SNSでおいしそうな料理を見つけてレシピを保存する。旅行YouTuberの動画を見て、いつか訪れたい場所について調べる。部屋の模様替えの参考に、家具や照明の画像を集める。こうしたことは、ずいぶん手軽になりました。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

しかし、他人の体験や魅力的な情報に触れる機会が増えた一方で、自分自身はなかなか実行に移せない。そんなもどかしさを感じたことはないでしょうか。画面の中には、いつの間にか「いつかやりたいこと」ばかりが積み上がっていきます。

画像共有・検索サービスのPinterestが10月13日に広告主向けの記事で提示した「Design the Exit」という考え方は、この「いつか」を現実の行動へと変えることに目を向けています。直訳すれば「出口を設計する」。利用者が必要な情報を見つけ、判断し、実際の生活で行動するところまで支援しようという提案です。

同社は、目的もなくスクロールを続けているとき、広告もその流れに埋もれやすいと主張しています。一方、何かをしたいという意図を持って情報を探しているときには、ブランドの提案が行動につながる可能性があります。そこで広告主がすべきこととして、「可能性を示す」「行動への意欲を引き出す」「利用者を送り出す」という三つの段階を挙げています。

たとえば、料理の写真で興味を引いたなら、レシピや買い物リストまで示す。部屋づくりのイメージを見せたなら、実現するための手順を用意する。利用者が「いいな」と思ったところで終わらせず、「これならできそうだ」と感じられる具体性を持たせるわけです。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第76回

    Pinterestはブランドに対して「ユーザーをサービスやデジタル体験の中に囲い込もうとせず、本来の目的を果たしたら素早く現実の生活へと送り出すこと」を促しています

「いつかやりたい」を行動に変える「Design the Exit」

Pinterestは、現実の行動につなげた例として、Starbucks Mexicoが2025年のホリデーシーズン前に行った施策を紹介しています。

カフェを単にコーヒーを買う場所ではなく、「ホリデーシーズンに友人や家族とのリアルなつながりが生まれる場所」と定義し、日時や場所が事前にセットされた招待状付きのカレンダー追加ピンをPinterest上で展開しました。「いつか行こう」という曖昧なアイデアで終わらせず、現実の予定(カレンダー登録)に落とし込みました。

SNSをはじめ、広告収入を主な収益源とする多くのオンラインサービスは、ユーザーをより長く自社のサービスにとどめようと努めてきました。Pinterestの「Design the Exit」は、ユーザーが目的を果たし、サービスを離れるまでの導線を示します。そして、画面を離れた後の体験も、自らのサービスの価値として位置付ける試みです。

この背景には、ただスクロールするだけで時間が過ぎてしまうという問題があります。Pinterestによると、同サービス内では「スクロールの代わりにすること」の検索が前年比365%増えています。デジタルサービス自身が、画面の外へ目を向けたいというユーザーの関心を捉えているのです。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第76回

    Pinterestによると、Z世代​​の成人の63%は意図的にデジタルデトックスをしており、これはどの世代よりも高い割合です

AI製品の告知に、手刺繍の制作過程を見せたApple

同じ10月13日に、Appleが「Welcome home.」というスマートホーム製品の発表イベントを開催しました。Pinterestの主張を知った上で、同イベントの告知を振り返ると、こちらにも画面の外にある体験へのつながりを読み取れるように思います。

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    Appleが10月13日に開催した「Welcome home.」イベントのキービジュアル

イベントでは、刺繍で作られた虹色のAppleロゴがキービジュアルに採用されました。8日に公開した告知映像で、Appleは刺繍ロゴを作る過程を見せています。制作したのは、オーストラリアを拠点とするアーティストのMaricor/Maricarです。

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    双子のアートユニット、Maricor/Maricarの制作シーンを記録した告知映像

Appleは、この映像の狙いを説明していません。多くの人は、単にカラフルで綺麗な刺繍と見るかもしれません。でも、画面の外にある生活とのつながりを意識して見ると、作り手や制作に必要な時間へと目が向きます。

Appleは今回、スマートディスプレイ「HomeView」、スマートスピーカー「HomePod mini 2」と新型の「Apple TV 4K」を発表しました。Siri AIへの対応やApple Intelligenceとの連携を打ち出した製品群です。そんなAI時代のスマートホーム製品を発表するイベントに、“人の手仕事”を意識させるキービジュアルと告知映像を使ったのです。

