「VR」というと、大きなゴーグルを装着して仮想空間を体験している様子をイメージする人が多いかもしれない。というのも、現在のVRコンテンツは視覚と聴覚から得られる情報を利用するものが中心となっているからだ。

しかし、最近では視覚と聴覚以外の感覚を取り込んだVRコンテンツも登場しつつある。DMM.make AKIBAから生まれたベンチャー企業 VAQSOは、人間の五感のなかでも特に嗅覚に着目し、VRコンテンツに連動して匂いを出すデバイス「VAQSO VR」の開発を進めている。今回は「将来的にはユニコーン企業を目指す」と意気込む同社CEO 川口 健太郎氏にお話を伺った。

VAQSO CEO 川口健太郎氏

VRコンテンツと連動してラーメンや女の子の匂いが……

火薬やコーヒー、ラーメン、そして女の子の匂いまで、VAQSO VRはVRコンテンツのシーンやアクションなどと連動して匂いを感じられるデバイスだ。市販品のヘッドマウントディスプレイに装着して使用することで、よりリアリティのあるVR体験を実現する。

映像制作企業のAOI Proが手がけた「AOI VR」にもVAQSO VRが活用されている。世界各地の森や海、洞窟といった場所を女性に手を引かれながら歩くというシンプルな内容のコンテンツだが、VAQSO VRと連携してシーンごとに異なる匂いを出すことで、コンテンツへの没入感を高めている。

たとえば、草原のシーンで風に吹かれると、手を引いてくれている女性の香りをほのかに感じることができる。AOI VRをはじめ、VAQSO VRを利用したVRコンテンツは、東京ゲームショウなどのイベントでも披露され、いずれもTwitterなどで大変話題になっている。ゲームや映像関連の会社だけでなく、食品メーカーや化粧品メーカーなどからの引き合いもあるのだという。

VAQSO VRに使われる香りの原液。「カップラーメン」は懐かしさを感じるしょう油ベースの香り、「日本酒」はアルコールを含む、爽やかな香りが感じられた。どちらも再現度は高かった。

VAQSO VRはソフトウェアに組み込むのも簡単だ。APIが提供されているので、匂いを出したいシーンでそれを呼び出すだけ。既存のプログラムにわずか2、3行のコードを追加するだけで、VAQSO VRを起動してさまざまな香りを送ることができるという。

「匂い」のライバルは少ない

もともと匂いを利用した空間演出やプロモーション施策を行うビジネスを展開していた川口氏。店舗の入り口でウイスキーの匂いを出したり、舞台演出でガソリンの匂いを漂わせたりするなど、自身で調合した匂いを利用し、匂いを販促やエンタメ分野と融合させる取り組みを進めてきた。

川口氏は、匂いに着目した理由について「ビジネスの価値は人間の感情が動いたときに得られます。そして人間の感情は、五感から生まれます。触覚だとマッサージ、視覚だと映画……といったように五感のなかでも感覚によっていろいろなサービスがあります。嗅覚に関してもお香や香水といった商品はありますが、嗅覚と関連したBtoBのサービスはあまりないことに気付いたんです」と振り返る。

ライバルが少ない匂いの領域では、イノベーションを起こしやすいのでは?——事業を展開していくなかで、匂いに秘められた可能性を実感した川口氏は、次第にスタートアップの本場である米国で起業したいという野望を持つようになる。米国での起業にあたって数多くの商材案を検討していたというが、匂いを感じられるVR、後のVAQSO VRが最終案として残った。

現在は、米国に本社を置いているが、主な開発拠点は秋葉原のDMM.make AKIBA。オープン当初から入居しているという川口氏は「施設内のさまざまな企業の人たちと交流できるのは、DMM.make AKIBAの良いところです。ちょっとした雑談から知識が得られたり、軽い悩みを相談したりすることができます。さまざまな工具も揃っていますので、試作品の加工などの作業をするのにも便利です」と評価している。

VAQSO VRはバージョンアップを重ね、現在は年内の販売開始を目指し開発が進められている。最新バージョンでは、扇型の本体に磁石を利用してカートリッジを取り付け、そこから匂い成分を供給する仕組みを採用。

カートリッジは5つまで搭載することができ、匂いは約1カ月程度持続する。「カートリッジは、できれば発売当初から15種類程度を販売できるようにしたい」と川口氏。火薬や森林の匂いといった、ゲームの定番シーンで利用される匂いからまずは対応していきたい考えだ。

VAQSO VRの装着方法は、VRデバイスの下に取り付けるだけ。 カートリッジは同時に5種類を取り付けられる。

目指すはユニコーン企業!

世界に目を向けると競合となる企業も数社あるというが、いずれの企業もまだデバイスの開発段階で、ローンチには至っていない状況だという。このままいけば、VAQSOが一番乗りになる可能性もある。

「今の目標は、1日でも早くローンチすること。売り物を作って、ビジネス自体をどんどん拡大させていきたいですね」(川口氏)

VAQSO VRの強みは、テニスボール程度の小さい空間に対しても匂いを出し分けられることだという。この特徴を利用することで、香水の販促やおもちゃなどへの応用も考えられる。

例えば、香水においては、トップノート、ミドルノート、ラストノートと、時間によって香りが変わるが、VAQSO VRを使うことですべての香りを常時用意しておくことができる。しかも、テニスボール程度の小さい空間に香りが留まるので、他の利用客に迷惑をかけることもない。匂いは未開拓の分野だけに、新たな体験を提供可能だ。

「VRにとどまらず、さまざまな分野で展開していきたい」という川口氏の夢は、VAQSOをユニコーン企業にまで成長すること。DMM.make AKIBAから世界を変える企業が生まれる日も、そう遠くないかもしれない。

Oculus(VRデバイス)の下に設置されているのがVAQSO VR。VRのシーンやアクションに連動して、さまざまな香りを感じられた。