今年5月にGoogleが従業員構成データを開示してから、LinkedIn、Yahoo!、Facebook、Twitterなどが追従し、先週にはAppleも公開した。これで、ほぼ全てのIT・テクノロジー大手が公表したことになる。数字を見ると、偏りが顕著だ。Apple、Facebook、Googleの場合、男性が7割。技術系職だと8割を超える。米国の労働人口における男性の比率は53%なので、男性に占められた産業と言えるだろう。白人の比率は55%-61%。白人が多いという指摘もあるが、実は米国における白人の人種比率(7割前後)よりも小さい。目立つのは米労働人口で6%程度のアジア系で、Appleの技術系職だと23%。Facebookでは41%、Yahoo!だと57%である。

Googleの技術系職の従業員構成。男性が83%、そしてアジア系が34%と多く、ヒスパニック系や黒人はわずか1-2%だ

しかし、なぜIT・テクノロジー大手は従業員構成データを自ら率先して公開しているのだろう。きっかけは、今年3月に市民権活動家のJesse Jackson師が人種の多様性に欠けるシリコンバレー企業に是正を求めたことだが、それでシリコンバレー企業の偏りに批判の声が集中したというわけではない。3月にMozillaのCEOに就任したBrendan Eich氏が、過去に反LGBTキャンペーンをサポートしていたことで社員に批判されるという騒動も起こったが、退任で鎮火している。実は意外と多様だというならともかく、実際に偏っているのを証明するようなデータを公開してしまったら、くすぶっている程度の火に油を注ぐようなものではないか。

しかも数年前までシリコンバレーの大企業は、懸命に従業員構成データを隠していたのだ。2008年にMercury Newsが情報公開法を利用して、シリコンバレーのトップ15社の従業員構成に関するデータの開示を米労働省に求めたことがある。その際にAppleやGoogleなどは弁護士を立てて申請の却下を申し立てた。従業員構成は事業戦略が読み取れるデータであり、競争が激しいIT産業では公開された情報を競合が利用できると主張。最終的に労働省は、IT・テクノロジー大手の申し立てを認めた。

確かに偏った従業員構成を戦略と見なすこともできるが、今回公開されたデータからも分かるように、シリコンバレー大手の偏りは一様だ。「偏った構成にしないと競争力が損なわれる」というのが実際のところだろう。そもそも数学やプログラミング、コンピュータ科学に興味を持つ層が男性やアジア系に偏っている。シリコンバレー企業が必要な人材や実力のある人材を集めれば、従業員構成が偏るのは避けられない。

もしIT・テクノロジー大手が本気で多様化を進めるなら、有能な人材が多様化するように、もっとテクノロジーや科学に興味を持つ女性を増やし、経済的な理由で学べない子ども達のチャンスが広がるように教育の段階から支援しなければならない。地道で長期的な取り組みになり、コスト面の負担も巨大なものになる。だから、シリコンバレー企業は偏りを実感していても、多様性に触れるのを避けてきた。

それが一転、シリコンバレー企業が自らデータ開示に踏みきり始めたのは、シリコンバレーの成長が偏りを助長し、偏りが悪しき慣習になっているのも事実だからだろう。今年初めにGitHubで起こった女性エンジニアに対するいじめのようなハラスメントは、男性中心のエンジニア・カルチャーの弊害を浮き彫りにした。白人の男性エンジニアであっても、40代・50代になったら、変化のスピードが速い近年のシリコンバレーでは戦力外と見なされてしまう。若い発想も大切だが、経験が活かされない環境が望ましいとは思えない。

そしてポストPCに伴う市場の多様化である。PC時代はユーザーが男性に偏っていたので、メーカーはむしろ男性向けに偏った画一的な企業であるべきだった。ところがスマートフォン時代になると、女性ユーザーが増え、ヒスパニック系や黒人にもモバイルWebの利用が拡大していった。これまでの偏った体制のままでは、多様化するユーザーのニーズに応えられない。多様化は社会的な大義というだけではなく、マーケティングや製品開発に女性、ヒスパニック系や黒人の力を取り入れていかなければならなくなったIT・テクノロジー大手の現実問題なのだ。

なぜAppleが、ティーンエイジャー、黒人やヒスパニック系に人気のあるヘッドフォンメーカーのBeatsを買収し、Burberryの女性CEOだったAngela Ahrendts氏をリテール事業の責任者として招き、元Yves Saint LaurentのPaul Deneve氏にソーシャルプロジェクトを任せているのか。ここ数年、モバイルデバイスやPCに関して低価格市場への拡大が話題になっているが、市場の多様化=低価格化ではない。iPhone 5Cの売れ行きが今ひとつで廉価市場での競争力の無さを指摘されながらも、iPhoneの販売台数の伸びは好調だ。つまり、Appleはユーザーの多様化で広がる別の市場に浸透しているのだ。iPhoneを好む女性が多いのは、Apple製品が持つデザインやシンプルさも理由だが、同社が多様化を戦略として取り入れている効果も大きいと思う。