就職して初めて原稿を書いた時、当時の編集長に最初からPCで書き始めるように命じられた。いずれデジタル入稿になるのだから、手書きのクセを付けない方が効率的、PCの画面で考えるのに慣れろというわけだ。おかげで、手書き原稿がファックスで送られてくる時代に、私はスムースにPCで原稿を書けるようになり、とても感謝している。その編集部のデジタル化を一気に進めた編集長自身はというと、文字通り「パソコンを打ったことがない」という方で、その後もパソコンを習得することなく手書き原稿を誰かに入力してもらう面倒くさい人であり続けた。

だから、「パソコンを打ったことがない人」でも状況や先を読む力があれば、ある程度はデジタル、PC、ネットに関することでもマネージメントできると思う。トランプ大統領だってパソコンを打たない人だが、スマートフォンでTwitterをつかいこなしている。それでもサイバーセキュリティー戦略の担当大臣となると話は別だ。桜田義孝大臣の「パソコンを打つことはない」発言は海外でも話題になり、それが逆輸入され、海外の報道コメントによって日本での騒ぎが大きくなった。でも、これは日本だけの問題ではない。米国のメディアはジョークを交えて報じつつも、どこか控えめだ。というのも、米国でもわずか半年前に政治家のデジタル/ネット・リテラシーの低さが話題になったばかりであり、しかもそれを原因とする現実の問題に今直面しているからだ。

今年の4月、Facebookのユーザー情報流用問題に関して、Mark Zuckerberg氏が議会の公聴会に呼ばれ、議員達からの質問に回答した。Zuckerberg氏にとって厳しい公聴会が予想されたが、Facebookやネット産業の問題点をあぶり出そうとした議員達が思わぬ援軍になった。下のような要点を外した質問が飛び出し、終わってみたらネットやテクノロジーに対する議員達の理解や認識のズレが印象に残る結果になった。

「WhatsAppから私がメールを送ったら、それは広告主に知らされますか?」(WhatsAppはチャット・プラットフォームであり、メールは関係なし)

「サービスにユーザーが料金を支払わずに、どのようにしてビジネスモデルを維持しているのですか?」(「この問題の議論でまさか、そこから…」、Zuckerberg氏まばたきして、しばらく絶句)

「Facemashとは何ですか、それはまだ稼働していますか?」(FacemashはZuckerberg氏が学生時代に作ったサービス)

「私達の州はコネクティビティが充分ではないので、光ファイバー網を広げてくれますか」(「……」)

誤解の無いように書いておくと、公聴会では的を射た質問もあり、有意義な議論もあった。SNS中毒の問題を厳しく指摘する議員もいた。ただ、問題解決への糸口は見いだせず、Facebookが扱う膨大なコンテンツを人の力で全てモニタリングするのは不可能であり、AIの力を借りる必要があるとZuckerberg氏が指摘して終わった。

公聴会後の報道では、Zuckerberg氏が宿題を出されたという評価が散見されたが、それは議員達も同じだ。宿題の量は、むしろ議員達の方が多い。

「AIで解決できるかもしれない」という期待感が公聴会の収穫だったのかというと、目の前にあるのは山積みの課題だ。そもそもフェイクニュースや情報流用といったネット産業のスキャンダルにAIが関わっている。使い方次第ではフェイクニュースを効率的に配信したり、ソーシャルメディアを通じて人々の考え方を誘導する悪しき存在にもなるのだ。AIを開発するために、パーソナルデータを収集することに関するプライバシーの問題もある。そうした議論は、顔認識データや音声認識データの記録や取り扱い、自律システムにも広がっている。AIの進歩にストップをかけるのはテクノロジーの進化や社会の発展の妨げになるとネット企業は主張する。だが、適切なルールと倫理の枠組みがなければ暴走しかねない。

だから、AIを正しく活用する道を整える行政による規制が求められているが、「フェイクニュースとAIの関係」について質問してすらすらとコメントできる議員はほとんどいないのが現状だ。テクノロジーに関する知識が議員に不可欠な要素ではない。だが、モバイル時代になって社会がめまぐるしく変化し、それに対応できるスピードが行政にも求められている。人々や社会のニーズを形にするのが議員の仕事であるなら、デジタル/ネット・リテラシーを持った政治家、テクノロジーによって変わるこれからの社会を思い描ける政治家がもっと増えるべきである。

米国では来年の2月にワシントンDCで、議員やテクノロジー法案・規則に関わるスタッフを対象にしたブートキャンプが行われる予定だ。勉強会ではない、ブートキャンプだ。ホストするのは、Harvard Kennedy SchoolリサーチフェローのDipayan Ghosh氏 (オバマ政権の技術ポリシーアドバイザー)、前FCC (連邦通信委員会)チェアマンのTom Wheeler氏らによって11月14日に発足したAIポリシーイニシアチブだ。テクノロジーに関する規則や規制作りが効果的なものになるように議員や政策立案者をサポートする組織である。AIを中心としたテクノロジーが主なテーマになるが、公平性や透明性、情報、差別といった問題に取り組むためにコンピュータ科学、経済、哲学、社会学といった様々な分野から約30人の専門家を招く。

ネット関連のテクノロジーポリシーでは共和党と民主党の対立が色濃く、ねじれ議会でスムースに事が運ぶか懸念される。だが、関連する問題解決が急を要するという点においては両党の考えは一致している。