについても可能性を探っていき、教員の働き方を変えていきたいと考えています。」と語りました。

教育現場における ICT の活用は、今日の日本で大きな注目を集めているテーマといえます。希望ケ丘高校が実施する「学び方」と「働き方」の改革は、ICT の導入と活用に悩む多くの教育機関にとって、1 つの道しるべとなるのではないでしょうか。

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