昨年末、リクルートホールディングスが、雇用形態に関わらず全従業員を対象に上限日数のないリモートワークを導入すると宣言し、話題になった。場所や時間にとらわれないこの働き方が広く普及すれば、人口減少による労働力不足を補えるだけでなく、妊娠・出産を機に職場を離れてしまう女性に勤続してもらえるなど、多様な働き方を実現できると期待を集める。

「大企業が全社でただちにリモートワークに切り替えるのは難しいでしょうが、2020年をめどに大きな変化が現れてくると見ています。昨今の人材不足の状況は、企業が耐え切れる範囲を超えており、"必ず通勤しなければならない"といったこだわりを持ち続けるわけにはいかなくなっています」

こう語るのは、IT企業を中心に50社強(2016年1月時点)が契約するオンラインアシスタントサービス「CasterBiz(キャスタービズ)」を運営するキャスターの代表取締役社長 中川祥太氏。2015年12月には、日本初のオンライン人材派遣サービス「在宅派遣」も開始した。非正規雇用の社員が増える中、彼らの受け皿となる派遣業界では登録者数が伸び悩み、ほぼ横ばいの状態だとも言われる。

「人的リソースを増やしたい企業は、何らかの手段を使って対応しようとしています。そうなると、従来よりも多様な働き方を取り入れていく必要が出てくるので、リモートワークに切り替えるのは必然の流れなのではないでしょうか。僕たちはリモートワークという働き方が当たり前の選択肢になる世の中にしたいと本気で思っています」(中川氏)

キャスター 代表取締役社長 中川祥太氏

2013年ころ、前職のイー・ガーディアンにてBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)業務をアウトソースしたいクライアントとそれを請け負うクラウドワーカーの間に立って、クラウドワーカーのマネジメントとオペレーション業務を担当していた中川氏。当時の経験が起業の大きなきっかけになったと振り返る。

時給は100円程度……優秀な人材に適切な仕事が供給されていない現実

中川氏 : クラウドソーシングサービス提供社にBPO案件を依頼したいクライアントとクラウドワーカーの間に立って、そのBPO業務のディレクションを担当していました。信じられない話ですが、実作業を請け負う方の時給はその当時100円程度でした。極端に低賃金な案件しかない状況が普通だったんです。

今、東京エリア・時給1000円で求人をかけても、人材がなかなか集まりません。そうなると地方に目を向けるしかありませんが、場所を設けるためのコストがかかります。とはいえ、巨額の初期投資ができるのは上場企業くらいで、中小企業だと地方でも人材を集められない。この問題は大きいなと感じていました。

一方で、クラウドソーシング業界には直近3~5年で数十万人と、かなりの規模感で人材が集まっています。ほかと比較すると異常な集まり方だなと思いますが、裏返せば、業界全体が期待されているということです。

当然、その中には優秀な方が多くいらっしゃいます。でも、並んでいる案件が時給100円程度のものばかりだと、そこに集まる人たちにとって救いがないですし、大きな歪でしかないと思ったんです。

そんな問題意識を抱えながら解決策を考えていたとき、現在の株主と出会う機会がありました。その際にキャスタービズの構想を話したところ、「ビジネスチャンスがある」とのっかってくださったんです。そこで2014年9月に会社を設立し、同12月にサービスをリリースしました。

―― 資金が最初からあったのはすごいことですね

資金調達を狙って売り込みにいったわけではなかったので、とても幸運でした。ただ、特定の領域で名前を売っておくこと、知られておくことは大事だと感じましたね。

僕の場合は、株主から「(クラウドソーシングの領域で)いいプレイヤーはいないか」ときかれた知人が、「それなら中川という人間がいますよ」と仲介してくれました。結果、株主側から「自分たちはこの業界(クラウドソーシング)にチャンスがあると思っている」と寄ってきてくれて、創業者に近い感覚で僕たちに理解を示し、資金を提供してくれたという経緯があります。

起業時にどの業界に目をつけるかは、その業界が大きくても小さくても、どちらでもいいと思います。僕の場合、本当に偶然ですが、クラウドソーシングという当時生まれたての業界を選択しました。とくに2014~2015年にかけて、業界大手のクラウドワークスが上場するなど市場が盛り上がった絶好のタイミングでもありました。起業があと1年遅ければ、サービスリリース前に資金調達できていただろうか……とは思います。なので、起業したい分野の「波」は正確に把握しておきたいですね。

チーム・キャスターは全員が"リモートワーク"

―― キャスタービズは「オンライン秘書サービス」と呼ばれることもあります。秘書に目をつけた理由は?

