公正取引委員会が2024年3月に公表した、コネクテッドテレビに関する実態調査報告書によると、テレビ単体で動画配信サービスやアプリを楽しめるスマートテレビは、国内で新しく売られるテレビの8割以上を占めています。国内主要メーカーの現行販売ラインナップを見ると、40型以上はほぼすべてであり、いま大きめのテレビを買おうとすれば、自然とスマートテレビを選ぶことになります。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。
ただ、スマートテレビのなかには、広告や自社サービスへの誘導を収益の柱にしている製品も少なくありません。本体価格が抑えられる一方で、テレビ画面にスポンサー広告や未契約のサービスがずらりと並ぶ、といったことが起きています。
スマートテレビのホーム画面を「Claude Code」で作り替える
そんなスマートテレビのホーム画面を、AIの力で「見たいものをすぐに開ける画面」に作り替えたプロジェクトが、SNSや開発者コミュニティで話題になっています。
きっかけは10月17日、エンジニアのガシンT(Gathin T)氏がXに投稿した、両親のテレビのビフォーアフターです。Xiaomi製のそのテレビでは、Netflixを開く前に、スポンサー広告が全画面表示されていました。お金を払って買ったテレビなのに、なぜ見たいものをすぐに見られないのか。
同氏は両親のテレビを使いやすくするため、AIコーディングツール「Claude Code」に型番を伝え、Wi-Fi経由でメーカー独自のソフトウェア25個を無効化し、広告のない新しいホーム画面を作りました。
root化やシステムファイルの削除は行なっていません。テレビの開発者向けオプションでデバッグ接続を有効にし、Android機器を操作する開発用ツール「ADB」を使って、広告サービスや不要なプリインストールアプリ、利用状況を送信するソフトなどを無効化しました。
さらに、独自の軽量ランチャー(ホーム画面)に置き換え、メーカー標準の画面にあった「おすすめ」やスポンサー枠を表示しないようにしました。さらに、Android 9以降のプライベートDNS設定で、AdGuard DNSなどの広告ブロック用DNSを指定して、アプリ内の広告やトラッカーも一部を抑えています。これらの変更は元に戻せます。
同氏は10月17日に、プロンプトとランチャーのソースをGitHubで公開しました。作者によれば、投稿から2日間で数千人が自宅のテレビに同じ作業を施したといいます。
プロジェクトは19日に「tv-vibehack」から「cleanyourtv」へ改称され、24日時点でGitHubのスターは3万を超え、有志が持ち寄った設定は260機種分にまで広がりました。対象はAndroid TVとGoogle TVで、Fire TVにも一部対応しています。
AIで実現する「引き算」
使用している家電に不満を持ち、自分で改造する人は昔からいました。ただ、専門知識や手間が壁になり、実際に手を動かせるのは一部の人に限られていました。AIは、そのハードルを下げつつあります。型番を伝え、テレビ側で必要な操作をすれば、エージェントが機器に接続し、停止するソフトを調べ、確認を挟みながら作業を進めてくれます。
これはバイブコーディングの活用事例の一つといえます。興味深いのは、企業が製品に「足してきたもの」を、利用者がAIを使って「引き算している」点です。
メーカーやサービス提供側にも言い分はあります。おすすめの精度を上げ、選択肢を増やすことには、利用者が新しい作品に出会いやすくなる利点があります。広告を避けたいなら、広告収益に頼らない製品を選ぶべきだ、という意見にも一理あります。
それでも、短期間にこれほど多くの関心や協力が集まったことは、作り手が提供したい価値と、使い手が求める価値の間に、ズレがある可能性を物語っています。
利用者がわざわざ手間をかけて消したものを見れば、企業が「価値」として盛り込んできた機能を、顧客が本当はどう受け止めているのかが浮かび上がってきます。利用者が求める価値を重んじるメーカーであれば、これは見過ごせない情報ではないでしょうか。
使い続けるための引き算
似た動きは、仕事のツールでも起きています。マーケターのラファエル・ノーレンス氏は今年3月、Google広告の管理画面からおすすめ欄を取り除くChrome拡張機能を、Claudeと作ったと報告しました。同氏はおすすめを不要と見なしているわけではありません。ただ、おすすめ欄を常に表示させるより、広告の成果を示すグラフをより広く表示したかったのです。
新しい施策を探している人には役立つ提案も、方針を決めて作業している人には、注意をそらす表示になり得ます。機能を用意することと、その場面で常に表示しておくことの価値は、分けて考える必要がありそうです。
SNS向けの「Zenfeed」も、開発者が日頃の不満を解消するためにClaude Codeで作った拡張機能です。LinkedInやXのスポンサー投稿、知り合いの候補、特定のキーワードを含む投稿などを折り畳み、必要なときには元に戻せるようにしています。
ここで重要なのは、こうした人たちがサービスそのものからは離れていないことです。つながりたい人や読みたい情報は、そこにあります。ただ、それらを利用者が満足できる形で提供できているとは限りません。
数字に映らない「我慢」
この種の不満は、企業が普段見ているデータには表れにくいものです。利用が続き、クリックも発生していれば、数字の上では満足している顧客に見えるかもしれません。しかし、行動データからは何を使ったかが分かっても、何を我慢しながら使っているかまでは十分に読み取れません。
その我慢が具体的な形で表れたものの1つが、利用者が手間をかけて取り除いた機能や表示です。クリックやよく使う機能から関心を探る従来の見方に「何を消したか」という視点を加えると、別の需要が見えてきます。
管理画面のおすすめ欄を消した人は、目の前の分析に集中したいのかもしれません。SNSの表示を絞る人は、大切な相手の投稿を見落としたくないのでしょう。テレビの画面をシンプルにした人は、家族が迷わず操作できることを重視したのかもしれません。大切なのは、何を減らしたかだけでなく、減らした結果、何がしやすくなったのかに目を向けることです。
こうした事例は、まだ個人の実践が中心です。すべての人がシンプルな画面を望んでいるわけではありませんし、広告やおすすめには、サービスを支え、新しい出会いを生む役割もあります。ただ、その役割をいくら説明しても、利用者が日々感じている負担は消えません。
AIが変え始めたのは、その負担への向き合い方です。これまでなら「そういうものだ」と諦めて受け入れていた不便を、利用者はAIの力を借りて自ら取り除けるようになりました。それは企業にとっても、普段の利用データでは捉えにくかった「顧客の我慢」が、具体的な行動として目の前に現れ始めたことを意味します。
利用者が自ら引き算したものを、単なる「改造」として片付けるのか、それとも自社のダッシュボードには映らない貴重なフィードバックとして受け止めるのか。顧客はすでに、企業の対応を待たず、自分たちに合う使い勝手を形にし始めています。
何を足せば選ばれるかに加え、何を減らせば使い続けたいと思ってもらえるか。その視点が、これからの製品づくりには必要になるのではないでしょうか。