生成AIによって、さまざまな映像や画像を短時間で作れるようになった今、Appleのロゴを刺繍風に表現した画像も簡単に生成できます。しかし、刺繍には見た目の美しさだけではなく、制作過程にも意味があります。

布の上に糸が重なり、手を動かしながら少しずつ形ができていくこと。この時間と手間も刺繍作品の価値の一部であり、そこにはAIが発達しても失われない価値があります。

AIが生産コストを引き下げる時代に、何が価値として残るのか

これら一連の動きから思い出したのが、今年5月に公開されたWorld Science Festival 2026での対談で、ゲイリー・マーカス氏が語っていた「アバンダンス(豊かさ)のユートピア」です。マーカス氏はGeometric Intelligenceの創設者で、ニューヨーク大学名誉教授でもあります。

ここでいう「アバンダンス」とは、テクノロジーやAI、核融合エネルギーなどの進展により、モノの生産コストがゼロ近くまで下がり、食料やエネルギーなどが豊富に供給される豊かさを指します。「アバンダンスのユートピア」は、それによって人々が生活のための労働から解放される未来の理想郷です。

そのような世界、つまり人々が生活物資に困らなくなった世界になったら何が貴重になるしょうか。

1つは、AIやテクノロジーが発達しても、供給を無制限には増やせない資源です。たとえば「海辺の一等地」です。物理的・空間的に有限であり、誰もが同じ場所に住めるわけではありません。

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    有限価値のある資産をめぐる競争や、貨幣の役割は残ると、マーカス氏は指摘しています

そして、自ら参加して得る体験の価値です。対談でマーカス氏は、米ネバダ州のブラックロック砂漠で開かれる、アートと自己表現の祭典「バーニングマン(Burning Man)」を例に挙げました。

バーニングマンでは、数万人が砂漠に集まり、期間限定の街を作り上げます。終盤には「ザ・マン」と呼ばれる巨大な木製の人形や、参加者がメッセージや思い出の品を持ち寄る「テンプル」が燃やされます。「痕跡を残さない」という理念の下、イベント後には街が撤去され、ゴミを回収し、元の砂漠に戻されます

映像を通じて、バーニングマンについて知ることはできます。しかし、バーニングマンの本当の価値は他の参加者とともに「その年のバーニングマンを創る」体験であり、それは現地で参加しないと得られません。

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    サンフランシスコのベイカー・ビーチで木製の人形(Man)を燃やした小さな集まりを起点とするBurning Manは、今年40周年を迎えました(Photo by Jon Bookout)

残り続ける価値には、学ぶことや、できなかったことができるようになる喜びも含まれます。マーカス氏は対談で、80歳でドラムを始めた人々から届いたメールや、自身が40歳でギターを始めた経験を紹介しています。

労働に追われる時間が減れば、自分の手で創ることや、新しく学ぶことに時間を使えるようになる。そこには、豊かさが広げる可能性があります。

一方で、マーカス氏はもう1つ非常に重要な指摘をしています。「退廃への懸念」です。

アバンダンス(豊かさ)で時間にゆとりができたからといって、万人が創作を好むわけではありません。創ることや学びに関心を持たない人はどう行動するのでしょうか。

今以上に、一日中スマートフォンを眺めて過ごすようになる可能性もある、とマーカス氏は指摘しました。これは、Pinterestが「Design the Exit」で変えようとしている、ただスクロールするだけで時間が過ぎていく問題とも重なります。技術が時間を生み出しても、その時間をどう使うかという問いは残ります。

同じ豊かさから、創作や学びに向かう未来も、画面の中から抜け出せなくなる未来もあり得る。そう考えると、Pinterestの「Design the Exit」は、テクノロジーの側から人々が現実の体験へ踏み出すきっかけを作る試みといえます。

Appleが最新のAI製品群の告知に、手刺繍の温もりと制作に費やす時間を感じさせる映像を使ったことも、同じ文脈で捉えられるのではないでしょうか。

AIでできることが増えていく時代に、人は自分の時間を何に使うのか。Pinterestの「出口」とAppleの刺繍ロゴは、その答えを画面の外に探すよう促しているように見えます。そうでなければ、アバンダンスが約束したはずの未来は、無限のデジタル情報にただ溺れ続けるディストピアになりかねません。