とくに秘書にフォーカスするつもりはありませんでした。ただ、近しいサービスを探すと在宅秘書や秘書代行会社など、いくつか「秘書」と掲げたプレイヤーがおり、伝わりやすいしイメージもしやすいと感じました。僕たちはこの言葉を「バックオフィス業務全般を担えるオンラインアシスタント」と定義しています。

秘書業界自体は大きくはありませんが、能力の高い方が妊娠・出産・子育てなどで第一線から離れ、スキルを持て余しているケースが多く見られます。在宅で働きたくても環境がない、という方の声も聞いていました。そんな元秘書の方々がオンラインアシスタントとして、キャスタービズに参画してくれています。

海外では「オフィスマネージャー」とも呼ばれる秘書は、経営層と意思疎通する機会が多いため、総じてコミュニケーション能力の高い方ばかりです。経営層の言葉を翻訳して、その下にいる人に伝えるのが秘書の役割ですから、コミュニケーションスキルはオンラインアシスタントにとって非常に重要な要素でもあるんです。

―― 今現在、どんなメンバー・体制でサービスを運営していますか?

業務委託を含めると全員で40~50人のスタッフがおり、約30人はオンラインアシスタント、約10人はサービス管理部門です。一応拠点はありますが皆リモートワークで、東京エリアに僕ともう1名、名古屋に1名、海外に10名、そのほか全国各地に人材が散らばっています。

東京エリアだけで人材を探そうとすると、通勤の可否によって採用基準が限定されてしまいます。実際、自宅から半径15km圏内がストレスの無い通勤距離の限界と言われているんです。でも、通勤できるかどうかといった基準を重視して、一緒に働く仲間を選択することはベストだと言えないのではないでしょうか。能力やマインド、ビジョンへの共感度などを指標にする方が、全国に求人をかけられるだけでなく、結果的により優秀な人材を発掘できると思います。

―― とても順調にサービスを成長させている印象ですが、挫折や失敗をしたことはありますか?

設立3~6カ月のタイミングで、初期メンバーが抜けてしまったことでしょうか。弊社では、全員がリモートワークのため、オフィス勤務のように直接顔を合わせることがありません。でも、それが裏目に出てしまいました。通勤がないことで何かから解放された一方で、彼らがイメージしていた働き方と違い、「自宅でたった一人きりで働く」というこれまでと正反対の働き方に戸惑ってしまったのだと思います。

そのことで、フリーランスではない一企業の社員がリモートで働いたり、突然あまりにも大きな自由を与えられたりすると、逆に混乱してしまうこともあるのだなと学びました。定時が決まっていて、毎日出勤して誰かに相談しながら物事を進められる環境の方がよりパフォーマンスを出せる人もいるんだということを、この経験を通じて気付くことができました。

特定の分野で自分の強みを作っておく

―― 今後の展望を教えてください

昨年11月に有料職業紹介事業、ならびに労働者派遣事業の許可を取得し、オンライン人材派遣サービス「在宅派遣」を開始することを発表しました。1月中には在宅派遣の販売をスタートします。業界からも歓迎されているようですし、さまざまな課題をいろいろなやり方で共に解決していけたらと思っています。

直近の話ではありませんが、海外展開も視野に入れています。とくにシンガポールや香港、ベトナムなどのアジア地域で、人件費が急騰している都市が対象です。どこも中心地に事業所を設置すると考えると、オフィス賃料がバカにならなかったり、通勤が足かせになったりもしますから。

東京だけではなく、世界各国の都市が抱える問題は同じです。その課題に対し、リモートワークの力を活用して、アプローチしたいと考えています。

―― 最後に起業家を目指す人にアドバイスをお願いします

やりたいことがあるなら、特定の分野で自分の得意なことにフォーカスし、まずは実力をつける必要があると思います。たとえば営業を1年本気でやりきって、「営業なら任せて!」と言えるようになるのでもいい。

とくに学生から起業家を目指す人なら、何もできないのに社会に足を踏み入れるのには、やや厳しいものがあります。何でもいいので、自分の強みを作ることです。自分の得意なものがわかれば、逆に不足しているものもわかりますしね。

また、僕がこれまでやってきた習慣が2つありまして、1つは人に会い続けること。基本的に毎日夕方以降の予定は、勉強会や交流会、飲み会などで埋めています。「遊べばいい」というわけではなく、人との出会いがなければ何も始まらない、と考えているためです。

2つ目は情報を把握すること。仕事に割く時間の3割くらいは、情報をチェックする時間に充てています。「把握」は自分の役に立つ情報だけを取り入れる「インプット」とは全然違います。「興味のある情報以外も目の端になんとなく捉えておくこと」が僕の考える「把握」です。そうすると、興味がないものであっても全体の1~2割吸収することで情報を俯瞰できるようになりますし、勘も養われるのではないでしょうか。